#021 「……俺が農場と名乗る以上、ここは農場だ」

「だって最低限シールドか対空兵器が無いと、航空爆撃やプラズマ曲射砲や榴弾砲を撃ち込まれたらすぐに更地になってしまうだろう」

「コミュニティ同士の小競り合いでそんなものを持ち出すなんてこと殆どないから!」


 俺の横で作業を見守っていたペトラが大きめの声を上げる。


「殆どってことはたまにはあるんだろう? ならやっぱり必要じゃないか」


 ヘレナとシスティアに常識を疑われ、深く心が傷ついた俺は作業場に引きこもって戦利品の銃をレストアしていた。武器の手入れは良い。心を落ち着かせられる。部品の一つ一つを磨き上げ、必要なら補修し、元の形に組み上げ、完璧に作動させる。実弾銃には光学兵器には存在しない、メカニカルの美がある。正直に言うと最近好きになってきた。武器として使おうとは思わんが。


「だから、本当に極稀なんだって。そんなのコミュニティ同士の全面戦争が起こった時くらいしか持ち出されないから」

「その全面戦争に巻き込まれた場合の心配をしているんだ、俺は。というか、この星には星系周辺を囲む三国の軍の駐屯地や、そいつらの子飼いの勢力もいるだろう? そういう連中との争いになった時には高度な兵器が戦場に投入されることもあるんじゃないのか?」


 この農場はそれらの勢力と可能な限り距離を取った場所を選んだので、そうそう奴らにちょっかいをかけられることはないと思う。が、もしちょっかいをかけられた場合はしっかりと防備を整えておかないと不味いことになるだろう。

 奴らの子飼いの勢力がどれだけ武器や技術の供与を受けているのかは知らないが、駐屯している奴らの本隊は俺が宇宙で戦っていた最前線の連中と遜色ない装備を持っている筈だ。


「……まぁ、連中が勢力を伸ばしているところではそういうのも聞かないことはないね」

「だから現状程度の防備では脆くてとても安心できないというわけだ。俺の言うことは間違ってない」

「そうかなぁ……?」


 どうしてそこで疑問形になるんだ。これ以上なく完璧に説明したのに。


「でも、グレン」

「なんだ」

「農地と居住地に防壁はまだしも、対空兵器にシールドにキルゾーンまで作ったら、それはもう農場じゃなくて要塞って言うと思うんだけど、どうかな」

「……俺が農場と名乗る以上、ここは農場だ」

「それは苦しいと思うなぁ」


 俺はペトラの言葉を聞かなかったことにした。


 ☆★☆


 ヘレナ達が農場に来てから三日。彼女達がグレン農場から去る日が来た。


「こんなに貰っていってしまっても良いのですか?」


 システィアが駄載獣に積み込まれた食料品――主に燻製肉の類とジャム等――を見て心配げな表情を浮かべる。


「大丈夫だ……」


 ジャムは沢山作ったからな……少しくらい。少し……いや、大瓶を二〇個は流石に多くないか? 多いと思うんだが。どうだろうか。確かにまだ在庫は大瓶で五つはあるが。


「全然大丈夫じゃなさそう」

「問題ない……ない」


 顔を覗き込んでくるミューゼンから顔を逸らす。どうせ俺の表情など読めはしないだろうが、見られているとなんとなく落ち着かない。やめろ、俺の顔を覗き込むな。


「グレンさん。補給品もそうですが、通信機も使わせて下さってありがとうございました」

「ああ。上手く行ってよかった」


 折角完成した通信機を遊ばせておくのも勿体ないので、ヘレナに通信機を使わせてコルディア教会の各支部と連絡を取ってもらったのだ。どの程度通信波が届くのかというテストをしてもらったわけだな。テストの結果、コルディア教会が標準的に使っている通信機よりも凡そ二倍程度の距離まで通信波が到達していることがわかった。

 地上での通信波の到達範囲は地形や天候にも大きく左右されるので確実にそうだとは言えないが、実験の結果はそうなった。カタログスペックから考えるともう少し遠くまで届いても良かったと思うんだが……まぁ良い。誤差の範囲だ。


「獲物の捌き方はもう完璧だね」

「そうだな。この辺りで捕れる獲物は大丈夫だろう」


 ペトラ達には獲物の捌き方を一通り教えてもらった。低温倉庫には枝肉にして熟成中の獲物が沢山保存してある。その枝肉を熟成のスケジュールに従って更に捌いて精肉にして、冷凍保存したり、燻製肉に加工したりするわけだ。今回補給品として持たせた燻製肉は未熟成の肉を無理矢理燻製にしたので、出来が今ひとつだったりする――らしい。充分に食えるレベルではあるそうだが。


「システィアさん……」

「エリーカ……幸せにね」

「はい」


 エリーカとシスティアが別れの抱擁を交わしている。エリーカとシスティアとの三人で少し話した時に聞いたのだが、二人は従姉妹であったらしい。彼女達の母親が姉妹なのだとか。それで幼い頃から本当の姉妹のように育ったと。心配のしようから近しい関係なんだろうなとは思っていたが、なるほど。実際に血縁関係があったわけだ。


「グレン。私もハグする」

「いや、別にいらんが」

「うるさい、ハグする」


 ミューゼンがそう言って俺に絡みついてくる。両手だけでなく六本の触手まで巻き付けて。断ったのに絡みついてくるというのはどうなのだろう。聞く意味が無いのでは?

 世の理不尽について思索を巡らせていると、ミューゼンだけでなくヘレナやペトラ、それに実行部隊の面々にも抱きしめられた。お前ら、抱きつくのは良いが尻を揉むのはやめろ。


 ☆★☆


 ヘレナ達が去ってから二日経った。

 農場の生活は平和なものだ。対人レーザーが飛び交うことも、プラズマ砲弾が降り注ぐこともない。毎朝食料の在庫を確認し、肉を捌き、必要があれば獲物を捕りに行き、エリーカと食事をしながら農作業ボットやドローンが畑の世話をするのを眺め、エリーカに見守られながら作業場で銃の整備を行う。

 日が落ちてきたらエリーカの料理を手伝ったり、出来上がった料理で夕食を食べたり、一日の疲れを二人一緒に風呂で流したりして、一緒に寝る。そこからまた一緒に運動をすることもある、

 そんな穏やかで平和な生活が続いていけば俺は満足だ。満足なのだが。


「警報ですね、グレンさん」

「警報だな、エリーカ」


 そろそろ恒星が真上に来そう――つまり正午が近くなった頃、農場に警報音が鳴り響いた。

 すぐさま偵察ドローンと接続し、警報音の発生源を確認する。


「うん? ライラ達だな」

「ライラさん達ですか?」

「ああ。だが様子がおかしい」


 偵察ドローンに映るライラ達は何かから逃げるかのように走っていた。大荷物を背負い、大きな胸をぶるんぶるんと震わせて。いや、今は胸のことはどうでもいい。

 スピカ達はライラ達を守るかのように――或いはライラ達を追い立てるように――彼女達に後ろに展開し、銃を構えてしきりに後方を警戒している。


「何かに追われているようだ」

「グレンさん、私、ライフルを取ってきます!」


 エリーカがそう言ってダッシュで宿舎へと走っていく。本当は屋外にエリーカのライフルを収納する専用の収納でも設置するのが効率は良いんだろうが、セキュリティ上の問題がなぁ。

 まぁ、今はそれは良い。俺もちゃんとした武器を持ってこよう。スピカ達が迎撃を選ばず、この農場へと逃げ込んでくるくらいだ。敵はプレデターズ程度の戦力では無いだろうからな。

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