#006 「それが君達の仕事でしょぉ?」

 □■□


 私を地獄の底から救い出してくれたのは顔の無い傭兵の男性でした。彼はとても自信家で、見た目の威圧感に反して面倒見が良くて、でもちゃんと傭兵らしく――と言って良いのかはわかりませんが、ちゃんと下心のある人間で、でも、そんな下心を隠さずにあっけらかんと語ってみせる不思議な人です。


「あ、野イチゴ……」


 彼から手渡されたナイフを携えて彼の野営地の周辺を探索してみると、良い具合に実がなっている野イチゴを見つけました。このまま食べても美味しいけれど、沢山集めてジャムにしても良いですね。お砂糖とか、あるのでしょうか? グレンさんにあとで聞いてみないと。


「あまり採りすぎてもいけませんね……」


 野イチゴはジャムにでもしないと日持ちしませんから、今日食べる分だけ採っていきましょう。グレンさんがくれた食べ物に比べると素朴な味ですが、気に入って貰えるでしょうか? あの甘くてずっしりとしたパンは美味しかったですけれど、あれと比べると……いえ、グレンさんは宇宙から降りてきたとのことですから、こういった食べ物は珍しく感じるかもしれません。少しだけ多めに採って帰りましょうか。


「喜んでくれるでしょうか……」


 彼には顔がありませんから、今ひとつ表情というか、感情が読めないところがあります。私を連行していた男達を容赦なく殺したところを見れば、決して善良なだけの人ではないのでしょう。

 ですが、あの人は私から何も奪わなかった。何もかもを奪い取ることもできたのに、逆に私に与えてくれた。奪われ、壊されてしまったものの一欠片を、残ったものの殆ど全てを私に返してくれた。


「グレンさん……」


 彼から借りたシャツの裾を握り、彼の名を呟く。彼は何かものを渡すだとか、そういった必要がない時にはあまり近づかないようにしてくれてさえいる。彼は歴戦の傭兵だという話だから、私のような境遇の女性の扱い方というものを知っているのでしょう。


「心配させないように戻らないと」


 そもそもこんなシャツ一枚で出歩くのも不用心ですし。

 そう考えてグレンさんの家に戻ろうとしたところで、私の後ろを黙ってついてきていた四足歩行型の機械が警告音のようなものを発した。


『聞こえるか? エリーカ。グレンだ』

「はい、グレンさん」


 どうやらグレンさんは彼の所有している機械を介して話すこともできるようです。もしかしたら見聞きすることもできるのでしょうか? そうだとしたら……何か変なことを口走ってはいなかったでしょうか? 急に心配になってきてしまいます。


『結構な数の団体さんが接近中だ。至急拠点に戻ってくれ。もしかしたら戦闘になるかもしれん』

「はい、わかりました。急いで戻りますね」

『そうしてくれ。奴らが防衛圏に入るまでにはまだ時間があるが、どんな装備を持っているかわかったもんじゃないからな』


 確かにそれはそうですが、多分グレンさんほど物騒ということは無いのでは……? と思いましたが、私は口を噤んでグレンさんの下へと急ぐことにしました。実際に目で見て貰うのが何よりも確実ですから。


 □■□


 軽量型の戦闘ボット――不整地走行に優れる四脚型だ――を介して呼び戻すと、エリーカはすぐに拠点へと戻ってきた。まぁ、拠点とは言っても小さなプレハブとジェネレーターが設置されている頑丈な建屋くらいしか無いのだが。


「すぐに戻ってきたな。偉いぞ」

「子供じゃないんですから……あの、野イチゴがなっていたので、採ってきました」

「ノイチゴ? その赤いつぶつぶか?」


 エリーカが肩から下げているバッグの中には赤いつぶつぶが集合したような奇妙な物体が沢山入っていた。話の流れから察するに、どうやら食い物の類であるらしい。


「食い物なんだな? プレハブに食料保存用の冷蔵庫があるから、そこに入れておいてくれ。白いこれくらいの箱型の装置だ。それと、安全が確認できるまで中で身を隠していろ」

「はい、わかりました。お気をつけて」


 エリーカはそう言うと、早足でプレハブのある方向へと移動していった。実に聞き分けの良いことだな。尤も、この星ではそうでないと生き残ることが難しいだけなのかもしれないが。


「さて、ノイチゴとやらも気になるが……」


 それよりも今はこちらへと接近してきている集団への対処が先決だ。上空から奴らを監視しているドローンの存在は今のところバレていないようだが……ふむ。


「また現地勢力か……?」


 それは他所ではあまり見たことのない姿形の人型生命体――つまり腕と脚が二本ずつ――の集団であった。しかも、その集団は二種類の人型生命体で構成されているようだ。恐らくだが、雌雄の違いではなく種族そのものが違うのだと思う。

 そのうち一種はその全員が俺よりも大柄な身体を持つ種族で、頭から巻き角のような突起物が生えている。武器らしい武器は持っていないが、大荷物を背負っているな。

 もう一種は小柄な連中で、巻き角の連中よりも数が多い。頭の上でピクピクと動いているのは触角か? よく見ると尻尾? のようなものも生えているようだ。それに、エリーカを連れていたクソ野郎どもと同じような原始的な実弾銃を装備しているようだが……こちらのほうが洗練された装備のように見えるな。しきりに周囲を警戒していて、どうやら大柄な巻き角連中の護衛という立場のようだ。

 偵察ドローンのうち一機を集団に接近させる。奴隷の類も連れていないようだし、動きもそれなりに規律が保たれている。明らかにエリーカを連れていたクソ野郎どもよりは話が通じそうな連中なので、平和的な接触が期待できるだろう。


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「それじゃー落下物の方に行ってみよっかぁ」


 のほほんと、そう宣う雇用主の顔面にパンチの一発でもぶちこんでやろうと思ったのはこれが初めてではないが、今回のは極めつけと言っても良いものだった。もっとも、顔面にパンチをぶち込んでやろうにも相手の背が高すぎて手が届かないのだが。


「反対する。リスクが高すぎる」

「んでもぉー、軌道上から投下された物資か何かだとしたら、儲けもんだよぉ?」

「アレを見たのは私達だけじゃない。私達より先に他の連中が落下物を見つけていて、その中に強力な兵器の類があったりしたらどうするんだ? まとめて消し炭にされるかもしれないんだぞ」


 そもそも、落ちてきたものが物資とも限らない。この惑星の軌道上には制御不能に陥った自律型戦闘機械群の収容ユニットが複数存在している。そういった収容ユニットから強力な戦闘機械が射出され、降り注いでくることだってあるのだ。


「大丈夫大丈夫ぅ、そん時は尻尾巻いて逃げれば良いよぉ」

「あんた達を逃がすために犠牲になるのは私達なんだが?」

「それが君達の仕事でしょぉ?」


 それはそうだ。ぐぅの音も出ない正論である。くそぉ、こんな無軌道にふらふら移動するキャラバンだと知っていたらもっと吹っかけておいたのに。

 落下物の落着地点に向けて進路を変更することを姉妹達に告げ、護衛隊形を変更する。ちゃんと触角を伸ばして周辺警戒を厳にするようにとも言っておく。私達の触角は相手がヒトならかなり遠くからでも相手の存在を感知できるからね。機械相手だと殆ど役に立たないけど。だから衛星軌道からの落下物には近づきたくないんだよ。


 キャラバンの進路を変更した翌日。

 私達は落着地点と思われる場所に接近していた。私達の移動するルートから離れた場所で血の流れた微かな気配を触角で感じ取る。少し時間が経っているな。一日くらい前だろうか?


「隊長、戦闘――かどうかはわからないが、血が流れた痕跡があるぞ」

「あらー……余程近くに居た人がいたんだねぇ。何人くらい?」

「一人や二人じゃないが、十人以上ということもない。私達のような規模のキャラバンではないな」

「んー……どうしよっかなぁ? って、あれぇ?」


 雇い主が空を見上げたので、その視線の先を追ってみる。そうすると、白い光をチカチカと放ちながらこちらへと向かってくる何かを見つけた。


「総員対空迎撃用意! まだ撃つな!」


 素早くコッキングレバーを引いて携行していた突撃銃の薬室に初弾を送り込み、空中から接近してくる発光体に銃口を向ける。ああくそ、絶対に戦闘機械関係だ! 奴ら相手の戦闘は損耗が出がちだから避けたいのに!


『聞こえるか? この先は――あー……そう、グレン農場。グレン農場だ。お前達は行商のキャラバンだな? 敵対の意思が無いなら歓迎するが、もし略奪なんかを考えているなら痛い目を見ることになる。取引か? それとも殺し合いか? お前達はどちらを望む?』


 空中から接近してきた浮遊機械がピカピカと白いライトを明滅させながらそう言う。

 私は浮遊機械に銃口を向けたまま雇用主を見上げ、雇用主はそんな私を見下ろしてきた。互いに頷き合い、私は突撃銃から弾倉を抜いて再びコッキングレバーを引き、薬室から飛びだしてきた小銃弾を空中でキャッチする。姉妹達にもそうするように指示を出す。


「そのどちらかと言えば、断然取引希望ですねぇー。お招き頂いてもぉ?」

『了解。ではこの機体に着いてきてくれ。武器を携帯するのは構わんが、弾は抜いておいてくれよ? もし武器に弾を込めたら、わかるな?』

「勿論ですともぉ」


 そう言って雇用主はにこりと胡散臭い笑みを浮かべてから、ちらりと私に視線を向けてくる。言われなくてもわかっているとも。こっちだって厄介事はごめんだ。

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