#024 「……旦那っていい趣味してるよな」

「虫の良い話だとは思わんか?」


 俺はケイ素系素材で造られたスツールに足を組んで座ったままライラ達を見下ろし、心底呆れたような声でそう言った。


「俺もあまりキツいことは言いたくないんだがな。率直に言って俺に何のメリットがあるっていうんだ? お前達を嫁にして」

「えっと……お気に召しませんかぁ?」


 ライラがおどおどとした様子で俺の顔を見上げてくる。こういう時、顔が無いというのは不便だな。表情で心情を表現できないから。


「お気に召さないな。単に身を差し出せば償いになるだろうというその考えも、身内になれば許してもらえるだろうというその魂胆も」

「そ、それは大変な誤解ですよぉ!?」

「なら誤解を解いてくれ。それとお前達を娶るメリットも客観的かつ具体的に。俺を納得させられるように説明しろ」

「えっとぉ、まずですね。この惑星において償いとして身を差し出すという行為は、最上級の償いとして一般的なんですよぉ。労働力としても、戦力としても、頭数の多さはコミュニティの強さに直結するのでぇ」


 ライラの説明を聞いてからエリーカとスピカに顔を向けると、二人ともコクコクとライラの発言を肯定するように頷いてみせた。なるほど。まぁ、理屈はわからないでもない。問題はそうした上で裏切ったりしないかどうかだと思うが、それは使う側の工夫の問題だろう。


「嫁いで身内になるというのは、グレンさんの考えるような一方的な関係ではないですよぉ。互恵関係を築く第一歩ですぅ。私達タウリシアンは行商でも名を馳せてますけどぉ、タウリシアンの戦士団は間違いなく近隣でもトップ層の極めて強力な武装勢力ですぅ。グレンさんが今回私達を助けてくれたようにぃ、タウリシアンの戦士団もまたグレンさんの助けになりますよぉ」

「助けが必要に見えるか?」


 そう言って俺は建物の屋上に設置されているレーザータレットや、少し離れた場所で整列している戦闘ボット達を指し示す。


「いいえぇ。でもぉ、グレンさんは一人ですしぃ、この農場は守れても、敵となったコミュニティの拠点を潰しに行くのは難しいんじゃないですかぁ? 私達ならぁ、硬軟どちらの手を使っても相手を追い詰められますよぉ」

「ふむ……」


 確かに、今回襲撃者を送ってきたコミュニティとはいずれ決着をつける必要があるだろう。だが、それをタウリシアンに任せられるなら、苦労も心配も減るのは確かだ。


「本格的な同盟を、となると私の一存では勿論無理ですけどぉ、私達の誰かを娶るというのはそのきっかけとしては十分ですぅ。それにぃ……」

「それに?」

「私達はコルディア教会の皆さんともお友達ですよぉ」


 そう言ってライラはにんまりと笑顔を浮かべてみせた。うちの農場のど真ん中に建っているあの教会施設を見れば、うちの農場がコルディア教会と友好的な関係を結びつつあるのは一目瞭然か。


「グレンさんがタウリシアンと良い関係を築いているということが知れ渡れば、近隣のコミュニティやキャラバンからも一目置かれるようになりますぅ。行商のキャラバンが来る頻度も上がるでしょうしぃ、そうすればこの農場が交易拠点になる日も遠くないと思いますよぉ」

「交易拠点、か……」


 ライラの発言について少し考える。ここが交易拠点となれば、定住を希望する商人なども現れるようになるかもしれない。もしかしたら、職人や農民なども移住してくるかもしれない。そうすれば、ここはただのグレン農場ではなく一つの村、一つの町となり、コミュニティとなる。

 面倒事は絶対に増えるだろうが、将来のこと――つまり子どものことをを考えれば、荒野にぽつんと存在する農場よりもしっかりと頭数と装備を揃えた自警団が守る小さな町の方が、子供には良い環境かもしれんな。近隣に住む家族が増えれば、遊び相手となる子供も増えるだろうし。


「つまり、眼の前の損得だけを見るのではなく、長期的なことを考えればお前達を娶ることには大きなメリットがあると」

「そうですぅ、それにぃ……」

「それに?」

「さっきのグレンさんに、私達ぃ、もうゾクゾクしちゃってぇ……」


 そう言ってライラはぶるりと身を震わせ、顔を赤くして俺を見上げてきた。

 なんか今急に流れ変わったな。


「すっごい無感情に皆殺しにするかって言われてぇ、怖くって怖くってぇ……ああ、この人には逆らえないってぇ……」


 そう言ってライラは熱い息を吐き、赤くなった顔で俺の顔を見上げてきた。他のタウリシアン達も同じ様子で俺の顔を見上げてきた。

 大丈夫か、こいつら。


 ☆★☆


「ひっ……ひっ……ひぃっ……」


 ライラの説明に一定の理解を示した俺は、結局引き取る相手をライラに決めた。ライラはタウリシアンのキャラバンリーダーだし、こういう時はリーダーが責任を取るものだ。まぁ、単純に一番話をした仲でもあるしな。


「「「ひえぇ……」」」


 ライラが晒している痴態――いや、ただ角を切っただけなので痴態と言うのも語弊があるような気がするのだが。とにかくあられもない姿を目にした部下のタウリシアン達が身を寄せ合って震えている。一見怖がっているように見えるのだが、その視線はあられもない姿で地面に転がっているライラに向けられており、顔は恐怖で青ざめているというわけではなく、真っ赤である。

 お前ら、もしかして興奮してないか? いや、気のせいだよな。そう思いたい。


「まだもう片方残ってるぞ」

「あ――ひ、らめ、ゆるひ――いぎいぃぃぃぃっ!?」


 倒れていたライラのもう片方の角を掴み上げ、その根本近くによく手入れされているノコギリ状の刃物をあてがい、容赦なくギコギコと動かしてライラの角を切断していく。

 ライラ自身に一回始めたら自分がどれだけ痛がり、何を言おうと容赦なくやってくれと言われたのでそうしているのだが、なんだか酷いことをしている気分になってくるな。

 ライラの苦しそうな――しかし何故か妙に艶のある――悲鳴を聞きながら、ノコギリを引く。ライラがバタバタと手足を動かして抵抗しようとするので、それを無理矢理押さえつけて。ゴリゴリと角を切っていく。

 と、ノコギリが半分を少し超えるほどに入ったところで力加減を間違えてしまったのか、バキッと音を立ててライラの角がへし折れてしまった。


「んぴっ――!?」


 よほどの衝撃だったのか、ライラがビクリを身体を震わせて動かなくなってしまう。気絶したか? ああ、鼻血まで出して。まぁ痛いみたいだからなぁ。しかしこれでは断面が美しくないな。反対側からノコギリを入れて断面を整えるか。


「――ッ! ――!?」

「「「はわわわわ……!」」」


 気を失っていても角を切られている感覚が伝わっているのか、ライラがビクリビクリと身体を痙攣させる。切りづらいので大人しくしてほしい。


「……あとでヤスリがけでもするか」

「「「や、やすりがけ……ッ!?」」」


 何故そんなに卑猥な言葉みたいな反応をするんだ、お前らは。まぁいい。少し血も出てるし、手当をしておこう。外傷治療用のジェルを塗っておけば完璧だろう。感染症の類も防いでくれるだろうしな。


「よし、終わった。すまんがライラを着替えさせてやってくれ。色々酷いことになってるから」


 酷いことになっているのは服だけじゃないみたいだがな。本人の名誉のために黙っておくけど。


 ☆★☆


「酷い絵面だったね、旦那」

「俺は悪くないと思わんか?」

「それはそうだけどさぁ……」


 ライラがエリーカとタウリシアン達に引きずられていくのを見送った俺は、ライラから切り取った角を綺麗に拭き清めながらスピカと話をしていた。


「その角、どうするの?」

「立派な角だからなぁ……捨てるのは勿体ないし、セットで飾るか」


 確か昔そんな感じの置物をどこかのコロニーで見た覚えがある。あれは凶暴な異星生物の角だか牙だったと思うが、まぁ似たようなものだろう。


「……旦那っていい趣味してるよな」

「それ、褒めてるのか?」

「さぁね……あ、うちらにはああいう倒錯的な風習はないから。間違っても触角を切ろうとか言うなよ」

「倒錯的……? 別にこの角だって好き好んで切ったわけじゃないが……?」


 両手で頭の上の触角を隠すスピカにそう答えつつ、構成器を使ってライラの左右の角の切り口を繋げるようにケイ素系素材でコーティングし、壁にかけられるように金具もつけておく。なんというかトロフィーっぽいな。ライラの角は大きくて立派だし、宿舎の食堂にでも飾れば映えるかもしれん。


「はしたないところを、おみせしましたぁ……って、グレンさん? そ、それは……?」


 シャワーでも浴びせられたのか、髪の毛がしっとりとした感じのライラがエリーカに支えられながら帰ってきたのだが、俺が手にしているライラの角を使ったオーナメントを目にして固まってしまった。


「いや、捨てるのも忍びないから記念に飾ろうかと」

「記念に……飾る……!? 私の角を……ッ!?」

「ああ、食堂にでも。立派だから映えると思うんだが」


 俺がそう言うと、ライラは顔を真赤にした上に鼻血を噴き出して卒倒してしまった。なんでだよ。

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