#019 「それが朝の挨拶か?」

「インポ?」

「それが朝の挨拶か?」


 朝起きて顔を合わせて早々、ミューゼンが俺の下半身を触手でペタペタと触りながらとんでもない発言をぶち込んでくる。


「お前ら、夜はちゃんと寝ろ。ふらふら歩き回るな」

「別に混ざるわけでもなし。聞くくらい良いだろ?」

「オーケー、聞くくらい良いんだな? ならお前の腹の虫が鳴る音や小便や糞を出す音も収集していちいち公開してやろうか?」


 ニヤニヤと笑いながら自己正当化しようとするペトラにそう言ってやると、流石にそれは嫌だったのかペトラも顔を引きつらせた。


「わかった。私が悪かった。でもそれは流石にマニアック過ぎる性癖だと思うよ」

「誰が好き好んでそんなもの聞くか。ミューゼン、お前も反省しておけ。夜中に居住者の寝室の壁に忍び寄って聞き耳を立てるなんざ、敵対行為と取られてもおかしくないぞ。そうは思わんか?」

「ごめんなさい」


 分が悪いと思ったのか、ミューゼンは素直に謝った。素直なのは良いことだな。


「何をしているんです?」


 アホ二人と話していると、システィアが現れた。洗濯したてと思しき衣服らしきものが山盛りに入っている桶を抱えている。これから干すのかね。


「なに、昨晩俺とエリーカの寝室の壁にくっついて何かを期待していたアホ二人に説教をしていただけだ」


 俺がそう言うと、システィアは眉間に皺を寄せ、目を細めて二人をキッと睨みつけた。睨まれたミューゼンはベールを目深に被った上に触手と両手で顔を覆って震え始め、ペトラも大変にバツが悪そうな顔で目を逸らし始める。どうやら二人ともシスティアが怖いらしい。


「エリーカを助け、清潔で柔らかい寝床や温かいシャワー、清潔な水を好きなだけ、厚意で提供してくださっているグレンさんに無礼を働くのは、教えに背いているとは思いませんか……?」

「はい、ごめんなさい」

「悪かった。謝罪するよ。すまない、グレン」


 震えながら頭を下げるミューゼンと降参するように両手を挙げて謝罪するペトラを見ていると逆に可哀想になってくるな……いや、全面的に向こうが悪いんだが。


「俺は許した。だからシスティアも許してやってくれ。あと、エリーカには黙っておけ」

「それは……」

「気づいていなければ無いのと同じだ。それに、俺に謝ったのと同じようにエリーカにも悪いと思っているよな?」


 俺の問いかけにミューゼンとペトラが頷く。


「なら、反省は十分だ。そうだろ? 気になるならエリーカが困っていたら少しばかり手助けをしてやってくれ。それでチャラだ」

「……貴方がそう言うなら」


 システィアはそう言って溜息を吐き、二人に視線を向けた。それと同時に二人がダッシュで逃げていく。その様子を見たシスティアが再び溜息を吐いた。


「すみません、あの二人はなんというか……」

「自由?」

「自由……そうですね、ちょっと自由な二人で」


 俺の物言いがおかしかったのか、システィアが僅かに口元を綻ばせる。笑うとなかなか愛嬌があるな。怒っていると元が美人なだけに迫力があるが。


「手伝うか?」

「いえ、流石にお世話になっているのに洗濯物を干すだなんてことを手伝ってもらうわけには……下着もありますし」

「それはすまん。配慮不足だった」


 そりゃ長旅の後だ。肌着や下着を洗うよな。これは俺のデリカシーが欠けていた。


「良かったら朝飯の後にでも話さないか。エリーカと随分親しいようだし。エリーカの友人がどんな人なのか知っておきたい」

「そうですね、是非。私もエリーカの大切な人のことを知りたいので」


 お互いに見つめ合い……俺は自分の手で自分ののっぺりとした顔の頬の部分を撫で、肩を竦める。


「ここで笑顔の一つでも浮かべられれば良かったんだが、見ての通りでな。まぁ、それじゃあ後でな」

「ふふ……はい、また後で」


 可笑しそうに笑うシスティアに背を向け、エリーカが朝食を作っているであろうオープンキッチンへと向かうことにした。気難しい娘なのかと思ったが、話してみると気さくだな。仲良くはやれそうだ。


 ☆★☆


 オープンキッチン――キャンプサイトに作った屋根だけはある大型キッチン――に足を運ぶと、そこではエリーカとヘレナ、それとペトラの部下と思しきデルフィニの女性達が朝食を作っていた。


「グレンさん、もう少しで朝食が出来上がりますよ」

「そうか。手伝うことはないか?」

「あ、食卓にお水を用意して頂いても良いですか?」

「任せろ」


 運搬作業用ボットに指示を出し、バイオマスプラスチック製の樽を持ってこさせる。これはサムとジェシーから話を聞いて作ったもので、軽く、衝撃に強く、匂い移りなども発生しない。しかも軽い。

 蓋を外して内部を洗浄する事も容易で、蓋には蛇口を取り付けるための穴も空いている。こいつを横にして専用の蛇口をつければ簡易的なウォーターサーバーとしても使えるというわけだ。ちなみに、容量は凡そ一二〇リットルほどで、この惑星における標準的な大きさの樽とほぼ同じ容量である。


「よっと」


 運搬作業用ボットが運んできた樽の蓋に蛇口を付け、予めテーブルの横に用意してあった台に置き、固定する。これであとはセルフサービスでおかわり自由。好きなだけ水をご賞味いただけるというわけだ。

 そして何故か周りから「おぉー……」って感心するような声が聞こえてくるんだが。何故だ。


「力持ち」


 予備用にと置いてあるもう一つの水樽に手を置いたミューゼンがぽつりとそう呟いて俺に視線を向けてくる。ああ、そうだな。それ一つで単純に一二〇キログラムくらいあるからな。そこそこ重いよな。それで感心されたのか。


「まぁまぁ重いと思うが、いけないか?」

「私ならなんとかいけなくもない。でもそんなにヒョイって持ち上げるのは無理。体重の倍くらいある」

「ふむ……」


 ミューゼンの身長は凡そ一七〇センチメートルほど。女性としては身長は高めと言って良いだろう。肉付きも悪くはなく、どちらかといえば健康的な感じだ。更に吸盤のついた触手などもあり、あの触手は恐らくだが筋肉の塊みたいなものだろう。俺の予測では彼女の体重は軽くはちじゅ――。


「女の子の体重を暴いてはいけない。わかった?」

「オーケー、わかった」


 倍ではなく精々一.五倍くらいでは? という言葉は呑み込んでおく。ミューゼンの触手が俺の腕に巻き付いてきたので。

 恐らくそれなりの力で締め付けているつもりなのだろうが、俺には効かんな。やらないが、やろうと思えば引き千切ることもできると思う。


「……つよい」

「強くなければ生き残れなかったからな。それでもこのざまだが」


 そう言って両腕を広げ、自分の身体を曝け出す。作り物の手足、無くなった顔、臓器の大半が人工物に置き換えられた身体だ。


「それでも大事なところは守ってる。えらい」

「そうか……そこはデリケートな場所だから、気軽に触れるのはやめような」


 するすると下半身に伸びてきてナニをとは言わないが大事な場所を擦ってくる触手をペシッと手で叩いて払い除け、エリーカ達が料理を運び始めた食卓へ向かうことにする。

 ボディタッチが直接的過ぎやせんか、この子。

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