#026 「なんですかこれぇ!?」

「行ってらっしゃい! どうか無事で!」

「うちの子達を頼みましたよぉー」

「達者でな」


 ライラが背負っていた分の重量を俺が整備した銃器で圧縮したキャラバンは、スピカ達と一緒にタウリシアンの拠点に向けて出発していった。彼女達はタウリシアンの拠点でライラとイトゥルップ共同体の強迫行為に関する報告を行い、うちの拠点に払う賠償金を持ってくると。


「実際には結納金みたいなものなんですけどねぇ」


 食料倉庫の確認をしてくると言ってポチと一緒に歩いていったエリーカを見送り、ライラと話していると、彼女は突然そんなことを言い出した。


「ゆいのうきん? とは?」


 全く聞いたことのない言葉に首を傾げる。多言語翻訳インプラントは仕事をしてくれているが、俺がその単語についての知識を有していない場合には殆ど役に立たないからな。


「結婚支度金、と言っても良いですねぇ。タウリシアンの伝統みたいなものなんですけどぉ、娘が嫁ぐ相手に渡したり、相手の娘さんを娶る際に持参したり……まぁ、結婚にあたって住居などを整えたりぃ、結婚衣装を作ったりぃ、娘の嫁ぐ集落の防備を強化したりするのに使う資金って感じですねぇ」

「……つまり、賠償金の話を出した時点でうちに転がり込む気満々だったってことか」

「えへ。タウリシアンの娘達が運営する行商キャラバンはぁ、商人としての修行の一環でもありますけどぉ、嫁ぎ先を探す旅でもあるんですよぉ」


 そう言ってライラがぺろりと舌を出す。つまり、殆どライラ達の掌の上で転がされていたというわけだ。もしかしたら最初にライラ達がこの拠点を訪れた段階でロックオンされていたのかもしれない。


「そういうことか……」


 エリーカは言っていたはずだ。ライラもスピカも何かと理由をつけてうちに転がり込んでくるつもりだろうとか、そんな感じのことを。つまり、エリーカもライラのキャラバンの意図を知っていた。だからあんなことを言ったんだな。


「まぁ、全部が全部仕込みってわけではなかったんだろう?」

「そうですねぇ……流石にイトゥルップ共同体が私達の水に細工をして、武力で脅してまでこの農場の位置を探ろうとするとは思ってませんでしたねぇ……おかげで計画が大幅に早まりましたけどぉ」

「聞かなかったことにしておく」


 いずれにしても賠償金という名目で結納金とやらを俺に支払って、この農場に転がり込む予定だったということなのだろう。つまり、イトゥルップ共同体がやらかさなくても、いずれ同じような状況を起こすことを計画はしていたということだ。

 まぁ、あまり怒る気にはならんな。自分の目的を果たすために策を練るのは当然のことだ。突発的な事態を利用して目的を達したその対応力は身内としては頼りになる、という評価もできる。


「あの……怒ってますかぁ?」

「いや、全然。俺もエリーカも謀の類は苦手だからな。頼りにしてるぞ」

「なんだか褒められているような、褒められていないような……むむぅ」

「それ以外の部分でも頼りにしてる」


 微妙な表情をしているライラにそうフォローを入れておく。一時的には殺すかどうか迷う程度の殺意は抱いたが、その件はもう納得して手打ちにしたしな。蒸し返すつもりはない。これから先も自分が優位に立ち回るために謀を繰り返し、俺とエリーカを危険に晒すようなら対応を考えるがな。


「やっぱり怒ってませんかぁ? 今、なんか物凄い悪寒が……」

「怒ってない。それよりも、案内したい場所がある」


 ライラにそう言いながらエリーカの側にいるポチを通じてエリーカも呼ぶ。そろそろ二人に俺の持ち込んだものを全て見せる頃だろう。


 ☆★☆


「わぁ……」

「ほえぇ……」


 地下倉庫に整然と並べられている物資の山を前に、エリーカとライラが感心したような、あるいは魂が抜けたような声を上げる。


「この辺りにあるのは消耗品だな。こっちは食料品、レーションの類だな。開封しない限り腐ったりはしない。こっちは医療品関係だ。取引に使えると思ってな、相当数を用意してきた。救急用ナノマシンユニットは高いからあまり持ち込めなかったが、それ以外の医薬品はかなりの数になる」


 積み上げてある物資の説明をしながら奥へと歩を進める。


「予備の通信機、俺の義体のメンテナンス用品、予備の義体、開拓などに大活躍している構成器の予備、その他に高度なテクノロジーのコア部品となるコンポーネント類、対人光学兵器、プラズマ兵器、拠点用シールドジェネレーターのコア、対空兵器用の火器管制装置、電磁カタパルト用の大容量エネルギーコンデンサー、レーザータレット用のレーザー発振器とレンズ、まぁ他にも色々だな」


 エリーカにこの物資の価値がどれほどのものか理解しきれるかどうかはわからないが、ライラは恐らくここに積まれている物資の価値を理解するだろう。まぁ、一番価値のあるものは一番奥にあるんだが。


「で、こいつがテクノロジーデータアーカイブのメモリーコアだ。惑星外に届く通信機や、惑星を脱出して星系内のコロニーに辿り着ける程度の性能を持つシャトル、その他高度な医療品やテクノロジー、対人レーザー兵器などの技術情報や設計図なんかを記録していて、いつでもその情報を引き出すことができる」

「……なるほどぉ」


 五秒ほどかけて俺の発言を自分の頭の中で咀嚼したライラが頷き、真顔を俺に向けてきた。


「グレンさん、あれですねぇ? この農場を中心に一大勢力というか、国でも作り上げる気ですねぇ?」

「いや、違うが」


 お前は何を言っているんだ、という感情を込めてそう言い、ライラに視線を向ける、ライラも何故か同じような視線を俺に向けてきていた。何故だ。


「いや、ここにある物資を全部使って何を作るつもりなんですかぁ? これはもう農場というよりは要塞とかそういうものでしょぉ?」

「なんかその評価少し前にも聞いたな」


 俺は単に安全安心な農場を作ろうとしているだけなのに。これはそのために必要最低限の物資なのに。人と人が理解し合うのって難しいな。よくそんな感じの哲学的なことを諳んじていた戦友のことを思い出す。あいつは面白いやつだったな。俺と一緒に敵軍の軌道爆撃に巻き込まれて死んだけど。俺? 左腕と左足を失ったのはあの時のことだったよ。


「あとな、もう一つ隠しているものがある」

「もう何が出てきても驚きませんよぉ……」


「なんですかこれぇ!?」


 ライラが大声で驚きの声をあげる。さっき驚かないって言ったじゃないか。


「ああ、これですか。隠してあったんですね」


 宿舎の裏手。普通の地面のように偽装してあった金属製のハッチが開き、その下に鎮座していたシャトル――小型の航宙艦が姿を現し、その威容……いや、威容ってほど立派じゃないな。その平べったい姿を顕にする。


「こいつは通称ザブトン。駆け出しの航宙傭兵が乗ることで有名な船だ。戦闘能力は高くないが、見た目の割に物資は結構積める。単独で惑星重力圏からの離脱も可能だし、最低限だがハイパードライブも超光速ドライブもシールドもレーザー砲も積んでる。無論、大気圏内の飛行能力もあるし、こいつは対地攻撃用の爆弾を搭載できるウェポンベイも備えている」


 ウェポンベイと言っても、本当にただ搭載した爆弾を投下するためだけのものだけどな。一応射撃管制システムによって精密爆撃も可能ではあるが、使う機会があるかどうか。しかも二発しか積めないし。ペイロードが二発ってあまりにも頼りなさ過ぎる。反応弾頭でも使えば話は別だろうが、流石に地上戦に反応弾頭はなぁ……そこら中クレーターだらけになるのは困るし。


「グレンさん、これだけの物資を用意できるというなら、宇宙でも相当な資産家だったのでしょぉ? わざわざこの星に降りてこなくても、遊んで暮らせたのではぁ?」

「そうかもな。でも俺は今の生活に満足してる。エリーカとも、ライラとも出会えたしな」


 もし俺が稼いだ金を使って植民コロニーの市民権を獲得し、コロニーの守衛の職にでもつけばそれはそれでまた別の人生もあったんだろうが、そうしたらエリーカにもライラにも出会えなかったわけだ。だから、俺は俺の決断を全く後悔していない。


「グレンさんって、たまぁにそうやって歯の浮くような言葉を堂々と言いますよねぇ」

「ですね……えへへ」


 ライラとエリーカが赤くなった頬を手で隠したり、恥ずかしがってくねくねしたりしている。


「とにかく、俺の隠し事はこんなところだ。二人ともわかっていると想うが、地下倉庫とこのザブトンについては秘密だぞ」

「はい、グレンさん」

「はぁい……というか、おっかなくてこんなの誰にも言えませんよぉ……」


 エリーカが素直に頷き、ライラが苦笑いを浮かべる。まぁ、ある程度防備が整えばオープンにするのもアリだとは思うがな。


「とりあえず、今後の方針としてはある程度施設が揃ってきたから、周囲に堅固な防壁を建てようと思っている。長射程のロケット砲で遠距離から建物を攻撃されたりすると困るからな」

「わかりました。それじゃあ私は保存食作りを頑張りますね」

「ああ。農業統括機とのアクセス権を与えるから、統括機と協議しつつ農作業の監督も頼む。エリーカは食料関係のリーダーだ」

「はい!」


 エリーカがやる気を漲らせる。料理だけでなく、食料関係の管理を一括して任せた方が全体の流れを把握できるだろう。


「ライラは資金管理と商売全般、それと訪問者との折衝を任せる。うちのコロニーの顔役ということになるな」

「はぁい、そういうのは得意ですからお任せくださぁい」

「俺はとりあえずその他全部ってことになるな。何かあったら互いに都度相談を心がけていこう」


 こうして俺達のグレン農場は本格稼働を始めることとなった。

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