#056 「おまかせあれ」
翌日。
「また来るよ!」
「何をしに来るんだよ……まぁ来たら歓迎はしてやる。達者でな」
にこやかに別れの挨拶をするペトラにこちらも片手を挙げて応え、その後姿を見送る。コルディア教会の実行部隊というものは基本的に用心の護衛か、拠点の防衛、もしくはコルディア教会に喧嘩を売った勢力を更地にする(!?)ような時に動くような部隊だそうだから、余程のことがなければうちの農場に来る用事なんて無いはずだ。
というか、ペトラ達の装備は確かにそこらで出回っているモノに比べれば先進的だが、所詮は実弾銃と擲弾程度のものだ。居住地を更地にするほどの威力はない。しかし彼女達コルディア教会の実行部隊はそれだけの実力を持っているとライラやスピカ達は言うし、エリーカ達コルディア教会の面々もそれを否定しない。この齟齬は一体どこから来ているのか? コルディア教会にはまだ俺の知らない秘密がありそうだ。
「行ってしまいましたね」
「そうだな。まぁ、あの様子だと遠からずまた遊びにくるんじゃないか」
そのうちウチの作物で酒を作ったら絶対に飲みにくるって豪語してたしな。酒ができればどこからでもすっ飛んできそうだ。
「さぁ、今日は今日でまた仕事だ。根を詰めすぎないようにのんびりやっていこう」
「はい、グレンさん」
俺の言葉にエリーカはそう答え、笑みを浮かべる。
「まずは居住地の改良ですか?」
「そうだな、フィアが安心して過ごせるようにしなきゃならん」
フィアの居住環境造りは喫緊の課題であった。とは言っても、実は解決そのものは然程難しくもない。
「まず、主要な建物と建物の間に地下通路を張り巡らせる。対地爆撃を食らっても容易に崩壊しないような強度でだ」
「教会の地下シェルターと避難路を拡大する感じですね」
「そうだな。実際のところ、防壁を突破されて市街、屋内戦になった後に更に退路を確保するという意味でも備えるに越したことはない。安い作りにするつもりはないが、フィアが普段遣いをしてくれるなら保守の手間がかなり省けるしな」
普段使いをするフィアに地下通路網の点検も定期的にしてもらえれば保守の手間が大幅に省ける。センサー類を取り付けるのも良いが、流石に地下通路網全体の損耗を感知して警告を発するセンサーを大量に敷設するというのは手間もコストもかかり過ぎる。
「あとはフィアちゃんと話をしながら決めましょうか」
「それが良いだろう……しかしフィアちゃんか」
「うっ……わかってはいるんですが、つい」
「フィアが良いってんなら良いんじゃないか」
☆★☆
「ちょっと恥ずかしいですけど、フィアは構いませんよ」
エリーカのフィアちゃん呼びについてどう思っているのか聞いてみると、フィアは少し頬を紅潮させて少し恥ずかしげな様子でそう答えた。
エリーカはフィアのことを「フィアちゃん」とまるで年下の少女に接するように呼んでいるが、実際にはフィアの方が年上なのだ。なんと来年で三十歳であるらしい。俺よりは年下だが、実はこのコロニーでは俺に次いで三番目に年齢が高い。一番上は言うまでもなくハマルで、その次が俺だ。もっとも、俺の場合は恐らく三十代半ばだろうということしかわからないんだが。何せ戦場孤児なんでな。出生記録とかは何も無いんだ。
「ドワーフは
「そうですね、エルフほどではないですけど。私達の血族はおおよそ一五〇から二〇〇歳くらいまで生きることが多いみたいです。同じドワーフでも生きてきた環境によって結構違うみたいですけど」
「そうなんだろうな。俺の知っているドワーフの職人は肌が白いってことは無かったし。航宙コロニーで武器や兵器を扱っている職人でな。俺が若い頃から世話になってるおっさんがいるんだ」
「旦那様は宇宙の同族の方とお知り合いなんですね。フィアもいつかお会いしてみたいです」
そう言ってフィアが柔らかい笑みを浮かべる。なんというか、フィアは俺が今までに会ったことのないタイプの女性なんだよな……なんというかこう、柔らかいというかなんというか。
「フィア姉にメロメロ?」
「自分でもよくわからん。ただ、迂闊に触れると壊してしまいそうで心配だ」
「フィア姉は箱入りのお姫様っぽい。わかる」
「別にお姫様とかではないのですけど」
ウンウンと頷くミューゼンの物言いにフィアが苦笑いを浮かべる。本人はそう言うが、ノーアトゥーンでは大事に育てられてきたんだろうなとは思う。なんというか、苦労をした人間独特のスレた感じが全く無いんだよな。
「これ以上フィアを困らせても仕方がないな。作業に入るが……まぁ窓は全部塞ぐか」
「あの、流石にそれはやりすぎでは……フィアもおそとの景色は見たいですし……」
「大丈夫だ、問題ない。フィアは直射日光を浴びないように少し下がっていてくれ」
俺は携帯型の構成器で作業場の窓を取り払い、壁にした。しかし、その壁はただの壁ではない。
「おー、外が見える」
「ホロディスプレイを仕込んである。外の景色を映しているわけだな」
「あの、フィアのためにそのようなことは……それなり以上にコストがかかるのでは」
「一向に構わん。機密保持の観点から考えても外から覗き見られるようなことがないのは悪いことではないしな」
ちなみに、食堂や娯楽室などにも既に同様の処置を施してきた。フィアが立ち入る可能性の無い宿舎などは別だが、所謂公共設備と言えるような場所は全て同じように処置をしてきた。
過保護過ぎる? 知らんな。俺が作業用ボット達を昼夜問わず働かせて周辺の生態系を破壊し尽くさない程度に資源を掻き集めているのは、俺を含めた農場の家族が健やかかつ幸せな生活を送れるような環境を整えるためだ。特に理由もなく資源を掻き集めて死蔵するのでは何の意味もない。
「良いのでしょうか……?」
「気にしない方が良い。グレンがこういう感じの時は徹底的にやるから」
「ミューゼンはよくわかってるな。そういうわけで、フィアの意見を大いに取り入れるつもりだから、遠慮なく我が儘を言うように。できるかどうかは別として、まずはフィアがどうしたら一番理想的な生活が送れるのかを知りたい」
食堂や厨房、食料保管庫の作りに関してはエリーカを主として料理をする人員の意見を大いに取り入れたし、雑貨店や物資備蓄倉庫、キャラバンで使うヴィークルの整備場の場所などに関してはライラを中心にタウリシアン達の意見を大いに取り入れた。教会施設や今後立てる予定の医療区画に関してはハマルやシスティアの意見を多く取り入れるつもりだ。
「わ、わかりました。旦那様がそう仰るなら、フィアも遠慮は致しません」
「それでいい。ミューゼンも一緒に聞いて手伝ってくれ」
「おまかせあれ」
ミューゼンがなんだかよくわからないポーズをシュビビッと決めながらそう言う。ああやってふざけているような感じだが、ミューゼンは細かいところによく気がつくからな。こういう時はとても頼りになる。
農場の改修が終わったら、次の動きを決めないとな。農地は順調に拡大しているから、次は交易関連か。タウリシアン達をメインとしたキャラバンによる交易も大事だが、そもそもあちらから交易に来てくれれば苦労も少なくなるからな。何かしらの手立てを考えるとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます