#028 「あいつら脆いよな」
とりあえず最寄りのコルディア教会の拠点にミューゼンが一人で俺の農場に到着したことと、プレデターズと遭遇したようだが大事なく撃退できたらしいということを伝えておいた。
ヘレナやシスティア達はまだ最寄りの拠点にも到着していないとのことで、恐らくこの農場から東側――普通に歩くと四日ほどの距離――にあるコルディア教会と友好的な関係にあるコロニーでミューゼンはヘレナ達と別れ、俺の農場へと向かってきたのではないか? ということがわかった。
実際には本人に聞いてみないことには本当かどうかはわからんがな。
とにかく、ミューゼンはうちの農場で暫く保護しておくので、コルディア教会としてどう対応するのかをヘレナ達が到着次第決定して教えて欲しいと伝えておいた。こっちはこっちでミューゼンに何故俺の農場まで戻ってきたのかを聞き取っておくとも伝えておいた。まぁ、本人に説明させるのが一番良いんだろうが。
「どうするんですかぁ?」
「今向こうと話した通りだ。とりあえずは預かる。知らない仲でもないし、いくらなんでも一人で放り出すわけにはいかんだろう」
眉根を寄せているライラにそう返しながら肩を竦める。
エリーカの古巣であるコルディア教会とは今後も仲良くしていきたいと考えているからな。それに、ミューゼンの事も嫌いじゃない。ちょっと……いや全く考えが読めないところがあるが、大体において彼女は素直だし、悪意というものを感じさせないところがある。
「んまぁ、転がり込んだ私がどうこういうことじゃないですけどぉ……あんまり次々と手を出すのはどうかと思いますよぉ?」
「本当にお前が言うなってやつだと思うぞ、それ。だがまぁ、ミューゼンもそういう意図があって来たというわけではないだろう。多分」
「なんでそう思うんですかぁ?」
「この顔にこの身体だぞ? 正直、あまりというか全く女の子受けは良くないんだよ。俺のことが好きだからに違いない、キリッ! とは口が裂けても言えんな」
その口もそう簡単に裂けるような強度じゃないわけだが。
と、ライラとそんな話をしているとエリーカがミューゼンを連れてやってきた。どうやら着替えてきたようで、血塗れだったシスター服は血のシミ一つない綺麗なものになっている。
「コルディア教会には連絡を入れておいたからな」
「はい、グレンさん。ありがとうございます」
「ありがとう」
エリーカと一緒にミューゼンも礼を言ってくる。素直だよな、ミューゼンは。
「まずは事情を聞きたいところだが……」
ミューゼンが俺の顔を見上げてくる。俺も人のことは言えんが、ミューゼンも大概無表情ではあるよな。
「それより先にまずは補給と休息だな。しっかり水分を取って、ちゃんとしたメシを食え。あと、ちゃんと寝ろ。事情を話すのはしっかりと体調を整えてからで構わん」
ミューゼンがどの程度旅の備えを整えてうちの農場に向かってきたのかはわからんが、一人旅ならまともな睡眠は殆ど取れていないはずだ。疲労もあるだろう。そんな状態でまともな受け答えができるとも思えん。
「怒らないの?」
「怒らない。あとで事情はちゃんと説明してもらうがな。エリーカに何か作ってもらってしっかり食って寝ろ。良いな?」
「うん、わかった」
ミューゼンは頷き、俺に近づいて抱きついてきた。六本の触手も腕と一緒に俺の胴体に巻き付いてくる。
「グレン、好き」
「そうか、わかった。ほら、行ってこい」
「うん」
「エリーカ、頼んだ」
「はい、グレンさん」
腕と一緒に触手がシュルシュルと解けて行き、ミューゼンが俺から身を離してエリーカと一緒に食堂へと歩いていく。
「好きですってぇ」
「どういう意味での好きなのかはわからんがな。さて、仕事に戻るぞ」
「はぁい」
ライラはライラでこの農場の運営に貢献するためのプランを実行中なのだ。無論、作業用ボットを動かすのには俺の権限が要るので、俺も彼女のプランには一枚噛んでいるのだが。
☆★☆
平気そうな顔をしていたが、やはり疲れていたのだろう。ミューゼンはエリーカの作った多めの飯をぺろりと平らげた後は眠り続け、目を覚まして起き出してきたのは翌日の朝になってからであった。
「おはよう、ミューゼン」
「おはよ……昨日はありがとう」
「ああ。あとでエリーカにも礼を言っておけ」
「うん」
食堂に現れたミューゼンが俺の隣にちょこんと座って頷く。ちょこん、とは言ってもミューゼンもまた女性としては大柄な部類だ。身長は一七〇センチメートルほどで、エリーカと比べると頭一つ分くらいは高い。もっとも、ライラはそれよりも大きく、俺より少し低い程度――恐らく一九〇センチメートルくらいはあるのだが。俺? 俺は二〇八センチメートルだ。義体化四肢の出力と重量のバランスを考えると、これくらいの手足の長さがベストなんだよな。
「おはようございますぅ。あ、起きたんですねぇ。私はライラですぅ。よろしくねぇ」
「おはようございます。昨日はありがとう。私はミューゼン。よろしく」
ライラが運んできた朝食をテーブルに置いて挨拶をしてから手を差し出すと、ミューゼンも挨拶を返してそれに応じた。とりあえずファーストコンタクトは成功といったところか。
「あ、ミューゼンはこっちにいたんだ。入れ違っちゃった」
食堂の入口からひょいと顔を出したエリーカがそう言って屈託なく笑う。ほう、丁寧言葉じゃないエリーカは珍しいな。素はこっちなのか? と、彼女を見つめていると、俺の視線に気づいたのかエリーカは顔を赤くしてピャッと引っ込んでいってしまった。そんなエリーカをクスクスと笑いながらライラが追っていく。
「いつもああなのか?」
「身内だけだとあんな感じ。多分いつもはグレンの前だから猫を被っている」
「ほう」
ああいうあけすけな態度のエリーカも可愛いと思うんだがな。本人が恥ずかしがっているのならあまり突くのはやめておこう。拗ねられると大変だからな。
「それで、食事をしながらで良いから事情を話してもらえるか?」
「うん」
☆★☆
朝食を食べながらミューゼンがぽつりぽつりと語った内容を要約すると、こうだ。
大切な姉妹であるエリーカを賊の手から助けて、エリーカの心と身体を守ってくれた上にコルディア教会と連絡を取るためにあんなに大きな通信塔と通信施設まで整備して、しかも教会施設まで作ってくれたグレン――つまり俺に対して。コルディア教会の対応は不義理に過ぎると。まるでやってもらって当然という態度にしか見えないと。そこに義憤を感じたミューゼンは単身この農場に身を捧げる決意で一人引き返してきたのだと。そういうことらしい。
「というのが建前」
「おい」
今までの熱弁は何だったんだよ。エリーカがテーブルに突っ伏してるぞ。ライラは腹抱えて笑ってるし。
「グレンのところなら退屈しなさそうだと思った」
「あのなぁ……まぁ、確かに最近は襲撃も多いし、退屈はせんと思うが」
「あと、グレンは私のことを怖がらないし、気味悪がらないから」
そう言いながらミューゼンが触手を使って俺の首や腕をペタペタと触ってくる。別にこれくらいなんでもないが。惑星の外にはミューゼンなんかよりもよっぽど奇怪な造形の種族もいるしな。そもそも、身体の作りや見た目に関しては俺も人のことは言えないし。
「あぁー……まぁ、グレンさんはそういうところ、ありますよねぇ」
ライラが同意するように深く頷き、復活したエリーカもまた同様にコクコクと頷いている。
「そういうところとは?」
「うーん、例えば私なんですけどぉ、
「確かに背は高いな。力は……強いのか?」
「そりゃグレンさんには敵いませんけどぉ」
そう言ってライラが唇を尖らせる。少し前に晩酌をして酔っ払ったライラが俺に力比べを挑んできたのだ。俺はその申し出を受け、ニヤニヤ笑いを浮かべていたライラを完膚なきまでに捻り潰してやった。
がっぷり四つに組みあって押し切ってやったり、投げ飛ばしてやったり、腕相撲で圧倒したりしてやった。そうしてすっかりしおらしくなったライラを更にベッドの上で可愛がってやったりもしたのだが、まぁそれは別の話なので横においておこう。
「私みたいなディセンブラも怖がられる。私達の触手は一本でも
「縊り殺せるか……?」
俺がそう言うと、俺の首のあたりを撫でていた触手が首に巻き付いてきた。そこそこの力で首を締め付けてくるが、俺には効かんな。
「マッサージとしては悪くない」
「普通は死んでる。プレデターズはそれくらいの力で死んでた」
「あいつら脆いよな」
気をつけて殴らないと派手に弾け飛んでばっちいし。なんかエリーカが「別に脆くないと思いますよ」とか言っているが、聞こえないふりをしておく。
「それに私の肌の色のことも何も言わない」
「青い肌か? 俺は綺麗だと思うが」
「……そう」
どういう感情を表しているのかわからないが、ミューゼンの触手がうねうねと動いている、ははは、賑やかだな。今度義体をアップグレードする機会があったら、ミューゼンの触手とかエリーカの外肢みたいなモノの増設を考えてみようかね。今までは興味なかったが、こうしてみると便利そうだ。
「まぁ、とにかく建前も本音もわかった。とにかく、ここにいたいってわけだな?」
「うん」
「なら、とりあえずコルディア教会がミューゼンの扱いについて何か決定するまではここにいるといい。最終的にどうなるかはわからんが、もしここに残ることになるとしたら、ここの生活ってのがどういうものか知っておくのはためになるだろ」
「いいの?」
「いいぞ。ただし、お客様扱いはナシだ。食い扶持分はちゃんと働いてもらう。良いな?」
俺の言葉にミューゼンはコクリと頷いた。ならよし。
プレデターズどもを身一つで撃退できるなら、戦力にはなるだろうしな。他にどんな仕事ができるのかはわからんが、まぁそこは本人の自己申告に加えてエリーカに聞けば何かしら適したものが見つかるに違いない。
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