#022 「俺の農場を売ったな?」

 □■□


 私達は追われていた。いや、正確には追い立てられていた。

 警戒はしていたんだ。連中はかなり好戦的で、実際にその戦力は近隣では一番――いや、もう一番じゃないかな? まぁ、とにかく馬鹿にできないものを持っている。装備も充実してるし、訓練もしっかりされている。フォルミカンである私達に気づかれず、ここまで追跡してくるような練度がある。


「リーダー! 撃ちますか!?」

「駄目だ! とにかく今はグレンの旦那のとこに逃げ込むしかない!」


 カラカラの喉で大声を張り上げるのが辛い。めまいがするし、頭も痛くなってきた。最後に水を飲んだのは昨日の晩だ。まだ動けるけど、脱水症状で動けなくなるのは時間の問題だね。これは。


「もう少しで旦那の防衛圏に入るはずだ、耐えて――」

『よう、久しぶり』


 いつの間に現れたのか、見覚えのある小型の飛行機械が私達の直ぐ側に浮いていた。


「だ、旦那!」

『とにかく走れ。もう少し走れば奴らがキルゾーンに入る』

「わ、わかった! みんな、走れ! 弾薬以外の荷物は捨てて! あとで回収する!」

「「「はい!」」」


 私達は荷物を捨てて脇目も振らずに走り出した。


 □■□


 偵察ドローンからの映像を視界の隅に置きながら、俺は教会施設の屋根に登っていた。通信塔を除けばここが一番高い場所だ。


「見えた」


 慌てて走ってくるライラ達の後ろに荷物を投棄して全速力で撤退してくるスピカ達の姿も見える。そして、その後ろには敵の姿も。


「あれが敵か?」


 偵察ドローンが捉えたのは雑多な服装の民兵のような連中だった。揃いの制服は着ていないが、武器は大体揃っている。同じような突撃銃だ。その品質はパッと見ではスピカ達が使っているものと遜色がないように見える。それだけじゃないな、遠距離狙撃に向くタイプの銃を装備している奴も数人、それと携帯型のロケット砲のようなものを持っているやつもいるな。


「しかしまぁ、色々なのがいるもんだ」


 ロケット砲のようなものを担いでいるのはあまり見ない形の鼻が特徴的な巨漢だ。俺より身長が高いな。横幅もでかいが。それに、遠距離狙撃に向くタイプの銃を装備しているのは髪の毛が派手な……いや、羽か? とにかく同じような連中だ。


「歩兵連中も……雑多だな」


 見知った種族は見当たらないが、やはり何らかの異種族なのだろう。目が一つの奴とか、腕が四本ある奴もいる。普通の人類ヒューマンレースっぽいのもいる。

 敵の最後尾がキルゾーンに入った。最後通告の時間だ。


 □■□


 牛女どもと蟻女どもを追い立てて歩くのも疲れたが、ようやく目的地に着いたようだ。蟻女達は健気だな。足の遅い牛女どもを守って、水もろくに飲まずに守っている。

 だが、番にするなら牛女が良い。乳がよく出るという話だし、ケツもでかい。きっとよく子供を産んでくれる。牛女が生まれたら売れば良い。ただ、よく躾けないとな。牛女どもは馬鹿力だ。


『あー、警告する。最初で最後の警告だ』


 目的の居住地に向かって歩いていると見慣れないものが飛んできて話し始めた。丸い機械だ。音もなく浮いてやがる。一体どうやって浮いてるんだ、こいつは。


『この先は俺の農場だ。武装解除せずにそれ以上進むなら、敵対行為と見なして殺す』


 丸い機械から聞こえてきた男の声に、俺達は顔を見合わせた。殺す? 俺達を? 完全武装の四十人以上の戦士達を殺すって?


「おい、今のは俺の聞き間違えか?」

「いや、確かに聞こえたぞ。俺達を殺すってな!」

「ははっ! こいつは傑作だ。一体どうやって殺すってんだ? ふらふらの蟻女どもに助けてもらうのか?」


 仲間達が笑う。俺も笑う。俺達は無敵だ。優れた武器を持っているし、過酷な訓練を自らに課してきた。いくつもの戦いを乗り越えてきた。仲間と共に。いくつものコミュニティとの戦いに勝利してきた。たった二人しか居ないちんけな農場が俺達を殺す? 牛女と蟻女を合わせてもこちらの半分にも満たない人数で? こいつは傑作だ。


「できるもんならやってみろ。その前に俺達がお前を殺す」

『そうか。なら全員死ね』


 丸い機械からゾッとするような男の冷たい声が聞こえたその瞬間、俺の視界は真っ赤に染まった。


 □■□


 ロケット砲を担いでニヤニヤ笑いを浮かべていた巨漢の頭が弾け飛ぶ。馬鹿め、お前達の武器が届かないからといって、こちらの武器が届かないわけじゃない。

 巨漢と一緒にニヤニヤと笑っていた奴らは弾け飛んだ男のアツアツの破片を浴び、唖然とした表情を浮かべた。次の標的に射撃しつつ、レーザータレットと戦闘ボット達に射撃指示を出す。


『『『う、うわあぁぁぁっ!?』』』


 レーザータレットから、戦闘ボットから、そして俺の長距離狙撃用レーザーライフルから発射された対人レーザーが侵入者どもを駆逐していく。

 完全武装の戦士が四三人? そうか、そりゃ怖いな。お前らが最新の対人レーザー兵器やプラズマ兵器で武装して、更にパワーアーマーを装備していればだが。


『いかん、退け! 退けぇっ!』


 その一声で敵集団が撤退を始める。だが、もう遅い。


『なっ!? こいつ――うぎゃああぁぁぁっ!?』


 奴らの退路に回り込んでいた軽戦闘ボット達が標準装備のレーザーガンを乱射し始める。軽戦闘ボットが装備しているレーザーガンは対レーザー装甲を装備したパワーアーマーやパーソナルシールドを装備している相手には効果が薄いが、禄に対レーザー防御力を持たないような軟目標が相手なら充分に致命的な威力を発揮する。


『逃げろ! 逃げっ――!』

『どこに逃げろってんだよ!? うわぁぁぁっ!?』


 侵入者どもが軽戦闘ボットを相手に突撃銃を乱射するが、素早く動き回る軽戦闘ボットへの命中弾は殆ど無い。命中したところで、よほど当たりどころが悪くなければそう簡単に撃破はできないだろうが。


『ま、待て! 降伏、降伏する!』


 捕虜を取る気はない。俺は武器を投げ捨てた男の頭に照準を合わせた。


 □■□


 完全にワンサイドゲームだった。旦那の農場に配備されている物騒なタレットと物騒な戦闘機械が放つレーザー攻撃は、私達が扱っている普通の武器では太刀打ち出来ないほどの射程と威力、精度を兼ね備えていた。無音で、どこから撃たれたのかもわからないのに、オルカンの頭が弾け飛ぶほどの威力があるっていくらなんでもズルいと思う。


「ははっ……はぁ……」


 愛銃を支えにしてずるずると崩れ落ちてしまう。生き残った。なんとか生き残った。流石にあの数、あの装備差で戦うのはいくらなんでも無茶だった。上手くやれば損害はそれなりに与えられたと思うけど、こっちは絶対に全滅してた。依頼主達は格闘こそは強いけど、射撃は本当にダメだからなぁ。戦力にならない。


『立て。集まってもらう』


 旦那のところの人型戦闘機械がそう言って私の腕を掴み、無理矢理立ち上がらせてくる。


「ちょ、痛い痛い。旦那、もっと優しく」

『黙れ。早くしろ』


 私を立ち上がらせた戦闘機械が私の背中を小突く。あれ? なんか雲行きが怪しいな?

 嫌な予感に冷や汗を垂らしながら旦那の農場に歩いていくと、その様子は隨分と変わっていた。

 ちゃんと農場らしい畑があるし、でっかい通信塔みたいなものがある。それに、なんだか教会っぽい建物もあるし、その他にも建物がたくさん増えている、あれから一週間ちょっとくらいしか経ってない筈なのに、すごい変わりようだ。


「えっと……」


 農場の広場に行くとそこには腕を組んで仁王立ちしている旦那と、荷物の入ったバッグを全て奪われて両手を挙げている依頼人達と、同じように武器を奪われて両手を上げている姉妹達がいた。

 旦那の他には……うん、旦那の戦闘機械が勢揃いして私達にレーザーガンを向けてるね。建物の上のレーザータレットもこっちに照準を合わせている。これは完全に詰んでるね。


「揃ったな」


 グレンの旦那は今までに聞いたことがないような冷たい声でそう言って、ライラに拳銃を突きつけた。多分だけど、あれは大口径のレーザーガンだと思う。あんなのに撃たれたら、ライラの頭は吹っ飛ばされたオルカンの男と同じようなことになるだろう。


「ライラ」

「は、はひっ……!」


 背筋が凍りそうな程に冷たい声で名前を呼ばれたライラが、今にもチビリそうな声で返事をする。

 あ、チビッてるね。私の触角がそう言ってる。私達の触角は臭いに敏感なんだ。


「俺の農場を売ったな?」

「ち、ちがいましゅうぅっ!? はなしきいてぇっ!?」


 農場にライラの必死な声が響き渡った。そうだよね、必死になるよね。同じことされたら多分私もそんな声が出ると思う。

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