#057 「出処を言えないアレ」

 知的生命体が宇宙に進出して幾星霜。限りなく広い宇宙空間に進出してなお、俺達は争いあっていた。

 数多の宇宙帝国が銀河に覇を唱え、恒星と恒星との間を繋ぐハイパーレーンネットワークを介し、恒星系の支配権を巡って熾烈な陣取り合戦が行われている。

 何故そのような争いが起こるのか? 究極的に言えば、それは経済である。少なくとも俺はそう考えている。俺が農場を建設したリボース星系は大変に豊かな資源を内包する星系だ。俺が降り立ったリボースⅢは鉱物資源だけでなく水資源、動物や植物を含めた有機資源を多く有しているし、リボース星系そのものも有用な資源が採掘できる惑星や小惑星帯、ガス惑星を有している上、複数の星系へとハイパーレーンが伸びているチョークポイントでもある。

 そのような星系を欲しがらない星間帝国など存在しない。この星系を取って守りを固めれば国境に貼り付ける防衛戦力がかなり削れるし、敵の領土に攻め入る時にも選択肢が増えるからだ。

 それに、ハイパーレーンのチョークポイントというのは大変有力な交易星系へと変貌するポテンシャルを秘めている。何せリボース星系は六つもの星系へと繋がる大規模ハブ星系でもあるのだ。

 まぁ、今の俺には『上』の事情なんてどうでも良いんだがな。今の俺はしがない農場主だ。


『旦那ー、またキャラバンが来たよ』

「またか……対応はティエンに任せる。スピカ達は護衛と警備を続けてくれ」

『あーい』


 気の抜けるような返事をしたスピカ――フォルミカンという種族の俺の嫁の一人――が通信を切る。そんな俺を見てすぐ隣で作業をしていた真っ白い少女が苦笑した。


「旦那様、キャラバンが沢山来るのは良いことなのですよね?」

「良いことか、悪いことかと切り分けるなら良いことだな」


 同じ日に何組ものキャラバンがこの農場に姿を現すというのは決して悪いことではない。俺達がこの農場を訪れたキャラバンが安心安全に滞在できるように心を折った結果と考えれば、本当に良いことだ。


「だが、それにしたって限度というものがあるぞ」

「それは……フィアもそう思いますけれど」


 そう言ってフィア――地下生活に対応したドワーフの俺の嫁の一人――が再び苦笑いを浮かべる。

 昨日の時点で三組、今日も今ので二組目のキャラバン隊の到着だ。昨日の時点で訪問者やキャラバンが滞在するための施設やスペースが埋まりきってしまったので急遽増設したわけなのだが、この様子だとその増設分も埋まりそうだな……埋まりそうなら連絡が来るか。


「グレン、弾できた」

「おう、しっかり詰めたか?」

「かんぺき」


 そう言ってミューゼン――ディセンブラという種族の俺の嫁の一人――がドヤ顔をしながら自前の触手で弾薬の詰まった小箱を持って見せつけてくる。一箱に六〇発の実包が入った金属製の箱で、そこそこの重さがあるのだが、ミューゼンの触手はそれを軽く持ち上げている。あの触手、人間の首くらいならへし折れるくらいの力があるそうだからな。あれくらいは余裕であるようだ。


「グレンさんっ! また食事の大量発注がっ!」


 修道女服姿の女性が慌てた様子で作業場に突入してくる。彼女の名はエリーカ。アーソディアンという何かしらの節足動物の特徴を持つ種族の女性で、俺の最初にして最愛の嫁だ。

 彼女はこの農場の料理や食料生産、その管理を一手に引き受けており、この農場を訪れたキャラバンに対する食事の供給――当然有料だ――の担当でもある。


「人手が足りないならすまんがコルディア教会の二人にも応援を頼んでくれ」

「旦那様、フィアもお手伝いくらいならできます」

「私もできる」

「じゃあすまんが、二人もエリーカを手伝ってやってくれ。メインの食材はアレを使うように」

「はい、アレですね」

「アレですか?」

「出処を言えないアレ」


 エリーカが心得たとばかりに頷き、フィアが疑問に首を傾げ、ミューゼンがニヤリと怪しい笑みを浮かべながら触手を使って純血人類同盟――南東方向で幅を利かせている人類ヒューマンレース至上主義者ども――のマークを描く。やめないか。流石に窓一つない作業場の中を覗けるやつはいないと思うが、万が一ということもあるんだぞ。

 ちなみに、アレというのはうちの農場に喧嘩を売ってきた純血人類同盟の部隊を殲滅して奪った補給物資のことで、ウチ的には「え? 先遣隊? 知りませんね。どこかで何かに襲われて全滅したのでは?」というスタンスを取ってそもそも接触していないという体を取るために、食料以外の補給物資や奴らの装備、死体に至るまで全て跡形もなく処分した。なので、奴らから奪った食料は出処を言ってはいけない「アレ」という扱いになっている。

 アレの中身は主に穀物粉や固く焼き締めたパン、干し肉やドライフルーツ、ナッツ、瓶詰めの野菜の酢漬け、酒類といった感じのものであった。それらのものとうちで採れた農作物を駆使してエリーカがキャラバンへ配給するための食事を作るわけだが、キャラバン隊一つあたり六人から十二人ほどの人数がいる上、それが今は合計で五つも滞在しているのでエリーカは食事の準備に大忙しなのだ。


「俺はここで作業を続ける。大変だと思うが、頼んだぞ」

「「はい」」

「うん」


 ☆★☆


「ライラ達が外に出ている時にこんなに来るとはな」

「予測は難しいかと」

「そーですねー。まぁ、なんとかなりましたからー」


 タウリシアンのティエンとプリマがそう言いながら俺の前に食事を運んできてくれる。彼女達は俺の嫁の一人であるライラというタウリシアン――デカい角と背丈と乳を持つ人類ヒューマンレースベースの異種族――の部下というか姉妹のようなもので、ティエンはライラと同じく商売に通じた知恵者で、プリマは料理が得意なのんびり屋だ。こういう事態を想定して農場に残ってもらったのだが、今回はそれが功を奏したな。

 肝心のライラは今どうしているのかというと、東の方にあるという村落を目指してキャラバン隊を率いて遠征中なのである。ライラを含めたタウリシアン四名と、スピカの部下であるフォルミカンが護衛として六名同行している。その分農場の人員が手薄になっており、そんなタイミングで五つものキャラバンが交易を目的として農場に来たので大変忙しい事になっているというわけだ。

 ちなみに、俺がずっと作業場に籠もっていたのは交易に訪れたキャラバン相手に売るための武器弾薬を製造していたからである。正真正銘できたてほやほや、高品質の武器弾薬はなかなか良い値で売れるのである。


「すみません、グレンさん。食事がなんだか貧相な感じになってしまって……」

「気にするな。十分美味い」


 本日の夕飯はエリーカ達が作った干し肉と堅パンの粥、ヘキサディアのロースト、それに酢漬けの野菜という内容だ。確かに最近はエリーカが作ったふわふわのパンを食べていたから、堅パン粥はそれに比べると貧相かもしれんな。

 しかし堅パン粥はたっぷりと量があるし、ヘキサディアのローストはいつも通りの美味しさだ。酢漬けの野菜は正直ちょっと苦手だが、食えないことはない。


「フィアも今日のごはんは美味しいと思いまふ」


 そう言ってフィアは目を輝かせながら堅パン粥を口に運んでいる。今のところフィアが食事に文句を言っているところを見たことがないんだが、普段は一体どういうものを食べていたんだろうか。まさか石や土を食ってたわけではないと思いたいが……いくら地下生活に対応したって言っても食えないよな? ちょっと今度聞いてみるとしよう。

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