#055 「物事には順序というものがある」

「おいひいれふ」

「そうか……たくさん食え」

「ふぁい、らんなひゃま」


 初めてのうちの晩餐を口にしたフィアが赤い瞳をキラキラさせている。今日のメニューはヘキサディアのロースト、野イチゴ酵母のふわふわパン、野菜スープや葉野菜のサラダといったものだ。どの料理もたっぷりと用意されており、当然だが清潔な水も飲み放題。フィアだけでなくタウリシアン達やフォルミカン達も満足した様子で食事を取っている。

 俺達が食事をしているのは大食堂で、農場の人数が増えたことに対応して最近作られたばかりの施設だ。食料保管庫や大型の厨房ともシームレスに接続しており、エリーカを始めとした農場のシェフ達の縄張りでもある。


「ドワーフって初めて見たけど、小さくて可愛いんだねぇ……大丈夫なの? こう、体格差というかなんというか」


 そう言ってペトラが人差し指と中指の間から親指の先を覗かせる。フィアはハンドサインの意味がわかっていないようだが、やめんか。心配になるのはわからんでもないが。


「放っておけ」

「えー? だって気になるしぃ……」

「どっちにしろお前達は明日には帰るだろうが。今日すぐどうこうって話でもない」


 ハマルとシスティアを護衛してきたペトラは明日の朝にはグレン農場を発つ予定であった。少し長めの滞在だったが、ハマルとシスティアを置いていく以上、グレン農場について彼女達なりに色々と報告をしなければならない項目があるらしく、昨日なんかはペトラを連れて農場内を色々と案内することになった。防備などについても教えられる部分は教えたりな。流石にタレットの配置だとか、配備数だとかは秘匿したが。


「そうなんだ? てっきりミューゼンちゃんみたいにすぐにそういうことをするのかと」

「物事には順序というものがある」

「???」


 フィアが俺とペトラの会話を聞きながら小首を傾げている。口元はもぐもぐと動いているが。よく食うな、この娘は。まぁ食が細いよりは余程良い。よく食う、食えるというのは身体を丈夫に保つ上でとても大事なことだ。見た目は儚げな娘だが性格も結構図太いようだし、ここでも上手くやっていけそうに思うな。


「フィアちゃんだっけ? 顔も見てないグレンのところに嫁ぐのって不安じゃなかったの?」

「不安ですか? そういうことは考えてもいませんでした。旦那様のような外部の方が相手とは思っていませんでしたが、フィアはいずれ一族のためにどこかへと嫁ぐのだと言われて育ってきたので」


 口の中のものを飲み込んだフィアはあっけらかんとそう言った。俺は物心がついた時から家族や血族といった存在と無縁だったから、その辺の感覚はいまいちよくわからんな。誰かに自分の人生を決められるというのはどのような気分なのだろうか。


「ははぁ……どちらかといえば自由恋愛主義なコルディア教会の風潮とは少し違うね。古風と言うかなんというか。古式ゆかしい家父長制めいているというか」

「そのような部分は多分にありますね。それに加えてフィア達は血族単位での結束が強いという部分もあります。今回は急な話でしたが、お祖父様に旦那様についての話を聞いてどんな方なのだろうと楽しみにしていました」

「俺の話? どんなのだ?」

「顔を合わさず、文すらも交わさず、ほんの僅かな商品のやり取りでこちらの勘所を完全に押さえる深慮遠謀の持ち主だと。それでいて一騎当千の戦士でもあるらしいと」

「いくらなんでも盛り過ぎと違うか?」

「一騎当千ってのはあながち間違いでもないんじゃない? そこらの賊やプレデターズ相手なら千人相手でも勝てるでしょ」

「流石に千人に寄って集って袋叩きにされたらどうにもならんぞ」


 もっとも、寄って集って袋叩きにされるような状況に陥るつもりはないが。相手が多いなら、多いなりの戦い方というものがあるものだ。


「どうだか。完全武装ならやりようなんていくらでもあるんじゃない?」

「さぁな。しかし深慮遠謀ね……そんなことを言われたのは初めてだな。俺は学なんてまったくない戦場育ちの傭兵だぞ。物事を深く考えるより殴りつける方が簡単だと考える方なんだが」

「それは嘘ですねぇ」

「ないね」

「グレンさんは自分で思っている以上に思慮深いと思いますよ」

「グレンは物知り」


 何故かうちの嫁さん達全員から発言を否定された。どうしてだよ。あとミューゼン、誰も取らないから触手全部に食べ物を持つのをやめろ。お行儀が悪いぞ。戦場育ちの俺に言われるのは相当だぞオイ。


「物事を深く考えるより殴りつけるほうが早いっていうのはそこらの賊みたいな連中を言うんだよ。旦那は全然違うだろ」

「いや、あれらと比べればそうだろうが……」

「あれらがこの星のそういう連中のスタンダードなの」


 そう言ってスピカは肩を竦めてパンをちぎり、口に運んだ。うーむ、なるほど。あのレベルの連中に比べれば確かに俺は少しマシかもしれん。人間なんて一皮剥けばあんなもんだとも思うが。まぁ皮一枚分はマシってことか。


「左様か……まぁ、フィアを失望させていないなら良いがな。フィアだけでなく、皆を失望させないように今後も身を慎むとしよう」


 そう言ってヘキサディアのローストを口に運ぶ。うん、美味い。


 ☆★☆


 飯を食い終わったら風呂に入ってリラックスタイムだ。日が落ちてからの作業は危険を伴うし、何より健やかな生活をするためには余暇というものが必要だからな。やるべきことは山積しているが、そもそもの話のんびりとした生活を送るために俺はこの星に降りてきたのだ。昼も夜もなく働き続けては本末転倒である。


「新参者のフィアがこの位置で良いのでしょうか?」

「フィアさんは今日の主役ですからね」


 三人がけのソファで俺とエリーカに挟まれたフィアが困惑の表情を浮かべている。そんなフィアの隣でエリーカがにこにこしながらフィアの頭を撫でており、対面のソファではそんなエリーカにライラが羨ましそうな視線を向けていた。ミューゼンとスピカは少し離れた場所にあるテーブルで他の面子とカードで遊んでいる。


「グレンさんのお嫁さんがすごい速度で増えていますね……」

「素晴らしいことですねぇ」


 システィアとハマルもこの場に同席していた。この談話室というか娯楽室も大食堂と同じく農場の人数が増えた際に新しく作られた施設である。俺達が座っているソファとテーブルのセットが何組かある他、ミューゼン達がカードで遊んでいるような多目的のテーブル、ビリヤード台、ダーツ、チェスのような遊戯具の他、俺が持ち込んだ音楽データを使用したジュークボックスなども設置されている。日々の生活を健やかに過ごすためには娯楽も必要だからな。俺は住人の生活の質向上に余念がないのだ。そもそもの目的でもあるからな、それが。


「まぁ、コルディア教会的な評価は置いておくとして、だ。現実的な話として、フィアを受け入れるに当たって価値観のすり合わせとか、相互理解とか、色々と足りていないものがあるだろう。俺としても受け入れた以上は責任を取るつもりだが、何せフィアを嫁に取るにしてもフィア以外にも既に四人も嫁に取ってるわけでな。その点についてフィアが受け入れられるのかどうかという議論もあるわけだ」

「なるほど。フィアとしてはお役目を果たせるのなら五番目でも十番目でも何番目でも良いのですが」

「覚悟決まってるなぁ……お役目ってのはそんなに大事なものなのか」

「血族の一員として生まれた以上、何かしらの責務を果たすことは当然のことです。フィアにとっては旦那様に嫁ぎ、その種で子を授かり、無事に産み育てるのがお役目なのですから、そうするのは当たり前のことです」


 フィアはきっぱりとそう言いきった。うーん、お役目ねぇ……俺としてはそういう義務感とかで成立する関係というのはあまり好ましくないんだが。


「ですが、フィアは旦那様に嫁ぐことができて良かったと思っています。旦那様はフィアに優しいですし、皆さんもフィアに優しくしてくれます。ごはんも美味しいですし、ここにはフィアが見たことのないものがたくさんあります。日差しは困りますが、映像でしか見たことのなかった草木や、様々な作物、それにフィアの同族以外の方々もたくさんいて楽しいです」

「そうか……日差しが困るというのは?」

「フィアの血族は長く地下生活を続けた結果、地下での生活に適応したんです。その反面、陽光に弱くなってしまって……あまり長く陽の光を浴びると、火傷のようになってしまったりしますし、眩しいものを見ると最悪失明してしまったりします」

「……明日はフィアが安全に過ごせるようにちょっとあちこち居住地の作りを直すか」

「そうですね、それが良いと思います」

「お手伝いしますねぇ」


 システィアとライラが俺の提案に同意する。


「いえ、あの、旦那様。そこまでは……フィアが気をつければ大丈夫ですから」

「いいや、ダメだ。家族皆が安心して暮らせる家を作るべきだ。ついでにフィアの仕事も考えないとな……やっぱり作業関連を任せるのが良いか?」

「どのような作業かわからないとはっきりは言えませんが、フィアは手先が器用ですし、ノーアトゥーンでは工作機械で輸出用の銃器を作った経験もあります。採掘もできますよ。皆さんと比べれば身体は小さいですけど、力は結構強いです」


 そう言ってフィアはむんっ、と言いながら力こぶを作ってみせた。俺から見れば細腕にしか見えないんだが、ドワーフってのは本当に見た目の割に力が強いからな……俺の知ってるおやっさんもそうだった。


「わかった。それじゃあ明日はフィアにあちこち案内しながら、どうすればフィアが安全に過ごせるか一緒に考えて農場内を改装していこうな」

「はい、旦那様!」


 フィアは元気にそう返事をしてにっこりと笑みを浮かべた。

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