#058 「前向きに検討する」

「あー、いいにゃあ。ここ。住み着きたいにゃー」

「ここにするのかにゃ?」

「きれいにゃお水も使い放題。農地も広いし、建物も立派。それに襲ってこない機械人形が仕事してるにゃ。絶対凄いにゃ」


 翌朝。トラブルなどが起きてはいないか見回るために朝食の前にライラの雑貨店の近くにあるキャラバンの滞在スペースへと足を運ぶと、そんな会話が聞こえてきた。視線を向けると、そこには二足歩行の毛玉がいた。頭の上には尖った耳がピンと立っており、その耳も顔も腕も、というか全身が毛皮に覆われている。立ち上がった獣という出で立ちの連中だったが、二つの目は大きく、くりっとしていて何故だが愛らしく見える。背丈は俺の腰くらいまでで、フォルミカンと同じくらいだ。

 確かフェリーネとかいう異種族だったはずだ。彼らは人類ヒューマンレースベースの種族ではなく、人類ヒューマンレースベース種族との交配なども不可能な単一種族だとタウリシアンのティエンから昨日そう聞いた。


「あ、デカい顔にゃしの人にゃ」

「ここのボスって話だにゃ」

「上手く行けばうちらのボスにゃ」

「ちょっと怖いにゃ……毛皮にされないかにゃ?」


 俺の姿を発見したフェリーネ達が額を突き合わせてコソコソと相談し始める。残念だが、俺の聴覚センサーは特別性なんでな。その程度じゃコソコソ話にならんぞ。

 まぁ、話したいことがあるようだし聞いてやるか。俺はコソコソ話をしている彼らに近づき、しゃがんで彼らと目線の高さを合わせた。


「盗み聞きをするつもりはなかったんだが、話が聞こえたんでな。お前達、うちの農場に移住でもしたいってのか?」


 俺がそう言うと、彼らは互いに目を見合わせてから俺に視線を向けてきた。


「うちらは商売をしにゃがら定住先を探してたんにゃ。ここは安全そうだし、飲み水や食べ物に困ることも無さそうだにゃ。顔にゃしさんが許してくれるなら、定住させて欲しいにゃ」


 顔にゃしってのは俺のことか……まぁ、定住希望ということなら話を聞いてみるのは吝かではないな。


「なるほど。お前達はどんなことができるんだ? いや、無論個人によって得手不得手はあるんだろうが、種族全体の特徴としてだな」

「うちらは足が速いにゃ。こっそり動くのも得意だから、狩りも上手だにゃ。でも、身体はそんにゃに頑丈じゃないから正面切って戦うのはあんまり得意じゃないにゃ。力もあんまり強くにゃいから、重い武器や防具を使うのは難しいにゃ。手先は結構器用だから、細工物とかを作るのは得意だにゃ。でも鍛冶とか建設とか伐採とか力の要る作業はあんまり得意じゃないにゃ」


 斥候と軽作業か。素早さと隠密性に特化した斥候役ってのは悪くないな。正面切っての戦闘なんて俺だって必要がなければやらないし。レーザーライフルとも相性が良いかもしれん。それに、自分達が不得意な作業についてしっかりと自己申告をするのは好印象だな。


「農業はどうだ?」

「うちらは元々狩猟種族だから、あんまり得意とは言えにゃいと思うにゃ。でも採集とかは普通にやってるから、収穫作業の手伝いとかにゃら役に立てると思うにゃ」

「なるほど。商売もできるな?」

「勿論だにゃ。そうじゃにゃいとキャラバンにゃんてできないにゃ」


 フェリーネ達が頷く。

 ふむ。タウリシアン達よりも商売上手、ということは無さそうだがキャラバン要員やうちの交易担当として使えるというのは悪くないな。丁度そういう人員が欲しかった。


「前向きに検討する。嫁さん達にも相談するから、返事は待ってくれ」

「わかったにゃ」


 頷くフェリーネ達と別れ、見回りを続けることにする。残り四つのキャラバンのうち、三つは普通の人類ヒューマンレースのキャラバンだ。うち一つは顔見知りで、二つは新顔だ。


「よぉ、確かボブだったよな?」

「あぁ。昨日は世話になったな」


 俺が声をかけたのはボブという名の壮年の男だった。彼はここから西に少し行ったところにあるレイクサイドという湖畔の村の男で、その村の長であるデニスから重用されている奴だ。村での地位がどの程度のものなのかは知らんが、地位はそれなりに高そうではあった。


「俺は作業場に引きこもってずっと作業だったがな。ちゃんと眠れたか?」

「野宿よりは百倍マシだな。うちとしては商談も上手くまとまったし、万々歳だ」


 レイクサイドのキャラバンは湖で取れた魚の干物や塩漬けをメインに、湖畔で採れる食料や植物資源を持ってきていた。その他には倉庫にあった使わないガラクタ類――主に金属資源――だな。

 こちらから出したのはうちで作った塩のパックと弾薬類、武器類、そしてタラー銀貨である。


「今回は毟られずに済んで一安心だ」

「別に毟ろうと思って毟ってるわけじゃないんだぞ?」

「わかってる。食料は今後も買い付けてくれるのか?」

「その予定だ。うちにはデカい倉庫があるからな」


 倉庫も広げようと思えばいくらでも広げられるし、レイクサイドから入手した魚の干物や塩漬けが『上』で売れるなら、需要は無限大と言っても良いレベルになる。そうでなくとも、うちでは使い途がいくらでもあるし。


「他の二つは北東と東から来た連中だったか。知ってるか?」

「東の連中とは交流はあるが、細いな。たまにキャラバンが来るくらいだ。北東の連中は俺も知らん」


 ボブが率いてきたレイクサイドのキャラバンとは別に来た人類ヒューマンレースのキャラ版は二つ。一つは東の平野部から来たという穀物と干し肉、それと動物の革を持ってきた連中。もう一つは北東からきた連中で、怪しげなドラッグなどを主な商品としていた。


「ドラッグはなぁ……うちはコルディア教会と親しくしてるから」

「あぁ、コルディア教会はそういうのダメなんだったか」

「まぁな。つっても一応一通りは買ったんだが」

「そういうのが趣味なのか?」

「いいや。俺にはそういうのは殆ど効かないんでね。ちょっと考えがあるのさ」


 ボブに言ったように俺にはそういったドラッグの類が殆ど効かないというか、効果が長続きしない。強力な人工臓器が迅速に成分を無効化してしまうからな。

 ただ、サンプルとしては興味深い。エリーカが断固拒否するからウチで作る気はないが、どんな薬物が流通しているのかは知っておく必要がある。モノによっては戦闘用ドラッグとして使ってくる連中もいるかもしれないからな。

 意外と馬鹿にできないんだよ、痛覚を鈍化させて集中力を増し、恐怖を消し去るハードドラッグってのは。普通なら痛みとかでショックを起こして昏倒するはずが、死んで身体の機能が完全に停止するまで戦闘を続行してきたりな。

 だから、奴らが扱っているドラッグにそういう類のものが無いか、あったとしてどの程度の効果があるのか、値段がどれくらいでどの程度出回っていそうなのかというデータが欲しい。そのためのサンプルを購入したわけだ。

 そのことを後で知ったエリーカに滅茶苦茶怒られたけどな! 誤解を解いたら逆に謝られたけど。


「まぁ、俺の考えはどうでもいい。もう少し滞在していくんだろう?」

「ああ、もう一日世話になっていく。明日は水の補給も頼むぞ」

「ああ、それじゃあな」


 もう二組の人類ヒューマンレースのキャラバンの連中はまだ本格的に活動を開始していないようなので、最後の一つの連中のところへと向かう。


「顔無し卿か。何か用か?」


 彼らが滞在している宿舎へと向かうと、槍と剣で武装した男――男だよな?――が俺に話しかけてきた。


「朝の見回りだ。問題は起こってないか?」

「問題ない。姫も思っていたよりもずっと上等な部屋で驚いていらっしゃった」


 そう言って彼(?)は生真面目な表情で俺を見上げてくる。


「すまんな、詰め込むような形になって」

「それも問題ない。見ての通り我々は身体が小さいからな」


 そう言って彼は俺を見上げながら笑った。彼の身体は小柄だったフェリーネよりも更に小さい。俺の膝よりも少し高い程度の背丈しかないのだ。

 そんな彼は金属製の鎧を全身に身に着け、ペーパーナイフほどの刃渡りしかない槍と、コンバットナイフほどの刃渡りしか無い剣で武装し、背中には金属製の盾まで背負っている。そして、頭に被っている兜からはぴょこんと丸い耳が飛び出ていた。


「だが、見た目の小ささに反して我々ローデンティアンは屈強だ。壁と屋根、それに寝袋があれば問題ない。ああ、だがフェリーネ達を近づけるのはやめてくれ。奴らは嫌いだ」


 そう言って彼は顔を顰め、不快感の表れなのかチュー、と鳴いた。

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