#053 「……すまんが、わかるように説明してくれんか?」

 結論から言うと、ミューゼンと俺の初めての夜は辛うじて成功した、と言って良いだろう。何故辛うじて、なのかというとだな。


「相手が俺じゃなかったらあちこちの骨がボキボキ折れてたぞ」

「しゅん……」


 首や肩を回しながらそう指摘すると、ミューゼンはシーツを頭から被ったまま肩を落とした。

 普通の人間と比べて遥かに強固な人工筋肉繊維と、強化合金製の骨格をもってしても軋みが上がるほどの強さでミューゼンの触手は俺の身体を締めあげてきた。実は骨がボキボキ折れるという表現すら気を遣った言い方である。普通なら頚椎とか脊椎とか内蔵とかが『クシャッ』となりかねないほどの力だった。これがミューゼン個人の特徴なのか、それともディセンブラという種族の特性なのかはわからんが、普通の人間なら命がいくつあっても足りんな。


「まぁ、俺は丈夫だから平気だがな。ただ、この先手加減を覚えないと大変なことになりかねん」

「この先……?」

「ミューゼンやエリーカ達が産んだ子供をその力加減のまま抱っこでもしたらどうなると思う?」


 俺がそう言うと、ミューゼンは全身の触手をピーンと頭上に伸ばし、それからへにょりと項垂れた。


「力加減、頑張る……」

「そうだな。頑張っていこう。俺も手伝えることがあれば手伝う」

「うん、ありがとう。グレン」


 差し出した俺の手にミューゼンの触手がきゅっと巻き付いてくる。その力加減は強すぎず弱すぎず、丁度良い具合だった。ミューゼンはやればできる子だな。


 ☆★☆


「昨晩はお楽しみだったみたいだねぇ?」

「ああ、そうだが。それがどうした?」

「……からかい甲斐が無い男だなぁ」


 俺の反応にペトラがジト目を向けてくるが、付き合うつもりはない。周知の事実を指摘されたところで何を慌てる必要があるというんだ。そんなことより朝飯を食え、朝飯を。


「グレンさぁん、今日のスケジュールは予定通りで良いですかぁ?」

「ああ、そうだな。昨日の今日で悪いが、予定通り例の集落にもう一度行ってもらう」

「商品は例のものとアレですねぇ?」

「そうだな」


 一応部外者であるペトラがいるので、例のものとかアレといった曖昧な表現でやりとりをする。

 それでも通じるくらい事前に話をしておいたからな。ちなみに例の集落というのはドワーフの集落のことで、例のものというのはドワーフから仕入れたエネルギーキャパシターを使って作った、彼らでも乗れるサイズの高機動ヴィークル――モノホイールのことだ。

 アレは大きな一つのタイヤの中に乗り込んで走行するヴィークルで、何せ一輪なので余程の泥濘にでも突っ込まない限りスタックすることがない。起伏の激しい場所でも走ることが可能だし、総重量がリバーストライクに比べて少ないので、より速度が出る。サスペンションは航宙艦などにも使われる慣性制御機構をダウンサイジングしたものが採用されており、乗り心地も悪くない。

 欠点はリバーストライクよりも更に積載量が少ない点と、俺のように身体が大きいと乗ること自体ができないという点だな。エリーカなら乗れると思うが、俺やライラは無理だ。ミューゼンはギリギリ乗れるかもしれん。スピカ達フォルミカンやドワーフ達向きの乗り物だろうな。

 ちなみに、前方の視界はホログラムディスプレイによって確保されており、車輪が邪魔で前が見えないということはないようになっている。

 それとアレというのは構成機を使って成形した金属素材の類である。それもただの金属ではなく、高純度鉄や土中に存在している希少元素――所謂レアメタルやレアアースの類で、保管が比較的容易なものを持って行かせる予定だ。

 俺の推測通りなら連中も構成器やそれに類する設備を有している可能性が高い。もしそうなら、こちらの提供する資源の質を見て同様のテクノロジーがあることを察するだろう。連中が自分達のテクノロジーレベルを偽装している理由が何かはわからないが、こちらのテクノロジーレベルを知れば何らかのアクションを起こす可能性が高い。

 このアクションにはリスクがある。しかし、わざわざ『上』に上がらずともエネルギーキャパシターをはじめとした高度なテクノロジーパーツが手に入るというのなら、リスクを冒す価値が十分にあると俺は考えている。

 シャトルを使って買い物に行けばそれらの部品の入手は難しくないが、頻繁に地上と軌道上とを行き来すると、この惑星を監視している上の三国に睨まれる恐れがあるからな。国家を相手にするのはいくら俺でも分が悪い。何せ軌道上の航宙戦闘艦から砲爆撃なんぞを受けたら一方的に消し飛ばされることになる。


「例のものとかアレとか、グレンは秘密が多いねぇ」

「ちょっとした秘密を守れない奴に家族や仲間は守れると思うか?」

「……なるほどね」

「そういうことだ」


 そう言ってペトラに肩を竦めてみせてからエリーカが焼いたパンを手に……うん? 今日のパンは随分とふわっとしているな?


「なんだか今日のパンはいつもとだいぶ違うな? 柔らかくて美味い」

「あ、気づいてくれました? グレンさんの大好きな野イチゴから酵母を作ってみたんです。今までは無発酵パンだったんですけど、今日のパンはちゃんと発酵させて作ったパンなんですよ」

「そりゃ気づくさ。凄いなこれ。柔らかくて美味い」


 ジャムをつけなくてもモリモリいけそうなくらい美味い。ジャムをつけると更に美味い。流石はエリーカだな。日々の進歩を怠らない……俺も見習わなければ。

 なんか皆に見られている気がするんだが。一体どうしたんだ? 俺なんか見てないで早く飯を食え、飯を。じゃないと俺がパンを沢山食べるぞ。


 ☆★☆


 朝食後、ライラとスピカを含めたキャラバン隊が再びドワーフ達の集落へと向かっていった。帰りは明日の予定だ。積荷は前回反応が良かったものに加え、モノホイールと各種の高純度素材だ。ライラとスピカの二人にはエネルギーキャパシターをはじめとした高度なテクノロジー部品を手に入れられるよう最善を尽くすように言ってある。多少の譲歩なども認める。損になりすぎない範囲で。そう伝えた。

 そう伝えたんだ。


「今日からお世話になります。誠心誠意この身を捧げ、尽くすことを誓いますので、どうか末永くお願い致します。旦那様」


 翌日、ライラとスピカ達と一緒に高機動車から降りてきた赤い瞳の少女が俺の姿を見るなり開口一番で折り目正しくそう言った。ヴェールを被った真っ白な少女だ。背丈はスピカ達よりも低い。

 いや、現実逃避はやめよう。彼女はドワーフなのだろう。人類ヒューマンレースの俺から見ると少女のように見えるが、恐らくこれで成人した女性だ。多分だが。


「……すまんが、わかるように説明してくれんか?」


 俺は努めて冷静にそう言って、ライラとスピカに顔を向けた。

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