#060 「イカれてるのか?」

「ねこは受け入れるけど、ねずみは受け入れない?」


 昼食の席で俺からフェリーネ達の要望とローデンティアンのお姫様からの提案、それに対する俺の見解を聞いたミューゼンがスプーンを片手に首を傾げた。


「フェリーネ達はキャラバンとして保有していた物資と資金全てを差し出して俺達の仲間というか、一員としてこの農場に参加しようとしている。それに対してローデンティアンの提案は特に何か対価を差し出そうっていう話じゃなく、連絡員を置いてくれというものだ。滞在費くらいは負担するんだろうが、こちらのメリットは皆無に等しいな」

「見たところ技術レベルも然程高いようには思えませんし、交流に関して過剰に配慮するほどの必要性は無いのではないかとフィアも思います」


 フィアもまた食事の手を止めて俺の見解に同意を示す。彼女の判断は相手の技術力というか、技術レベルが基準となっているのが少し面白いな。だが、確かに彼女の言う通りで、ローデンティアンの装備は金属製の鎧や白兵戦武器など極めて原始的なものばかりで、銃火器などのテクノロジー武器を装備していないように見えた。


「あー、二人とも。ローデンティアンを舐めてかかると痛い目を見るよ」


 そんな俺とフィアをスピカが窘めてきた。


「奴らには何か隠し玉があるのか?」

「ローデンティアンの装備ね。あれは鋼鉄製のように見えるけど、実際には奴らが独自技術で鋳造している高硬度合金なんだよ。見た目の割に軽くて凄い丈夫なんだ。私達が使ってたアサルトライフルじゃ抜けないくらい」

「ほう……だが、あの小さな身体じゃあ近接戦闘をすると言っても限界があるだろう」


 あのペーパーナイフみたいな刃渡りの槍やコンバットナイフみたいな刃渡りの剣でも人を刺殺したり斬り殺したりすることはできなくもないだろうが、そもそも彼らの背丈では急所を狙うこと自体が難しい。彼らからすれば人類ヒューマンレースベースの種族は身の丈四倍から五倍、下手するとそれ以上の巨人なのだ。


「そこで出てくるのがあいつらが背負ってる盾さ。旦那、盾はあまりよく見なかったんだな」

「背負っているなとは思ったが、しげしげと観察はしていなかったな」

「あの盾が曲者なんだ。防具として優秀なのも勿論そうなんだけど、小さいのに特殊な機構をいくつも組み込んであるんだよ。門外不出の炸薬を使った機構がさ」


 そう言ってスピカがローデンティアンの盾について知っていることを話し始める。その話を聞いた俺の感想は一つだ。


「殆ど自爆武器じゃないか。イカれてるのか?」

「本当かどうかはわからないけど、あの盾を上手く使いこなせずに死ぬ騎士見習いは多いらしいよ」


 あの盾には炸薬打ち出し式のパイルバンカーと、同じく炸薬射出式のシールドスパイク――爆発反応装甲としても使えるらしい――が内蔵されていて、しかも打ち出したパイルバンカーの杭や射出したシールドスパイクにも特殊炸薬が仕込まれているとか。

 つまりあの盾は防具であると同時に武器であり、特殊炸薬の塊みたいなものであるわけか。そんなもんを防具として使うとか完全にイカれてるだろ。破片式手榴弾で盾を作っているようなものじゃないか。


「あの背丈が小さい身体が草むらに紛れて高速で接近してきて自爆特攻めいた攻撃を仕掛けてくるのか……厄介だな」

「ローデンティアンの騎士はあの盾の一撃で敵の足を吹っ飛ばして、膝を突いた敵の喉や首に槍や剣で一撃を入れて敵を仕留めるんだ。ローデンティアンの騎士団とプレデターズの戦いを一回だけ見たことがあるんだけど、二〇人のローデンティアンの騎士が五〇人のプレデターズを一方的に虐殺してたよ」

「接近戦でか?」

「接近戦でだよ」

「そいつは凄い」


 あの体格で数で勝るプレデターズ相手に一方的な勝利を収めるというのは素直に凄い。実際にこの目で見ないことには完全には信じられんが。


「戦力として侮れないのはよくわかったが、それでも俺は方針を翻す気にはなれんな。皆はどうだ?」

「グレンさん、交易相手としては普通に仲良くするつもりなんですよね?」

「ああ、それはその通りだ。こちらに得の無い連絡員の受け入れはしないってだけだな。それも今後の交流次第では受け入れることもあるかもしれん。余程親密になれればだが」


 少なくとも、コルディア教会やタウリシアン並の親密な関係が築かれでもしない限り、受け入れることはないだろうな。或いは、フィアの故郷であるノーアトゥーン並に互いに利益のある関係を構築できない限りは。


「それなら私としては異存ありません。ハマル司祭、システィア助祭もよろしいですか?」

「そうですねぇ、隣人として互いに友好的に接することができるなら、それで良いのではないでしょうか」

「私もハマル司祭と同じ考えです」


 エリーカの言葉にハマルとシスティアも同意して頷く。俺の横でミューゼンが「私には聞かないの?」とでも言いたげな様子で両手と触手で自分を指しているんだが、エリーカはこれを華麗にスルー。まぁ、ミューゼンはなにか考えがあれば自分で言うものな。


「タウリシアンとしては?」

「私も方針としては同意します。侮るべきではないという点も含めて」


 ティエンがそう言い、プリマもその横でコクコクと頷いている。ライラが居ないからあくまでも彼女達の判断ということになるが、まぁ返ってくるまで態度を保留というわけにもいかないからな。


「農場の運営に口を出す気はあんまりないけど、ローデンティアンの扱いに関してはそれで良いと思う。フェリーネ達も受け入れるって方向で良いのか?」

「特に退ける理由もないと俺は思っているんだが、懸念点があるなら今のうちに教えて欲しくはあるな」


 俺がそう言うと、全員が目を瞑ったり、天井を見上げて考え込んだりし始めた。


「フェリーネはあまり勤勉ではないというか、気分屋なところが多いと言われていますので……それくらいでしょうか?」

「気になる点と言えばキャラバンを作って放浪生活をしていた理由でしょうか。基本的にフェリーネは一定の縄張りを決めて定住する傾向の強い種族なので」

「ああ、それは聞いてる。済んでいた村が人口過剰気味になったから、移住先を探して若い連中で集まって旅をしていたらしい」

「故郷とのしがらみがあったりしないのか? 村を出てくる時に喧嘩別れしてたり、無断で物資や資金を持ち出してたりしたならトラブルを抱え込むことになるかもしれない」

「ちゃんと村の一員として働くならそれくらい対応してやるさ。何にせよ新しく人員を迎え入れるならノーリスクなんてことはありえないだろう」

「旦那がそう言うなら私からは何も言うことはないかな」


 俺の発言が決定打となり、フェリーネ達をグレン農場に受け入れることが決まった。この決定に関しては明日の朝にでも彼らに伝えるとしよう。


「とりあえずこれで今すぐ対応を話し合ったほうが良い案件については終わりだな。しかし今日の夕飯も美味いな。これはエリーカが作ったのか?」

「いえ、今日はプリマさんがメインで作ったんですよ。グレンさんに前に食べさせてもらったまかろにちーずという料理の話をしたら、似たような料理のレシピを知っていると」

「なるほど」


 前にエリーカと一緒に食ったな、レーションのマカロニ&チーズ。確かに今日の料理は少しマカロニ&チーズに似ているかもしれない。クリーミーなソースの中にマカロニと薄切りのキノコ、それに野鳥の肉が入っていて、表面に軽く焼き目がつくくらいに加熱されている。


「この白いソースが美味いな……どうやって作ったんだ?」

「溶かした乳脂に穀物粉を加えて、お乳を少しずつ加えていくんですよぉ」


 プリマがそう言ってにっこりと笑みを浮かべる。お乳、お乳ねぇ……動物のってことだよな? 食物合成機はまだ作ってないから、天然モノってことなんだろうが……キャラバンが運んできたのか。


「なるほど、とても美味しいぞ」

「えへへ……良かったです」


 プリマは朗らかに笑っているが、何故皆は俺に生暖かい視線を向けてきているんだ? なんかティエンは俺に視線を向けたり明後日の方向を見たりと挙動不審だし。

 まぁ、美味いから良いか。細かいことは気にしないでおこう。

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