#027 「来たじゃないんだよなぁ」

 知的生命体が宇宙に進出して幾星霜。限りなく広い宇宙空間に進出してなお、俺達は争いあっていた。

 数多の宇宙帝国が銀河に覇を唱え、恒星と恒星との間を繋ぐハイパーレーンネットワークを介し、恒星系の支配権を巡って熾烈な陣取り合戦が行われている。

 それは終の棲家を探して俺が降り立った惑星――リボースⅢでも同じだった。

 リボース星系を緩衝星系として周辺を取り囲む三つの星間国家、その三国が互いに互いを監視し合うために送り込ん三国の監視兵団がリボースⅢには存在し、またその監視兵団――つまり三国の息がかかった現地勢力が存在し、更にそれらとは距離を置いている独立勢力も無数に存在し、更に更にどこの国家が配置、放流したものかわからない暴走戦闘機械群や土着化した生物兵器群、変異生物群がそこら中に支配地域や営巣地などを形成し……と、惑星上はまさに群雄割拠状態。

 もちろん惑星統一政府などというものは存在せず、そういったものが存在しないということは法による秩序はもちろんのこと、治安維持組織なども一切存在しない。群雄割拠状態に加え、無法地帯でもあるこのリボースⅢにおいて、何の後ろ盾もない新規の入植者がコロニーを立ち上げるなどというのは、殆ど自殺に等しいような行為であった。


 普通であれば。


「学ばんなぁ」

「やっぱり毎回完全に全滅させてるせいだと思いますけどねぇ」


 運搬作業用ボットが運んできた襲撃者の遺体や遺品から戦利品を漁りつつぼやくと、同じ作業をしているシニョンキャップの長身の女性――俺の妻の一人であるライラが呆れ声でツッコミを入れてきた。

 彼女はタウリシアンと呼ばれる人類ヒューマンレースベース種族の出身で、大柄で強靭な肉体と、元キャラバン商人としての強かさを併せ持つ魅力的な女性だ。トレードマークであった一対の大きな角はつい先日俺自身の手で切り落とされており、今はその切断痕を隠すようにシニョンキャップを装着している。

 角の切断から俺の配偶者に収まる経緯にも彼女の狡猾な性質が多分に発揮されたわけだが……まぁ、そこまでして伴侶として求められたのだと考えると、あまり怒る気にもなれないというのが俺の本音であった。

 嵌められたというか、掌の上で転がされたことに思うところが全く無い訳ではないんだがな。その分ベッドの上で存分に啼かせているので、まぁお互い様だということにしておこうと思う。


「グレンさーん、ライラさーん!」


 頻度を増しつつある襲撃にどうしたものかとライラと相談しながら戦利品の仕分けを続けていると、元気に俺達の名前を呼びながらこちらへと駆け寄ってくる人影が一つ。いや、軽戦闘ボットを連れているから影は二つか。


「エリーカ、こっちはまだ作業中だぞ? 大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。彼らの遺体を土に返す前に鎮魂の祈りを捧げに来たんです」

「そうか。もう少しだから待っていてくれ」

「はい」


 そう言って俺に微笑みを向けてくる彼女の名前はエリーカ。

 俺がこの惑星に落着したその日に賊どもの手から解放し、そのまま保護したアーソディアンと呼ばれる人類ヒューマンレースベース種族の女性で、清楚な雰囲気の修道女服の下には鋭い刃と頑丈な外骨格を併せ持つ外肢が隠されている。

 彼女は広い意味での人類融和、友愛の精神を説くコルディア教会という組織に所属シスターで、俺の農場の中心部に設置されている教会施設の管理者でもある。

 そして、俺の妻でもある。

 俺がこの惑星に降下してきた理由というのは稼げる農場を作って、可愛い嫁さんとイチャラブ生活を満喫したいからというものだったんだが、目的のうちの一つは降下して一ヶ月足らずで達成できてしまった。見てくれ、この二人の妻を。美人で料理上手な妻と、美人で商売上手な妻だぞ。完全に勝ち組というやつじゃないか。

 まさか脳味噌といくつかの臓器と男の象徴以外の約八割にも及ぶ肉体を失って、失った分をまるまる義体化した俺が二人も嫁さんを貰えるとはな。俺の顔なんて真っ黒ののっぺらぼうみたいなものなんだぜ? 嘘みたいだろ?


「グレンさぁん、エリーカさんに見惚れてないで手を動かしてくださいよぉ」

「わかったわかった。でも見惚れてたのはエリーカにじゃないぞ。エリーカとライラの二人に見惚れてたんだ。俺の嫁さんは二人とも美人だなってな」

「もぉー、適当なこと言ってぇ」


 ライラは文句を言いつつも満更ではないようで、口元がニヨニヨと緩みきっていた。そんな風にちょろいところも可愛いよな。まったく。


 ☆★☆


「来た」

「来たじゃないんだよなぁ」


 襲撃者どもの戦利品と遺体を片付けて数時間後。俺は腕組みをしたまま天を仰いでいた。

 きっかけは十五分程前。偵察ドローンが発した警報であった。警報強度は『緊急』で、敵味方識別は『既知の友好的勢力』というカテゴリーだ。既知の友好的勢力の来訪者だが、警報強度は緊急。正直、意味がよくわからなかった。なので、すぐに偵察ドローンからの映像を確認したのだが、そこには全身を血で真っ赤に染めた修道女服の女がいたというわけだ。


「ミューゼン、どうしてこんなところに一人でいる? というかその血はなんだ」


 修道女服を血で真っ赤に染めたこの女の名前はミューゼン。エリーカと同じコルディア教会に所属するシスターで、少し前にこの辺りで行方不明になり、消息不明となっていたエリーカを探すコルディア教会の探索部隊に同行していた。

 俺も詳細は知らないが、確か彼女はディセンブラと呼ばれる人類ヒューマンレースベースの種族で、四肢の他に六本の触手のようなものを持っている。その触手の力はなかなかに強力で、特に強化されていない人類ヒューマンレースであれば容易に縊り殺せるだけの膂力がある。俺には効かんが。

 美しい青い肌を持つ常人離れをした美人なんだが、ちょっと変わり者なんだよな。何を考えているのかよくわからん。ボディタッチが激しいし。


「来たかったから来た。この血は殆ど返り血。二時間くらい前にプレデターズの集団に遭遇して返り討ちにした」

「そうか……あー、まずはシャワーでも浴びて汚れを落としてこい。着替えはあるのか?」

「ある」

「ならまずはシャワーだ。エリーカをそっちに行かせるから、怪我があるなら面倒くさがらずにちゃんと治療してもらえ。いいな?」

「わかった」


 大きめの荷物袋を背負ったミューゼンが素直に頷き、来客用のシャワーが設置されている方向へと歩いていくのを見送りながら、エリーカの側に控えているポチを通じてエリーカにミューゼンの様子を見に行くように伝えておく。プレデターズに襲われたらしいということを伝えると、エリーカは慌てた様子で「すぐに行きます!」と返事をした。通信だからそんなに大声で言う必要は無いんだがな。


「一体何がどうなっているのやら」


 鹵獲した銃器の整備をしていたんだが、それどころじゃないな。あの様子だとコルディア教会にどの程度話を通しているのかわかったものじゃない。まずは一報を入れておく必要があるか。

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