#020 「秘密が多いんですね?」

 今日の朝食も美味かった。一口サイズに切った肉に塩を振ってしっかりと焼いただけだという料理が途轍もなく美味かった。昨日の肉よりも遥かに柔らかい食感の肉を噛みしめると、湧き出してきた肉汁が口の中を満たして……肉は良いな。肉は良い。

 その他にも無発酵パンとやらが出てきて、エリーカの野イチゴのジャムが大人気だった。大人気だった……俺のジャムが。


「グレンさん、たくさん作りますから」

「人手はいますから。野イチゴをたくさん取ってきますよ」

「そうか」


 俺が少しだけ悲しんでいると、エリーカとヘレナが何故かニコニコしながらそう言ってくれた。

 きっと買い付けた未精製糖だけでは足りないだろう。刈り取った植物などから合成した精製糖を後で持ってこさせよう。一〇キログラムもあれば足りるだろうか。多過ぎる? 知らんな。


「……これ、ガラスじゃない」

「え? ガラスだろう?」

「絶対に違う。頑丈過ぎる」

「割るなよ」


 ジャムの瓶に触手を巻き付けたミューゼンがその頑丈さを不審がっていたが、別にジルコニアくらい珍しいものでもないだろう。構成器を使えばいくらでも作れるものだしな。その昔は宝石と扱われるようなこともあったらしいが。ああ、もしかしてこの星ではまだ宝石として通じるのか? 黙っておけばわからんか。放っておこう。おっと、瓶の増産指示を出しておかないとな。

 食事が終わったらエリーカとミューゼン、それにペトラと実行部隊の面々には拠点周辺で採取と狩猟を行なってもらう。朝食で底を突いたジャムの補充は急務だ。エリーカにはポチの他にも運搬作業用ボットを一台つけておいた。それと、ペトラにも。俺との通信に使えるし、水の樽も二つ積んでおいたので、獲物を狩った後の処理にも使える。無論、獲物を運ぶのにも。空になった樽なら人の手で運ぶのは難しくないからな。

 そして、俺はというと。


「ここが教会施設の建設予定地ですか」

「そうだ。農場内の動線を考えて区割りした土地の中で、一番農場の内側で安全な場所を選んだ。その代わり敷地面積にはあまり余裕がないし、拡張も難しい」

「教会はいざという時の避難所としても使えるようにするべきです。少し狭いですが、立地としては最適だと思います」


 ヘレナとシスティアの二人と一緒に教会施設建設予定地の視察に付き合っていた。システィアと話をしたいと思っていたのだが、食事中に施設建設の話題が出てそういうことに決まってしまったのだ。まぁ、視察そのものはシスティアとも一緒なわけだし、お互いのことを知るという点で考えればこれもまた目的に沿うのかもしれない。


「いざという時の避難所か……なら、頑丈な地下シェルターも作っておくか。無論、どん詰まりじゃあ大した意味はないから、他にもあるうちの地下施設に繋げて退路も確保しよう」

「他にも地下施設が?」

「ああ、秘密の地下施設だ」


 ヘレナの問いに肩を竦めてそう答える。もう一つの地下施設というのは俺が持ち込んだ強力な武器や特に貴重な補給物資などを収めている地下倉庫で、エリーカにも場所は教えてあるが、入るためのキーは渡していないし、中に何が入っているのかも教えていない。教えるのはヘレナ達が去った後だな。


「秘密が多いんですね?」

「良い男も良い女も秘密を持つものだろ?」

「ふふ、そうかもしれません」


 俺の返しにシスティアがクスリと笑いを漏らす。最初は不気味に思ったりしたが、話してみると気さくで愛嬌のある娘だ。何故かヘレナが珍しいものを見るような目をこちらに向けているが。


「箱は作れるが、内装はどうするかな。教会というからにはある程度決まった意匠というか、様式があるんだろう?」

「そうですね。建物のデザインにもある程度様式があります」

「そりゃ大変だ。コルディア教会の施設のような何かに成り下がらないようにしっかりと監修してもらわないといかんな」


 そう言って俺は食事の間に運搬作業用ボットに運んできて貰っておいた携帯型のホロプロジェクターを手に持ち、リンクする。こいつは俺が出力する情報をホログラムとして出力することができる簡易的なガジェットだ。作業用ボットに集めさせた資源を利用し、作業室の工作機械を使ってでっちあげた。


「建物のデザインに関してはいくつかテンプレートがあるから、それらを組み合わせて作ろうと思う。とりあえずサンプルを作るから、意見を出してくれ」

「あら、ハイテクですね」

「でっちあげ品だがな。まずは建物の外観なんだが……」


 プロジェクターで使用可能なテンプレートを表示し、二人の意見を聞きながらまずは外観を決めていく。なるほど、屋根を高くして尖らせる? 尖塔っぽい形に? そこに大型のスピーカーをつけて非常時のサイレン流したり、時報を流したりする? なるほど。


 ☆★☆


 ヘレナとシスティアの意見を聞いて完成させた設計図通りに作業用ボットが建物を構築していく。

 まずは地下室を作るために地面を大きく掘り下げ、少々の爆撃を受けてもびくともしないような堅牢な地下室を作る。地下室を作り終えたら地下備蓄倉庫への地下通路を構築する作業用ボットを地下に残し、地上の施設を構築していく。素材は今までに農場の周囲を切り拓いて回収したものを使用する。


「人力で作ると資材集めも含めて半年から年単位の作業量なんですけど……」

「そりゃ大変だな。俺はそういう苦労をしなくて済むようにしっかり準備してきたんだ」


 何故だか凄く納得がいかないとでも言いたげな表情でヘレナが既に出来上がりつつある教会施設を見上げている。そりゃ普通に伐採した木を信徒用のベンチに加工するとなればそれだけで隨分と手間がかかるだろうな。作業用ボットの構成器にかかれば一瞬でそれっぽいものが出力されるが。

 無論、出力されるのは木材ではなく、炭素などを基材とした人工物なわけだが、手触りなどの質感は木材に限りなく近い。木目とかは無いが。


「グレンさん、真面目な話なのですが」

「なんだ?」


 ヘレナが急に真面目な表情で俺をじっと見上げてきた。一体何事だ?


「コルディア教会の支部長とかやりませんか?」

「いや、やらないが」


 俺は即答した。この農場はあくまでも俺の農場だ。コルディア教会の傘下に入るつもりは今のところ無い。仲良くしようとは思うが。


「支部長の地位だけでなく私もお付けしますよ? ついでにシスティアも。なんならミューゼンとかペトラとかもつけますけど」

「いや、いらないが」

「そんな……ひどい」


 俺の返事にヘレナは目元を抑えながら崩れ落ちた。そんなヘレナの頭から生えている角――ライラのものよりはだいぶ短い――をシスティアむんずと鷲掴みにして崩れ落ちたヘレナを無理矢理立たせる。


「勝手につけないでください。しかもついでにってなんですか」

「痛い痛い! システィアちゃん角は痛い! 捻っちゃ駄目!」


 ヘレナが本気で泣きそうな声を上げている。なんというか、ヘレナは真面目なタイプだと思っていたんだが……こういうジョークも言うんだな。いや、ジョークではないのかもしれんが。


「システィアちゃんもグレンさんのことは憎からず思っているでしょう?」

「それとこれとは話が別です。グレンさんは奴隷の首輪を嵌められていたエリーカを解放して、助けてくれたような方なんですよ? そんなモノのように貞操を対価に何かを求めようなどと。浅ましいとは思わないのですか?」

「グレンさん、システィアちゃんが正論で殴りつけてきます……」

「ヘレナが悪いんじゃねぇかなぁ」


 ヘレナは目が覚めるような美人な上にプロポーションも良いが、システィアの言う通り軽々に自分の身を差し出してってのは良くないと思うね。受けたら受けたで凄く尽くしてくれそうな気もするが。


「まぁ、コルディア教会とは仲良くしようとは思っている。それで今は納得してくれ。コルディア教会だってどんな勢力とも仲良しこよしってわけじゃないんだろう?」

「それはそうですね。私達と敵対的な勢力というのは存在します」

「見ての通りこの農場はまだ防備も禄に整っていないちっぽけな農場なんだ。今の時点で旗色を鮮明にするのは少々リスクがな」

「「防備も禄に整っていないちっぽけな農場……?」」


 どうしてそこを疑問視するんだ。まともな防壁も対空兵器もシールドもキルゾーンも無いだろうが。どう見ても無防備だろう。常識的に考えて。

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