#054 「いの一番に確認することがそれか」

 交易の成果確認を後回しにしてライラとドワーフの少女、それとエリーカを俺がメインで使っている宿舎へと招き、事情を聞くことにした。どうして交易に行ってドワーフの娘を連れて帰ってくることになったのか、事情を聞く必要がある。


「えっとぉ、全部話すと長くなるんですけどぉ……うんと短く要約することもできますけど、どうしましょうかぁ?」

「……結局全部聞くことになりそうだから、全部聞かせてくれ。君の話も後で聞くから、まずは黙ってライラの話を聞いてくれると助かる。エリーカもな」

「はい、旦那様」

「はい、グレンさん」


 白いドワーフの少女もエリーカもとても素直に俺の頼みを聞いてくれた。ああ、強化人工筋肉と高性能濾過フィルターで出来た強化胃がキリキリしてきそうだ。これも幻肢痛の一種か? 肢じゃないが。


「まずはグレンさんの指示通り、モノホイールと資材をノーアトゥーン――ドワーフの集落に持っていったんですね。それで、フォルミカンの皆さんに実際にモノホイールを動かすところも実演してもらったんですよぉ」


 今回のキャラバンには高機動車の他にもモノホイールを二台新造し、フォルミカンを二名同行させていた。モノホイールはリバーストライクより高速――最高速度時速一五〇kmほど――で走ることができるし、小回りも利くので使い途があるのではと考えたのだ。足の早い機動戦力が有るのと無いのとでは戦略の幅が違ってくるからな。

 無論、ドワーフ達へのデモンストレーションをするためでもある。その点はちゃんと説明しておいたから、その通りにしてくれたんだろう。


「そうしたら交易担当の人が見るからに技術者という感じのドワーフを何人か連れてきて、モノホイールを検分しようとし始めたので、そういうのは買ってからにしてくださいねということでお断りしました。ただ、モノホイールは彼らの興味を大層引いたようで、更に素材の方も見て感心した様子でした。そして技術者達が額を突き合わせて密談を始めて、何故かそのうち殴り合いまで始めて、最終的に殴り合いを制した技術者の一人がモノホイールも素材も全部買い取らせてもらう。対価はタラーでも良いが、それ以外でも良い。自分達に用意できるものは何でも用意しようって言ったんですよぉ」

「なるほど。そこまでは特に問題はなさそうだな。殴り合いの意味はわからんが」

「話し合いがこじれた時の最終解決手段らしいですよぉ。それで、グレンさんの要望は基本的にエネルギーキャパシターとかのハイテク部品、それもコア部品じゃないですかぁ? なので、支払いはできればそういうものとの交換が良いです、っていう形に持っていったんですねぇ」

「ああ、それで良いな」

「そうしたら、今後の取引の安定化のためにこの娘を私達の長の下に嫁がせて欲しいってことになってぇ……この娘がグレン農場に居る限り、ノーアトゥーンのドワーフはグレン農場に最大限の便宜を図って、決して裏切らず、外への情報漏洩も行わないってお話でぇ」


 そう言ってライラが指折り数えて彼女がこの農場に嫁ぐメリットを挙げていく。それはそれは、素晴らしい取引だな。だが絶対一方的な話じゃないだろう、それは。


「それ、こっちからは何を出すんだ?」

「この娘とグレンさんの間に子供が生まれたら、次男次女以降で良いからできれば二人くらいあちらに婿か嫁に欲しいみたいですねぇ……あ、もしあちらが裏切ったりしたら、この娘は煮るなり焼くなり売り払うなりバラすなりご自由にどうぞって言ってましたよぉ」

「ここらの連中は言うことがいちいちえげつないな。他には?」

「グレンさんが秘匿しているテクノロジーを殊更に教える必要はないですけどぉ、日常的に使用しているもので良いので、この娘に学ばせてあげて欲しいって言ってましたねぇ」

「テクノロジー目当てか……取引に行くたびにレポートか何かを出すわけだな」


 要は、向こうの興味を惹きすぎた結果か。俺はただエネルギーキャパシターだとかの高度なテクノロジー部品を売って欲しいだけなんだがな。


「突き返しても今まで通りの取引はすると約束はしてくれたのでぇ、グレンさんがどうしても嫌ならそのようにしても大丈夫ですよぉ。ただ、グレンさんに判断してもらうべきだと思って連れてきたんですよねぇ。損得を考えれば、私は貰ってあげるのをオススメしますけどぉ」


 ライラの言葉にしばし黙考する。つまり、ドワーフ達への技術流出を容認するか否かだ。

 結局のところ、そのテクノロジーを活かすためにはドワーフ達が保つ高度なテクノロジーの基幹部品が必要で、彼らに頼らないとなるといつ襲ってくるかわからない自律型駆逐兵器の襲撃を待つか、あるいは襲いに行くかして慎重に鹵獲するか、そうでなければシャトルを使って上に買いに行くしかない。

 前者は確保の安定性という意味では正しく運任せということになってしまうし、そもそも主要部品を壊さないように『優しく』無力化するというのはそれなりに面倒だ。

 後者は言わずもがな、あまり頻繁に地上と軌道上、あるいは航宙交易コロニーなどと行き来をするのは目立って仕方がない。それは惑星を監視している三国に対してもそうだし、兎角軌道上から降下してくるシャトルや物資コンテナというものは遠くからよく見える。招かれざる客を招きやすくなるというのはあまり嬉しいことではない。戦利品は増えるが。

 そう考えると、彼女を迎え入れることでドワーフと協力関係を築けるというのなら、選択肢としては悪くないかもしれない。補給物資の確保は何より優先される事項だ。

 こちらはあちらに手持ちのテクノロジーを供与し、あちらからは高度なテクノロジー部品を売ってもらう。原価で物資を寄越すというのはその見返りということだろう。

 尤も、あちらが原価でと言っても本当に原価かどうかなんていうのはわかったものじゃないが。その辺りはキャラバンのプロであるライラ達に目を光らせてもらうしか無いだろうな。


「……わかった、ドワーフ――ノーアトゥーンからの提案を受ける事にする。あー、お前さん、名前は?」

「フィアラルと申します、旦那様。フィアとお呼びください」

「そうか、フィア。俺は見ての通りほぼ全身を義体化しているサイボーグだ。顔もプラズマグレネードに炙られてな、真っ黒ののっぺらぼうでもある。そんな俺に嫁げるのか?」

「はい、旦那様。フィアは旦那様と添い遂げる覚悟がございます」

「覚悟か……そんなものが必要なくなるくらいにお前を幸せにしてやるのが俺の義務なんだろうな」


 懐に入れると決めた以上はそうするのが男としての責務だろう。これで五人目か? 責任の重さに目眩がしてきそうだ。まぁ何だ。当初の目標の五倍の戦果を上げていると思えば流石俺といったところかな? ああ、はいはい。お前もな。鋭意努力するから反物質コアを異常稼働させて抗議しようとするんじゃない。


「ところで旦那様、お身体のことなのですが」

「ああ、なんだ?」

「その、ほぼ全身を義体化されているとのことですが……お子を授かることは可能なのでしょうか?」

「可能だよ。いの一番に確認することがそれか。マジか」

「旦那様の種をこの身に宿すのがフィアの最も大事なお務めですから」


 そう言って白い少女が儚げな微笑を浮かべる。雰囲気だけは儚げだが、初手のこの質問のことを俺は一生忘れられない気がする。これで結構図太そうだぞ、この娘。


「とにかく、フィアの部屋を用意させる。身一つで来たわけじゃないよな?」

「はい、旦那様。最低限ですが、こちらで暮らすための荷物は用意してきています」

「なら荷解きをして今日のところはゆっくり休め。エリーカ、頼めるか?」

「はい、グレンさん。フィアラルさん、こちらですよ」

「ありがとうございます、エリーカさま。あと、私のことはフィアとお呼びください」

「はい、フィアさん。私のこともエリーカと呼んでくださいね」


 和気あいあいとした雰囲気で話し合いながら、エリーカとヴェールを被り直したフィアが宿舎から出ていく。そんな二人を見送り、俺はライラへと顔を向けた。


「狙い通りか?」

「えぇー? そんな、本当に向こうからの申し出だったんですよぉ?」

「どうだかな。ライラの思惑が欠片も入っていないとは俺には思えないんだが」


 ライラがそのつもりなら、フィアの嫁入りなんて突っぱねてエネルギーキャパシターをはじめとした高度なテクノロジー部品を買い付けることも可能だったはずだ。敢えてドワーフ達――ノーアトゥーンと深い関係を築くのには何か思惑があるに違いない。


「向こうからの申し出があって、それが有用だろうと判断したからお連れしただけですよぉ。現に、旦那様も了承したじゃないですかぁ」

「なら良いがな……やれやれ」


 とはいえ、ドワーフ達の最終的な思惑がどこにあるのかという問題もある。ただ単に自分達の知らないテクノロジーを蒐集しているだけの技術者集団であるというのであれば良いのだが、最終的に何か大それたことを考えているとすれば……いや、その時は上の三国がなんとかするか。惑星上ではどう足掻いても駆逐艦サイズ以上の船を作るのは難しい。重力下でそれ以上の巨大構造物を作るのは至難の業だ。よしんば巡洋艦級の戦闘艦をドワーフ達がでっち上げて何かしようとしたところで、できることなどたかが知れている。上の三国に潰されるのがオチだ。


「よし、難しいことを考えるのはヤメだ。エネルギーキャパシターとかの高度なテクノロジー部品は仕入れてきたんだな?」

「もちろんですよぉ。そこは抜かり有りません」

「それじゃあそれらを使って何を作るかを考えるとしよう」


 その方が建設的だろうからな。フィアの扱いについては晩飯の後にでも考えれば良い。

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