#059 「ダメだね」

 自分達の朝食を終え、並行して宿泊者への朝食の提供も終わったところでローデンティアンのお姫様から面会の連絡が来た。面会の連絡というか、先触れだな。俺から見るとだいぶ奇矯な類の社会システムというか、文化を持つ連中のように思える。遥か銀河の彼方にあるという銀河帝国も皇帝や貴族がいるという話だが、連中もこんな感じなのだろうか。

 とにかく、俺はその先触れに娯楽室にあるテーブルセットを会談場所にする旨を伝え、エリーカとティエンを伴って彼女を出迎えていた。


「ご機嫌麗しゅう。私のためにお時間を割いて頂けて恐縮ですわ」


 ローデンティアンのお姫様がちょこんと膝を折って優雅な礼をしてきたので、俺も片膝を突いて彼女と可能な限り目線を合わせてから頷いた。


「別にそんなに大層な話じゃないけどな。余程忙しくなければ、訪問者の代表から面会の申し出があれば対応はするさ。それで、どんな要件かな?」


 そう言いながら席を勧めると、彼女はピョンと跳んで一人がけのソファに座った。俺も同様に対面側の三人がけのソファに座る。俺とエリーカが座ったらそれだけでもうほぼ目一杯だけどな。ティエンは座らずに俺達が座るソファの後ろに立って控えている。

 実はローデンティアンの一行だけは正確に言えば訪問理由が他の連中と違った。キャラバンというよりは調査団、及び外交使節といった意味合いの集団だったのだ。その点だけは接触時点で先方から通告されていた。


「先日お話した通り、私達は周辺勢力の調査を目的として旅をしておりますの。最近私達の近くで幅を利かせていた連中がタウリシアンの戦士団に壊滅させられたので、これを機に勢力の拡大を図ろうと思っておりますのよ」

「ああ、イトゥルップ共同体の連中か。そういえば北の方で幅を利かせていたって話だよな」

「そうですの。連中、数に物を言わせてあちこちの補給地――主に水源を牛耳っていたんですのよ。水源を利用しようとすると、連中に法外……とまでは言いませんが、かなり割高な利用料を払う必要があったので、ロクに交易もできなかったそうなんですの」


 そう言ってお姫様が頬に手を当てて溜息を吐く。


「もっとも、私達は地上だけではなく地下でも生活ができますし、自給自足ができているので致命的な影響は無かったのですけれど。それでも外からでないと入ってこないものもありますから、交易が封じられるというのはジワジワと真綿で首を絞められるような苦しさがありましたのよ」

「だが、イトゥルップ共同体はタウリシアンの怒りを買って壊滅させられたと」

「そうですの。タウリシアンの方々は交易に出られない私達のところにも不定期でしたけれど、キャラバンを率いて取引に来て下さってましたのよ。そのタウリシアンの方々から情報を聞いて、今回私達はこちらへと足を伸ばしたということですわね」

「経緯はよくわかった」


 つまり、現在グレン農場から北側の広範囲が勢力的な意味で空白地帯になりつつあるということだろう。それで彼女達は勢力拡大のチャンスと見てモノにしたいと。


「で、それとうちとの間にどんな関係があるんだ?」

「つまり、未来を見据えての事前折衝ですの。見たところ、この農場の規模はまだまだ小さいようですが、将来的にはもっとずっと大きい村や街、都市、或いは国家になってもおかしくはないと思いますの。必要に応じて管理する敷地を広げ、資源を求めて領土を拡大していけば、いずれ私達の王国と領土を接する可能性もありますの。その時に『ごきげんよう、おくたばりあそばせ』とか『貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いですの』とならないように、友好関係を築いておきたいというわけです」

「ああ、なるほどな……だが、具体的にはどうするんだ? 仲良くしましょう、はい喜んでとはならんぞ。仲良くする理由が今のところこちらには無いからな。敵対する理由も無いが」


 俺がそう言うと、お姫様はにっこりと可愛らしい笑みを浮かべた。


「私が貴方様に嫁ぐのでも良いのですが、残念ながらローデンティアンは人類ヒューマンレースとの間に子を成すことができませんので、この手は使えませんわね」

「仮に子供ができるとしても、いくらなんでも体格差的に無理があるだろう……」

「赤ん坊が生まれてくるのですからなんとかなりますわよ」

「いやいやいやいや」


 無理無理と手を振る俺を見ながら姫がコロコロと鈴の音のような笑い声を上げる。


「冗談ですの。相互に交易キャラバンをやり取りする約束と、連絡員の滞在を許して欲しいのですわ」

「交易はともかく、連絡員の滞在は拒否する」

「あら、どうしてですの?」

「むしろどうして了承すると思ったのか聞きたいんだが……長く滞在すればそれだけうちの情報をすっぱ抜けるだろうが。それを許容できるわけがないだろう」


 どれだけの人員がどれだけの武装を持っており、それぞれがどのような練度で、誰が戦闘員で誰が非戦闘員で、どこにどんな施設があるのか、などといった情報が外部に漏れて得をすることなど何一つ無い。


「ダメですか?」

「ダメだね。現時点で呑むに足るメリットが何も提示されていない」


 コルディア教会やタウリシアン達のように戦力や経済力、組織力に優れているわけでも無さそうだし、ノーアトゥーンのドワーフ達のようなテクノロジーを持っているわけでも無さそうだ。積極的に敵対する必要は無いが、積極的に仲良くする必要も感じられない。


「今後の交易の成果次第ってことで納得してほしいね」

「わかりました。それではそのように致しましょう。交易キャラバンを受け入れてくださるだけでも十分ですわ」


 そう言ってローデンティアンのお姫様はにっこりと笑った。

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