#023 「……皆殺しにして全員肥料にした方がマシか」
俺は懇願するライラから話を聞くことにした。
ライラ達は湖畔の村を出た後、他にも複数の集落を回って最終的に今日俺の農場を襲いに来た連中……イト、イトなんとかいう勢力の集落に訪れた。奴らは近隣一帯で好戦的、かつ野心的であると知られている一派で、どうにも俺のところに構成器や、それ以上のお宝――つまりテクノロジーがあると知っていた様子だったらしい。
「サ、サムさんのキャラバンが先に行ってたみたいでぇ」
奴らはサムが俺のところで仕入れていった塩のパックと精製水のボトルを手にしていた。その二つから奴らはこの農地にあるものを推測していたようだと、ライラはそう言った。
そして、奴らは俺の農地の場所を知りたそうな様子だった。ライラは奴らの誘導尋問じみた詰問を躱した。躱し続けた。それに業を煮やした奴らは夜陰に乗じてライラ達の水を駄目にした。奴らが水に細工をしたのは明白だったが証拠はなく、奴らは白を切った。
そして、ライラ達は料金を支払うからと言って水の補給を要請した。が、奴らはそれを断った。更に、近隣の水が補給できる地点の名を挙げ、そちらでは最近凶悪な賊が出ると言い出した。正体不明で、自分達も手を焼いていると。ニヤニヤと笑いながら。
「つまり、言外にうちの農場以外に向かえば殺すと言われたわけだ」
俺の発言にライラは首がもげるのではないかというくらいにブンブンと縦に首を振った。デカい角が風切り音を鳴らすくらい必死に首を縦に振った。他のタウリシアン達も同様に首を縦に振った。
「奴らの勢力圏で事を構えれば絶対に勝てない。水と食料に余裕があれば勢力圏外で散々引き回して諦めさせる手も使えたけど、追手が来ているかどうかは旦那の農場に着く直前まで確認できていなかったし、そもそも水が無くて直行する以外の手が打てなかった。他のキャラバンに運良く出くわすことができればチャンスはあったと思うけど、幸運には恵まれなかった。本当ににっちもさっちもいかなかったんだ」
顔色の悪いスピカは両手を挙げたままそう言った。奴らが送り出した戦力もまた彼女達の想定を超えていた。四十人以上の重武装の戦士が相手となると、いくらスピカ達でも勝ち目がない。相手がプレデターズやそこらの三下のチンピラならともかく、イトなんとかいう連中は装備も充実しているし、練度もそこそこだ。それでも同数以上は道連れにできただろうが、それでキャラバンが全滅しては元も子もない。
「だから本当に、本当にグレンさんのところに来るのは苦渋の決断だったんですよぉ……不可抗力だったから許せとは勿論言いません。自分達の命惜しさにグレンさんの農場の場所を売ったとの誹りも免れないのはわかってますぅ。ただせめて、せめて償いのチャンスをどうか、どうかこの通りぃ……」
ライラが俺の前に跪き、胸の前で手を合わせて涙を流しながら俺の顔を見上げてくる。
ふむ、なるほどな。事情はわかった。確かに話を聞く限り、ライラ達に悪意はなかったのだろう。迷惑をかけるということもちゃんと認識した上で、それでもそれ以外には生き残る道が無かったのかもしれん。
『エリーカ、どう思う?』
俺は腕を組んで無言でライラを見下ろしたまま、宿舎で待機しているエリーカに語りかけた。声を出さずに音声通信を送るくらいのことは余裕でできる。
『情状酌量の余地は充分にあるというか、聞く限り本当にそうするしかなかったんだと思います。償いをしてくださるということですし、それで許してあげてはどうでしょう?』
『甘くないか? ウチじゃなかったら多分滅んでたと思うが』
『結果的に大事なかったわけですし、ライラさん達は貴重な外部との伝手でしょう? タウリシアンのキャラバンと言えばどこにでも顔を出すと言われるほど販路が広いんです。仲良くしておいた方が良いと私は思います』
『……わかった』
ここでライラ達を許さない、このまま放り出すとなれば、彼女達の大半は野垂れ死ぬことになるのだろう。もし何人か生き残ったとなると、当然非情な決断を下したこの俺、つまりこの農場に恨みを持つ筈だ。それが広い販路を持つタウリシアン全体に伝わりかねないというのは、あまりにリスクが高い。
「……皆殺しにして全員肥料にした方がマシか」
「……ぴぃ」
俺の呟きを聞いたライラが変な鳴き声を上げてはらはらと涙を零し、絶望的な表情を浮かべて固まる。ついついうっかり口に出してしまったな。うっかり。
「冗談だ。だが、こんなことが何度も起きるのは困る。わかるな?」
俺の言葉に真っ青を通り越して顔色を土気色にしたライラがガクガクと震えるように頷く。
「俺のところに逃げ込めばどんなヤバい連中に追われていても安心、などと考えられては迷惑なわけだ。俺は慈善事業家じゃないし、正義のヒーローでもない。ちっぽけな農場主だからな」
「「「いやいやいや」」」
「何か文句があるのか?」
「「「ないです」」」
手を振りながら声を上げたスピカ達が俺の一言で黙る。
「ま、事情はわかった。今回のところは許してやる。償い、するんだよな?」
「は、はひぃ……せいしんせいい、つぐなわせていただきますぅ……」
俺の許しを得て安心したのか、ライラはそう言い残してパタリと横に倒れた。ストレスを与え過ぎたか。まぁ、許すと決めたらそれなりの対応をしてやるか。まずは水だな。
☆★☆
「もう、チビるかと思いましたよぉ……というかチビりましたよぉ……」
文字通り浴びるように水を飲み、シャワーでさっぱりした後に楽な服装に着替えたライラが愚痴を零す。その隣ではスピカも同じような格好でぐんにゃりとテーブルに突っ伏していた。
「水が無いのはキツい。本当にキツい……もう二度とごめんだ。あー、水美味しい。水最高」
脱水症状を起こしかけていたスピカはチビチビと未だに水を飲み続けていた。そんなに水を飲んであとで腹を下しても知らんぞ。
「まぁ、大変だったな。こっちも大変だが」
「楽勝だったじゃないですかぁ……」
「ワンサイドゲームもいいところだったと思う」
「大変なのは戦利品の回収と仕分けと死体の処理だ」
あの程度の装備でうちの防衛線を突破できるはずがない。実弾銃でどうにかするつもりなら、せめて対物ライフルか電磁投射兵器の類を持ってくるんだな。
アウトレンジからタレットを叩かれるのが現状では一番困る。もっとも、一発でもうちの農場に撃ちこもうものなら即座に発射地点を特定して俺か軽戦闘ボットが突撃するが。
「仕分け、お手伝いしましょうかぁ?」
「……」
「勿論サービスですよぉ。償いは別にさせて頂きますぅ」
俺の無言の圧力に即屈したライラがパタパタと手を振りながらそう言う。ふむ、まぁそういうことなら頼んでみるか。
「で、償いってのは結局何をするつもりなんだ?」
「まずは私達が今持っているタラーの半分をお渡ししますぅ。これは手付け金みたいなものでぇ、後日別途賠償金として5000タラーを持参してお支払いしますぅ」
「ふむ……」
5000タラーねぇ。まだ今ひとつこの星の経済観念というか、貨幣価値がよくわかっていないんだよな。具体的に5000タラーというのはどれくらいの価値なんだ?
「それと、私達が扱う中でも一番価値のある商品をこの場で一つお譲りしますぅ」
「ほう」
一番価値のある商品。それは興味があるな。何が出てくるんだ? 強力な武器か? テクノロジーか? それともなにか凄い価値の美術品とか、お宝か?
どんなものが出てくるのかとワクワクしていると、ライラはテーブルの上に何か金属製の道具――刃物というか、工具めいたものを置いた。これが最も価値のある商品だと?
「どういうことだ?」
「これで私達五人のうち、誰でも気に入った者の角を切り落としてくださいぃ……」
そう言ってライラと彼女の部下達が俺の傍の地面にのそのそと並んで跪き、胸の前で手を組んだ。
「……どういうことだ?」
とりあえず俺はライラがテーブルの上に放りだした工具のようなものを手に取った。これは所謂ノコギリというものではないか? これでライラ達の角をゴリゴリと切れと? なんで?
「私達タウリシアンの女は、嫁ぐ際に夫となる男の手で角を切り落として頂くという習わしがあるんですぅ……」
「本当に意味がわからなくなってきた。エリーカ、エリーカ! ちょっと助けてくれ!」
俺が呼ぶと、脱水症状でひっくり返ってしまったスピカの姉妹達を少し離れた場所で看病していたエリーカが飛んできた。
「どうしたんですか!? って、これは一体何事なんです?」
俺の前に並んで跪くライラ達を見て、エリーカが困惑した表情を浮かべる。これはエリーカも意味がわからないという顔だな。
「賠償金の他に一番価値のある商品を譲ると言い出したと思ったら、こいつを俺に渡して角を切れと言ったり、角を切った男に嫁ぐと言ったりと支離滅裂なんだよ」
「あ、あー……そういうことですか」
俺の言葉で全てを理解したのか、エリーカは俺に何をどう伝えたら良いものか、言葉を選んでいるような様子でしばし悩んだ。
「つまりですね、グレンさん」
「あぁ」
「私が言ったその時が来たということです」
「あぁ?」
すまん、エリーカ。もう少し易しく説明してくれると助かる。
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