#018 「……可愛いですねぇ」

 ヘレナ達が俺とエリーカの農場に訪れたその日の夜、俺達は全員で食卓を囲んでいた。


「これが天然モノの肉か……」


 サムとジェシーから購入していた生鮮食料品や、ヘレナ達が持ち込んだ食料、それとヘレナ達が到着した後に狩った獣の肉が食卓に上っている。そう、獣の肉だ。天然自然の獣の肉だ。まさか俺がこんなものを口にする日が来るとはな。


「どうですか? グレンさん。お味の方は」

「そうだな……思ったよりも歯ごたえがあるな。それになんというか……パワーを感じるな」

「パワー」

「ふふ、面白い表現ですね」


 俺の表現を聞いたミューゼンが頷き、ヘレナがクスクスと笑う。システィアは俺を――というかエリーカを注意深く観察しているようだ。どうにもシスティアの行動は理解が及ばなくて不気味だな。


「そんなにガタイが良いのに獲物の一匹も捌けないとはね」


 そう言ってニヤニヤと笑っているのは実行部隊の隊長で、ペトラという女性だ。彼女は強靭な尾を持ち、また膂力にも大変優れるデルフィニという大変に狩猟や戦闘に向いている種族であるらしい。彼女達デルフィニもまた、雌性体の出生率が非常に高い種族なのだとか。


「宇宙育ちでな。動植物と接する機会が無かったんだ」


 ニヤニヤ笑いを向けてくるペトラに俺は肩を竦めてそう答える。力自慢だというのでアームレスリングで軽く捻ってやったのだが、それからというものやたらと絡んでくるんだよな。彼女の部下達――実行部隊員八人のうち彼女のを含む五名がデルフィニだ――からも妙にチラチラと視線を向けられていて、どうにも落ち着かない。


「私は狩った動物を処理するのはちょっと苦手というか……」

「エリーカは仕方ないわよ。どうぞ」


 システィアがそう言いながら焼いた肉を持った皿を俺に手渡してくる。

 この肉は四本脚のずんぐりむっくりとした動物の肉をじっくりと蒸し焼きにしてから解し、焼いた際に出た肉汁と野菜や香辛料などを混ぜ合わせたソースで和えたものだ。解されてなおしっかりとした肉の歯ごたえと旨味、それに濃い味のソースが合わさってとても美味い。


「うーむ、ここまで美味いものだとは……」

「いや、こいつは狩ってすぐに調理したから肉も硬いし、旨味も今ひとつだよ。少し熟成させたほうが美味くなるんだよね」

「もっと美味くなるのか……」


 それは驚きの情報だな。これでも十分に美味いと思うんだが……何故皆で俺を見るんだ。なんだ、その妙な視線は。


「……可愛いですねぇ」

「私が作った木イチゴのジャムとか、とても美味しそうに食べてくれるんですよ」

「ギャップ」

「なるほど」


 何故だかとても居心地が悪い。生まれてこの方、こんな妙な視線を向けられたのは初めてだ。


「あー、聞いても良いことかわからないんだが。実行部隊というのは何を実行する部隊なんだ?」


 居心地の悪さを感じた俺は話をそらすことにした。食事時の話題として適当がどうかはわからなかったが、エリーカの種族について話すかどうか迷った末に実行部隊について聞くことにした。


「そうだね、私が話そうか?」

「いえ、私が」


 ペトラの発言にヘレナは首を横に振り、それから俺へと視線を向けた。


「グレンさん、私達の理念はご存知ですね?」

「ごく簡単に言えば……友愛か?」


 そう言いつつも俺は頭を捻る。エリーカから聞いたコルディア教会の理念を一言で表すと、そういうことだと思う。


「友愛、そうですね。家族を愛し、良き友と絆を育む。絆はいずれ血の縁となる。そうして家族と友の輪を広げて行き、最終的には平和な世界を築く。それがコルディア教会の基本的な考えです」


 ヘレナは頷き、そう答えた。そして、言葉を続ける。


「ですが、どうあっても良き友とはなれない相手もいます。それが現実です。そのような相手とは戦わなければなりません。そのために彼女達がいます」


 そう言ってヘレナはペトラへと視線を向け、ペトラはその視線を受けてニヤニヤ笑いを浮かべながら肩を竦めてみせた。


「愛や融和を語っているだけでひれ伏してくれるような連中ばかりなら、私みたいなのも静かにシスターとして暮らせるのかもしれないけど、現実はそうじゃないからね」

「ペトラがシスター。ウケる」

「アンタだって本来こっち側だろ」


 ウケると言いつつ完全無欠の無表情を晒すミューゼンにペトラが渋い顔をしてツッコミを入れる、こっち側ということは、ミューゼンも実は戦闘能力が高いのかもしれない。


「まぁ、基本通貨でしかやりとりができないような連中は多いな」

「基本通貨、ですか?」

「暴力だ」


 首を傾げるヘレナにそう言って、力こぶを作った右腕の上腕をパシンと叩く。そんな俺を見たヘレナとシスティアは苦笑いを浮かべたり渋い表情を浮かべたりしたが、ミューゼンは同意をするように頷き、ペトラに至っては呵々大笑した。


「あっはっは! 暴力は基本通貨ね! そりゃ言いえて妙だ!」

「グレンは世の真理を心得ている」


 ペトラとミューゼンには大いにウケたらしい。しかしまぁ、大体わかった。


「つまり、実行部隊というのは友愛の心をもってしても受け入れるのが難しい存在に対処するための部隊というわけか。コルディア教会がちゃんと現実を見据えている組織だと知れて嬉しいよ、俺は」

「失望したり、揶揄したりする方も多いのですが……」

「どんなに立派なお題目を唱えても、無力では誰も耳を貸さんだろう? 言葉だけで人がわかりあえるなら戦争など起こらんよ」


 俺が戦場で何十年も過ごして得た教訓だ。カネにせよモノにせよ単純な暴力にせよ、何かしらの力を明確に示さない者についていく人間はいない。義理や情が無為なものだとは言わないが、いざという時に頼りにならない奴が信用を得るのは難しいものだからな。


「流石は元傭兵。含蓄のある言葉だね」

「そうか」


 ペトラがニコニコしながら俺の皿に肉を山盛りにしてくる。あまり盛られてもそれはそれで困るんだが……食いきれるか?


 ☆★☆


「食いすぎた……」

「無理に食べなくても、残しても良かったのに」


 ベッドに腰掛けて腹を擦っている俺の横でエリーカがクスクスと笑っている。シャワーを浴びてしっとりとしている彼女の顔には、既に泣き腫らしたあとの余韻のようなものは一切見当たらない。


「無碍にするのもな……だがまぁ、良かったよ。エリーカが元気になって」

「はい……コルディア教会に……システィアさんに無事が伝えられて良かったです」

「隨分と仲が良いみたいだったな。長い付き合いなのか?」

「はい、システィアさんは私と同じアーソディアンで、小さい頃から姉妹みたいに一緒に過ごしてきました」

「アーソディアンね、それがエリーカの種族なのか」

「はい」


 エリーカの種族であるアーソディアンというのは、エリーカの鋭い鎌がついた外肢のように、何らかの外骨格生物の特徴を有する外肢や、その他の器官を生まれ持ってくる種族であるらしい。フォルミカンと同じような特徴を持つ者も稀に生まれてくるとか。


「アーソディアンも雌性体の出生率が高い種族なのか?」

「いいえ。そんなことはありませんよ。その辺りは通常の人類ヒューマンレースと殆ど変わりませんね。ただ、どのような特徴が出るのかはわかりません」

「なるほど」


 それはまた奇妙な生態というかなんというか。

 アーソディアンの因子が一体どういったメカニズムで外骨格を有する外肢や、その他の器官を発生させるのか? そういったことは未だに解明されていないらしい。つまり、エリーカは鋭い刃を持つ外肢を持って生まれてきたが、その子供が同じような器官を持って生まれてくるかどうかはわからないのだそうだ。


「ちなみに、アーソディアンがどういう器官を持っているのかを聞いたりするのはセンシティブなことだったりするのか?」

「そうですね……割とそういう感じですね」

「じゃあ、好奇心でシスティアに聞いたりしないほうが良いんだな。教えてくれてありがとうな」

「はい」


 エリーカも普段はスカートの下に外肢を隠して見せようとしないから、そういうことじゃないかとなんとなく思っていたんだ。ヘレナやミューゼンも最初は羽や触手を隠していたしな。ペトラの尻尾は隠す余地もなかったが。


「ヘレナ達は何日くらい滞在するのかね。明日にでも聞いてみるか」

「そうですね。恐らく、数日は滞在していってくれると思うんですけど……」

「その間に獲物の捌き方をマスターしたいもんだ」


 エリーカの採取だけでなく、狩猟による肉の確保もできるようになれば食糧事情が改善するからな。なんとかマスターしたいものだ。

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