#005 「それは大丈夫ではないのでは???」

「つまりな、情報が欲しいわけだ」

「情報ですか」


 シャワーを浴びてさっぱりとした様子のエリーカが首を傾げる。ちなみに、シャワーを浴びた後に彼女の身体にもう一度外傷用のジェルを塗りたくった。流石にプライベートな場所には自分で塗ってもらったが。別に残念なんかじゃないぞ。さっき塗った時も助平心よりも不憫って気持ちの方が強すぎてピクリともせんかったわ。


「俺が仕留めたクズどもがどこの所属のどんな連中だったのかとか、エリーカが所属しているコルディア教会ってのがどんな組織で、どの程度の勢力を持った組織なのかとか、この辺りの勢力の情報だとか、この星、この土地に関する情報全般だな」


 俺も全くこの星の情報を調べずに来たってわけじゃないが、現地の小勢力の情勢まで網羅してきたわけでもない。よって、エリーカのような現地人からの情報収集は急務であった。


「それは勿論、私に話せることは全てお話ししますが……」

「しますが?」


 煮えきらない態度のエリーカに先を促す。


「あの、良いのですか? その……お嫁さん、というのは」

「……? ああ、なるほど。エリーカの命を救ったんだから、自分のものにしてしまえば良いんじゃないかと。そういうことか?」


 俺がそう言うと、エリーカは少し顔を赤くしてコクリと頷いた。なるほど、それはなかなかにグッと来る表情と仕草だな。


「そういう下心も無いでも無いが、弱みに付け込んで無理矢理ってのはフェアじゃないだろう。俺が欲しいのは欲望の捌け口でなく、愛し愛され合うような嫁さんなんだよ」

「私は……きっと貴方を愛せると思いますが」

「それなら嬉しいが、俺の感情が追いついていないし、エリーカの精神状態だってまともとは言い難い状況だろう? そういう判断は心身ともに健康になってからしてくれ」

「……わかりました」


 なんとなく自分の想いを否定されたような気になったのだろう。エリーカがガーゼに覆われた頬を少しふくらませる。可愛いかよ。ただまぁ、急ぐ話ではないし、急ぐべき話でもない。今のエリーカは悲惨な状況から救い出してくれた俺という存在に舞い上がっているだけかもしれないしな。


「そう言ってくれる事自体は光栄だぞ?」

「……本当ですか?」

「本当さ」

「わかりました」


 エリーカそう言って頷き、プレートの上の冷めかけたマカロニチーズを駆逐し始めた。

 言動は若干不安定というか俺に依存してバランスを保とうとしている感があるが、食欲はあるようだし、表面上は理性的に物事を判断できているように見える。まぁ、要観察だな。

 今日のところはゆっくりと休んで貰って、明日以降俺の手が空いた時に色々と話を聞かせてもらうとしよう。


 ☆★☆


「おはよう。よくは……眠れていないようだな」

「おはよう……ございます……ごめんなさい、私……」


 翌朝、目覚めた俺はベッドに腰掛けたエリーカに声をかけたのだが、彼女の様子は有り体に言って最悪といった様子であった。目の下には隈ができているし、目の周りが赤い。悪夢に魘され、何度も飛び起きてろくに眠れなかったのだろう。

 あ? 俺のベッド? んなもんねぇよ。床にマットを敷いて寝たさ。俺はどこでも寝られるからな。


「気にするな。俺はちゃんと寝れたから。それより、今日は一日ボケっとしてろ。この寝床の中でジッとしているだけなのは落ち着かないってんなら散歩くらいはしてもいいが、遠くには行くな。いいな?」

「はい……その」

「はいはい、ごめんなさいね。許す許す。とりあえず朝飯だ。起きてる間ちゃんと水は飲んでたんだろうな? お前、昨日は脱水症状を起こしかけていたんだぞ?」

「それは……大丈夫」

「本当だろうな? スキャンすればわかるんだぞ? ピピピピー」


 フェイスパーツに内蔵されているライトを照射してやると、エリーカがワタワタと慌てるような仕草をした。こいつ、ちゃんと水を飲んでいなかったな?


「流石に俺の顔にスキャナーまではついてない。これはただのライトだが……悪い子は見つかったようだな?」

「うぅっ……」

「仕方ないやつだ。ほれ、この水筒はお前にやる。そんなもん使わんでもこの寝床には集水浄化タンクが備わってるから水も飲み放題だし、シャワーも浴び放題なんだがな?」


 エリーカに水筒を押し付け、彼女の頭を少々乱暴に撫でてやる。手のかかる女だな、こいつは。


「水は遠慮なくじゃぶじゃぶ使ってよし。いいな?」

「はい」

「じゃあ朝飯だ。ずっと起きてたなら腹が減っただろ」


 さて、今日のレーションは何にするかね。とっておきでも出すか? いや、とっておきはまだ早いな。数が多いやつから消費していこう。


 ☆★☆


 さて、昨日は着陸早々にトラブルがあったが、本日も引き続き地道な拠点の立ち上げ作業だ。今日辺りから他勢力による平和的・非平和的なものを含めた接触が増えてもおかしくはないので、本日の目標は警戒網、及び防衛網の構築となる。


「まぁ、俺はこいつらの起動と指示出しがメインになるんだがな」

「物凄いテクノロジーですね……高価なものなのでは?」


 偵察、農業ドローンや雑用ボット、警戒網を敷設するためのセンサー類、それに防衛を担うタレットや戦闘ボットなどを目の当たりにしたエリーカがそう言って目を見開く。


「それなりにな。三十年近くも命懸けで戦えば、この程度のものを揃えるだけのカネは溜まったのさ。それでも安全な惑星上居住地で悠々自適の引退生活とはいかなかったがね」


 そう言いながら追加の偵察ドローンと雑用ボットの起動作業を進めていく。戦闘ボットやタレットも起動して配備したいが、そのためにはまずこの野営地をきちんとした拠点にするべく最も重要と言える設備を建築しなければならない。


「設置場所はどこにするかなぁ」


 メンテナンスや排熱、その他の手間などを考えるとどうしても地下に埋めるというわけにもいかないのが難点なんだよな。とにかく壁を厚くして、万が一付近が戦場になった場合でも流れ弾程度ではびくともしないようにするしかないか。

 一度設置すると動かすのも難しいモノだし……まぁ、こいつを中心に本格的な居住設備を整備していく形にするのが無難か。どうせこいつが吹っ飛ぶとなれば多少距離を離したところで意味が無いだろうし。


「何を設置するのですか?」

「ジェネレーターだよ。居住地全体にエネルギーを供給する最重要施設だ。こいつはちょっと奮発したんだぞ」

「奮発、ですか?」

「うん。軍用航宙駆逐艦のジェネレーターコアが手に入ってな。そいつを居住地用のジェネレーターに転用するための設計図を知り合いのドワーフの爺さんに引いてもらったんだよ」


 問題は、今すぐ用意できる資材だと本来の出力の半分も引き出せないことなんだがな。まぁ、それはおいおい資材を合成してジェネレーターをアップグレードしていけば良い。今手に入る資材で得られる出力でもオーバーパワー気味だしな。


「それは……使っても大丈夫なのですか?」

「大丈夫大丈夫。安心安全かつ極めてクリーン。一瞬でジェネレーターコアが破壊されるようなことがない限り、セーフティが働いて停止するようにできてる。もしジェネレーターコアが破壊されたら半径数キロメートルが吹き飛ぶがな」

「それは大丈夫ではないのでは???」


 エリーカの問いかけを聞こえないふりをしてやり過ごし、雑用ボット達にジェネレーターとそれを収容する頑丈な建屋の建設を命じる。

 建築作業や運搬作業ができるボットやドローンの起動はもう殆ど終わったので、暫くは俺も手持ち無沙汰だ。それでも偵察ドローンの情報をチェックしたり、この野営地を俯瞰しているドローンの映像を元に各種施設の配置を検討したり、偵察ドローンが見つけた資源採取候補地に採掘ボットを送り込んだり、持ち込んだ武器の確認と整備をしたりとやることは盛り沢山だが。


「あの、今日はもうお休みなのですか?」


 構成器で作ったケイ素製のテーブルの上にこの星に持ち込んだ武器を広げて整備を始めた俺を見て、エリーカが聞いてくる。エリーカの目には暇潰しをしているように見えるかもしれないが、俺の視覚には各ドローンやボットから収集された各種データが表示されており、周辺の俯瞰図などを眺めながら逐一ドローンやボット達に指示を出しているのだが……まぁ、エリーカには何も見えないし、わからないよな。早めに情報共有用のホロディスプレイでも構築するかね。


「いや、こう見えてドローン達に指示を出したり、偵察のデータをチェックしたりしてるんだ」

「そうなんですね……何か籠のようなものはありませんか? ただぼうっとしているのも落ち着かないので……」

「籠? そんなもの何に使うんだ?」


 籠というのは丈夫な植物の繊維を編み込んで作った高級インテリアだろう。そんなものを一体何に……そういえばあれは植物資源の豊富な場所ではある程度手軽に作れる日用品なんだったか?


「周辺で何か食べられるものを採集しようかと……多分何かしらはあると思うんです」

「なるほど、理解した。籠は無いが、同じような機能を持つものなら何でも良いよな?」

「はい」


 エリーカが頷いたので、野営地を作る際に刈り取った草や木などから回収した炭素を使って丈夫なフレーム付きの肩掛けバッグを作ってやった。防弾性や対レーザー防御などは一切期待できないが、まぁ採集用の器具としては及第点だろう。


「一応護衛をつけるから待ってくれ。あと採集にはナイフも要るだろう? これを持っていけ」


 新品のコンバットナイフを鞘付きで一丁手渡し、足の早い軽量型の戦闘ボットの起動準備を進める。


「あの……良いのですか?」

「何がだ?」


 遠慮がちにナイフを受け取った彼女に向かって俺は首を傾げる。


「私のように出会って間もない人間にこのような刃物を預けてしまって良いんですか?」

「あぁ? ああ、信頼できるかどうかもわからない人間に武器になるような刃物を預けて良いのかってことか?」


 俺がそう問うと、エリーカは神妙な顔で頷いた。なるほどね。


「そのナイフ一本で俺を殺せるなら大したもんだ。もしできるならここにあるものはエリーカに全てやるよ。できるならな」

「そんなことはしませんけれど……自信家なんですね?」

「これでも『不死身のイモータル』グレンなんて呼ばれる程度には名の通った傭兵なんだ。俺を殺したいなら完全武装の傭兵を二個小隊くらいは用意してもらわないとな」


 こちらも完全武装なら良い勝負くらいにはなるはずだ。本当だぞ?

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