#025 「こんなことは言いたくないんだが」

「うーん、異文化コミュニケーションは難しいな」


 ライラが鼻血を噴いてぶっ倒れたので顔を真っ赤にしながらことの成り行きを見守っていたタウリシアン達に事情を聞いてみると、俺の発言はそれはもうタウリシアン的にはセクハラの極みというか、倒錯的にも程がある発言であったらしい。

 なんというかこう、タウリシアンの女性にとって切られた角というのは屈服の証とでもいうべきものであるとか。それも、どちらかというと性的な方向での。

 それを衆目に晒すという行為はこれ以上ない尊厳破壊行為というか、ライラは身も心も俺のモノであるという強烈なアピールとなるらしい。それを衆目に晒した上に横にライラを立たせたりした日には……! とタウリシアン達はそこまで言うと沈黙して身体を震わせた。

 うん、俺にもわかってきたぞ。


「こんなことは言いたくないんだが、もしかしてタウリシアンの女性というのはその……かなり特殊な性癖を持っていたりするのか?」

「その腫れ物に触るような態度、かえっていたたまれないからやめてくれますぅ!?」


 短くなった角の切り口を隠すように布で覆った――シニョンキャップとかいうものに似ているらしい――ライラが顔を真っ赤にして叫ぶ。そんなに興奮するとまた鼻血が出るぞ。

 しかし、なぁ? お前ら揃いも揃ってドMの変態なのか? とはいくらなんでも面と向かっては言えないだろう。刃傷沙汰になるぞ。なったとしても俺はかすり傷一つ負わない自信があるが。


「もう、グレンさんにはデリカシーというものが足りませんよ! そうは思いませんかぁ!?」

「そ、そうかもしれませんね……?」


 興奮したライラに気圧されているのか、エリーカが口元を引き攣らせながら同意する。

 まぁ、おふざけはここまでだな。エリーカとライラだけでなく、ライラの部下のタウリシアンやスピカ達にも集まってもらった目的を果たすとしよう。


「さて。取り返しのつかない状態になってから言うのもなんだが、二人とも覚悟は良いな?」

「んっ……それはそのぉ、ええとぉ……はい」

「勿論です、グレンさん」


 俺が問うた覚悟というのは、これから三人で家族としてやっていく覚悟である。俺はライラを選んだ時点で覚悟を決めた。皆を集めたこの場は俺とエリーカ、そしてライラの三人が新しく家族としての誓いを立てる場だった。


「家族として上手くやっていくノウハウはコルディア教会の教えに頼るとしよう。そこはエリーカがなんとか上手く舵取りをしてくれ。俺達はそれぞれ今まで生きてきた環境も違えば、文化や風習も違う。衝突することもあるだろう。だが、家族として互いを守り合う。身も心もだ。いいな?」


 俺の言葉にエリーカとライラの二人が頷く。


「オーケー。それじゃ今から俺達三人は家族だ。本来、コルディア教会的には色々と儀式があるんだろうが、今回はなしだ。準備がないからな」


 そう言って肩を竦める。折角立派な教会施設があるんだから、いずれはそういう儀式もするようになるのかね。そのうちコルディア教会のヘレナ達がそういった儀式の手順が書かれている経典やら何やらを持ってきてくれるという話をここから旅立つ前にしていたが。

 そういえば、先日からエリーカはコルディア教会の制服を着るようになった。ヘレナとシスティアが置いていった彼女達の予備の制服をエリーカが着られるように手直ししたものだ。


「それじゃあ乾杯。今日は不幸なすれ違いもあったが、最終的には丸く収まってよかったよ。好きに飲み食いしてくれ」

「「「かんぱーい」」」


 まぁ、乾杯といっても酒はあまり量がないんだがな。飲料系のバリエーションを増やすのはなかなか時間がなぁ。単に酔っ払うだけならアルコール成分をでっち上げることは難しくないんだが、フレーバーがなぁ。そういう方面は後でライラに相談するのが良いか。

 今日のところは熟成とやらが終わった肉の味を楽しむ……え? なにこれすげぇ美味い。柔らかいし旨味が、肉汁が凄い。なんだこれすげぇ。そしてなんだこのトロッとしたやつ。凄く肉と合う。

 え? ラズベリーソース? これも野イチゴで作ったのか!? すげぇな野イチゴ。ジャムにもなるし肉にかけたら美味いソースにもなるし。もはや万能の果物なのでは?


 ☆★☆


 翌日、目を覚ますと目の前にライラのあどけない寝顔があった。

 いきなりこういうのはどうかと思ったのだが、コルディア教会では新しく家族の契りを交わした男女は寝所を共にするのがしきたりであるらしい。その風習に関してはタウリシアンも同じで、そういうものだからと女性陣に押し切られた。

 無邪気に眠るライラを起こさないように彼女の寝顔を観察する。こうして無邪気に眠っていると、昨晩の乱れようが嘘のようだな。詳細は彼女の名誉のために胸の中にしまっておくが。

 胸と言えば……うむ。これは素晴らしいものだな。触ってよし、眺めてよし。大きいということは素晴らしいことだと熱く語っていた傭兵仲間のことを思い出す。当時はあまり心に響かなかったものだが、今ならわかる。これはいいものだ。


「んもぉ……いたずらしちゃだめですよぉ……」


 物理法則について思索を深めていると、ライラが目を覚ました。そして俺の行動を制するためか、その胸に俺の頭を抱き込んでくる。ふむ。この状態は普通なら窒息の危険があるところなんだろうが、俺には塞がれる鼻が無いからな。代わりに別の場所に呼吸孔を増設しているので、全く苦しくもなんともない。つまり、堪能し放題だ。


「もぞもぞうごきすぎぃ……ほんとにもー。いたずらっ子なんですからぁ」


 そう言ってライラが俺を仰向けに押し倒し、腰の上に跨ってくる。うむ、壮観。万有引力の法則万歳。


 ☆★☆


「仲良きことは美しきかな、ですね」

「いや、それはどうかなぁ……なんかもやもやするんだよなぁ」

「ご相談に、乗ります?」

「うーん……」


 朝。身支度を整えて皆で朝食を取っていると、エリーカとスピカがそんな会話をしていた。おいおい、昨日の今日でもう一人とか無理だぞ。というか、お前達の場合一人で済むのか? いきなり十人も相手にしろと言われても流石に俺にも限界というものがあるぞ。


「それでぇ……」

「「「わぁ……!」」」


 ライラはライラでキャラバンのタウリシアン達に赤裸々トークをしているようだし。微妙に居心地が悪いな。今日の食卓は。


「あー、それでこれからなんだが。ライラはこの後どうするんだ? 一旦タウリシアンの拠点に戻るのか? それともこのまま農場に住むのか?」

「このままお世話になりますぅ。報告はこの子達に行ってもらうのでぇ。あ、でもぉ、荷運び役が一人減っちゃうんでぇ、重量の軽減にご協力頂けると助かりますぅ」

「重量の軽減ね……まぁ良いだろう」


 ライラ達の荷物で特に重たいものはスクラップや鉱物資源の類だったので、それらと俺が整備した銃火器を交換していく。俺が整備した銃火器のほうが重量あたりの単価が高いから、重量軽減になるというわけだな。


「食料品類も補充しておくか」

「はい、そうですね。補完設備はバッチリですから」

「昨夜はいっぱい食べましたからねぇ……」


 昨夜は祝いの席ということで、こちらの持ち出しで盛大にやったからな。人数も多かったし、タウリシアン達は大きな身体相応に食うし、なんならスピカ達も身体の大きさの割にはよく食うので、うちの備蓄食料はかなり目減りした。そういうわけで、タウリシアンの食料在庫からキャラバンの運営に支障がない程度に買えるだけ食料を買っておくことにする。


「イトゥルップ共同体の連中から鹵獲した武器はどうするんですかぁ?」

「ああ、イトなんとかな。そんな名前だったか。連中の武器は一通り分解整備してから売るから、今回は保留だ。多少手間暇をかければ値段が跳ね上がるんだから、やらない手はない」

「いや、これは分解整備でどうにかなる品質じゃないと思うけど……」


 タウリシアン達と一緒になって俺が整備した銃火器の動作チェックをしているスピカが困惑している。まぁ、三割くらいはパーツを作り直して交換してたりもするからな。確かにそれは指摘通りではある。


「ああ、でもロケット砲は整備しようがしまいが然程変わらんからな。スピカ達で使うか? 安くするぞ」

「あれば便利だとは思うけど、弾が重いからなぁ……」


 ああ、一発辺り二キログラムくらいあるからな。本体の重量も結構なものだし、可搬重量に余裕が無いと厳しいかもしれん。


「相場はどれくらいだ?」

「うーん、この品質だと本体と弾一発で五五〇タラーですかねぇ。弾は一発三〇タラーくらいで適正かとぉ」

「なら予備弾五発つけて五〇〇タラーでどうだ?」

「えぇー、安くしすぎですよぉ」

「投資みたいなもんだ。キャラバンが仲間のところに辿り着けないと困るだろ? スピカ達の装備を強化しておけば安全性が上がるぞ」

「それはそうですけどぉ……」


 ライラが唇を尖らせて不満げな表情をする。交渉は任せると言いながらいきなり嘴を突っ込んで悪いとは思うが、スピカ達には集団や強力な装備を持っている相手への手札がちょっと弱いからな。遠くから強力な攻撃を放り込めるロケット砲があれば集団の戦闘能力が一段上がるのだ。

 やはり強力な炸裂系の武器は脅威だからな。昨日の戦闘でも撃ち込まれたら一番困るから真っ先にこいつを持っていた大男を始末したわけだし。俺だってこいつの直撃を食らうと流石に痛い。

 もっとも、こんなに煩くて弾速の遅い武器なんぞにはそうそう当たるものではないが。


「投資って言うならタダで譲ってよ」

「俺の部下ならそうしても良いんだが、そうじゃないからタダは無理だな」

「うーん……まぁ五〇〇ならアリかな。どう思う?」

「使うかなぁ?」

「持ってるだけで威圧感が増すから、アリじゃない?」

「プレデターズの集団とかには刺さりそうだよね」


 スピカが彼女の姉妹達と額を突き合わせて相談している。小柄な彼女達がああやって集まってわちゃわちゃしているのはなんとなく可愛らしく感じるな。話している内容は血生臭いが。


「わかった。五〇〇で買うよ」

「毎度あり。ライラ、タラーの管理は任せるからな」

「はぁい……って、えぇ? 昨日の今日ですよぉ?」

「昨日の今日だが、もう家族だろう?」

「もぉ……わかりましたよぉ。敵いませんねぇ、まったく」


 口では不満たらたらというか、仕方がないなぁとでも言いたげな様子だが、口元がにやつくのを隠しきれていないぞ。普段はニヤニヤ笑いで食わせ者感を醸し出しているが、実際には結構ちょろい子なのかもしれん。

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