#017 「おかえり、エリーカ」
案内役の偵察ドローンを飛ばして集団の前――凡そ五〇メートルほどの地点――に降下させた。当然のように奴らは警戒し、ドローンに銃口を向けてきたが……まぁ、それは良い。俺だってそうする。
「こちらはグレン。お前達の進行方向に存在するグレン農場の持ち主だ。そちらはコルディア教会の実行部隊だな?」
俺がそう問いかけると、護衛されている三人の女が短く会話を交わした後に頷いた。
「もしあんた達がコルディア教会の同胞を探してるなら、グレン農場で保護――いや、一緒に暮らしている。勿論好きなだけ面会してくれていい、歓迎する。そちらに敵対の意思が無いなら、こちらも敵対する気はない」
そう言うと、また少しの間相談をした三人の女が頷き、指示を出して護衛兵達に銃口を下げさせた。
「エリーカ、とりあえず平和的に接触できそうだぞ」
「本当ですか? 良かった」
心の底からホッとしたのか、エリーカは胸を撫で下ろしながら溜息を吐いた。なんだか微妙に釈然としないが、これが現状の俺に対するエリーカの評価なのだろう。俺は抗議したい気持ちを呑み込み、今後の行動で彼女の認識を正そうと心に決めるのだった。
☆★☆
コルディア教会の実行部隊とやらが農場に姿を表した。その構成は護衛されている女が三人。アーマーと先進的に見える武器で武装している護衛兵が八人。駄載獣が二頭。二頭の駄載獣には行軍に必要な物資が積まれているだけで、やはり交易を行うキャラバンのようには見えない。
「エリーカ!」
護衛されていた三人の女性のうち、一人がエリーカの名を呼んで駆け寄ってくる。その様子を見たエリーカもふらふらと彼女へと歩み寄っていく。
「システィアさん」
ああ、感動の対面だな。二人は抱き合い、涙を流していた。エリーカにシスティアと呼ばれた彼女にとっては消息不明だった妹分との再会といったところだろうか。彼女がエリーカを呼び捨てにして、エリーカが彼女をさん付けで呼んだのだから、だいたいそんなところだろう。
そんな二人を横目に見ながら、もう二人の護衛されていた女達が俺の前へと近づいてくる。護衛兵を四人引き連れて。
「ようこそ、ビジター。俺はグレンだ。大体二週間くらい前にこの星に降りてきて、ここに農場を作っている」
「お招き頂きありがとうございます。私はヘレナ。こちらはミューゼン。コルディア教会のシスターです」
そう言って右手を差し出してきたので、こちらも右手で握手をする。本来なら護衛を連れている初対面の人間と握手をするなんて御免だが、こいつらはエリーカの仲間だという話だからな。お行儀よく対応してやる。
「エリーカからの話はシスティアが聞くでしょうから……私達は貴方からお話を伺っても?」
「勿論良いが、立ち話もなんだ。キャラバン用のキャンプサイトがあるから、案内しよう。座って落ち着いて話せるテーブルと椅子もあるし、温かいお湯が出るシャワーや、新鮮な水が使い放題の給水所もある」
あの後、シャワーにはちゃんとヒーターを設置したのでちゃんとお湯が出るようになっている。後回しでも良いと俺は思っていたんだが、サムとジェシーの食料キャラバンがうちに泊まった時にエリーカになんとかしてやってくれと言われたので、取り付けたのだ。
「それは……なんというか、凄いですね」
「エリーカにねだられてな。彼女に頼まれると断れない」
そう言いながら肩を竦め、彼女達を先導して歩き始める。エリーカとシスティアとやらはとりあえず放っておこう。感動の再会に水を差すのも悪い気がするしな。
「エリーカとは、どういう?」
「せっかちだな。まぁ、ごく簡単に言えば俺がこの星に降りてきたその日に彼女を助けた。そして彼女を保護して、今に至る。彼女が俺に保護されるまでの話は……無理に聞き出すのはやめてやってくれ」
そう言うと、ヘレナと名乗った女は悲しげな表情を浮かべてから小さく頷いた。何か察したんだろうな。察して欲しくてこういう言い回しをしたのだから、察してくれて助かった。
「あんた達は全部で十一人か。来客用の十人泊まれる宿舎が二つ用意してあるから、良かったら使ってくれ。野宿よりはずっとマシなはずだ。ああ、できるだけ綺麗に使ってくれよ?」
「それは勿論ですが、良いのですか?」
「あんた達はエリーカの仲間なんだろう? なら俺の身内も同然だ。コルディア教会ってのはそういうところだと聞いてるぞ」
「そうですね……そうですか」
俺がエリーカからその話を聞き、その上で俺がヘレナ達を身内扱いしたことによって俺とエリーカとの関係をある程度察したのだろう。彼女は安心したように笑みを浮かべ、俺に一言断ってから護衛達に休憩の指示を出し、俺が腰を落ち着けたケイ素系素材のテーブルに着いた。ミューゼンと紹介した女も一緒だ。
「それでは、詳しくお話頂けますか?」
「ああ、良いぞ。今飲み物を用意させるから、少し待ってくれ。飲み物と言ってもただの水だがな」
そう言いながら俺は運搬作業用ボットに水のボトルが入った箱を一箱持って来るように指示を出した。
☆★☆
俺はヘレナとミューゼンに包み隠さずエリーカとの出会いから保護するまで、そして今に至るまでの話をした。
粗末な武器を持った連中に奴隷の首輪を嵌められて連れ回されていたこと。奴らを始末した後、エリーカが殺されるならそれでも構わないとでも言うように無抵抗だったこと。彼女を保護し、治療をして奴らの荷物から奪ったキーを託し、自分で奴隷の首輪を解除させたこと。
翌日、タウリシアンとフォルミカンのキャラバンが来て、彼女達からエリーカの服やライフルを買ったこと。プレデターズの襲来があったが、撃退したこと。サムとジェシーの食料キャラバンが来て、ジェシー達とエリーカが仲良くやっていたこと。
「エリーカと俺が家族になったのはサムとジェシー達が去った夜のことだったな。俺は急ぐ必要は無いと言ったんだが」
いつの間にかヘレナとミューゼンだけでなく、ヘルメットやアーマーを脱いだ護衛兵――いずれも女性だ――達までも俺の周りに集まり、俺の話に聞き入っていた。
「それで、その後も夜襲を受けたりしたんだが、特に問題もなく撃退して畑を作ったり、作業場を作ったり、あんた達が今日泊まる宿舎を作ったりして今に至る。今日はあの通信アンテナを作ってたんだ。エリーカがコルディア教会と連絡を取りたいって言ったんでな。あんた達が来たから半分くらい意味は無くなったんだが」
そう言って肩を竦めて見せる。とはいえ無駄になるものでもなし。いずれ必要になるものではあったわけだから、構わんがね。
「なるほど、よくわかりました。お話くださってありがとうございます」
そう言ってヘレナはベールを被ったままの頭を下げた。彼女の隣で黙って話を聞いていたミューゼンも同様に頭を下げる。
ちなみに、ヘレナは頭に角のようなモノを生やしている美人で、ミューゼンは若干大柄で青い肌の無口な美人だ。護衛達も全員女性で、皆タイプは違うが美人だらけだな。
「ああ、それで俺からもいくつか聞きたいんだが……あんた達は何故女ばかりなんだ?」
俺がそう聞くと、ヘレナは微笑んだ。
「この惑星の
「二割か……そしてコルディア教会はその二割の種族が多いのか?」
「そうですね。私はイビリスという種族で、ミューゼンはディセンブラという種族です。彼女達も私達と同じように雌性体の出生率が高い種族です」
そう言って彼女は立ち上がり、衣装の腰の辺りを払った。すると、彼女の腰から一対の黒い被膜のようなもので形作られた翼のようなものが現れる。
「……飛べたりするのか?」
俺がそう聞くと、ヘレナはクスリと小さな笑い声を漏らした。
「いいえ。いくら私がスリムで軽くても、こんな羽では飛べませんよ。殆ど飾りみたいなものです」
そう言ってヘレナがミューゼンに視線を向けると、彼女のスカートの裾からニュルニュルと触手のようなものが六本ほど現れた。青白いその触手には丸い吸盤のようなものがいくつもついており、一本一本が別の生き物のように蠢いている。
「……便利そうだな?」
「それなり」
ミューゼンは短くそう言って自分の手で持っていた水のボトルに触手を巻き付け、プラプラと振ってみせた。初めて声を聞いたが、ガタイの割に幼い声に聞こえるな。もしかして自分の声にコンプレックスでもあるのだろうか。
「ちなみに、エリーカの種族については?」
「いや、詳しくは聞いてない」
「そうですか。私が言ってしまって良いものかわからないので、彼女にちゃんと聞いて下さいね」
「了解だ」
丁度俺が頷いたタイミングでエリーカとシスティアが二人揃って現れた。二人とも泣き腫らした目をしているな。
「おかえり、エリーカ」
「はい、グレンさん」
そう言ってエリーカはごく自然に俺の隣に座った。システィアはそんなエリーカを少しだけ切なげな様子でじっと見ていた。
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