#004 「エリーカね。よろしく、エリーカ」

「見ての通りまだ寝床も作れていないような状況でな。だが、とりあえずここは安全だ。そこに座りな」

「……はい」


 シャトルのすぐ側に置きっぱなしになっていた物資箱――レーションパックが入っている箱だ――の上に座るように指示し、医療物資の入っている物資箱からメディカルキットを取り出す。即座に命に関わるような傷なら救急ナノマシンユニットを投与するんだが、彼女の場合は別にそういうわけではないからな。昔ながらの治療ってのをやるわけだ。何にしてもまずはメディカルスキャンだが。


「スキャンするからじっとしてろよ」

「……? はい」


 俺の言葉に彼女は一瞬首を傾げたが、それでも素直に頷いた。そんな彼女にメディカルキットから取り出したスキャナーを向け、負傷箇所や健康状態をチェックしていく。


「顔だけでなく体中に挫傷が複数。腕を出してくれ」

「……はい」


 素直に差し出された腕にスキャナーを押し付け、血液などの検査も進める。ん? 数値が普通の人間と少し違うな。


「お前さん、普通の人間じゃないな? ああ、別にだからどうしようってわけじゃない。普通の人間と比べて何か医学的、化学的な禁忌は無いか? 無い? なら良い」


 今の時代、姿形が違う異星種族なんて珍しくもないが、医学的、化学的禁忌が人間とかけ離れているような異星種族も少なくはないからな。水を飲んだら死ぬなんて種族だっている。

 スキャナーのデータを取り込み、彼女の負傷箇所を視覚上に投影しながら治療を施していく。


「服を脱いでくれ。全部な」

「……はい」


 暗い表情で彼女は自分の服に手をかけ、のろのろとした手つきで服を脱いでいった。恐らく俺にも狼藉を働かれると諦めきっているんだろうな。まぁ、飯や水の対価に彼女が差し出せるものなんて彼女自身の身体しか無いのだろうから、そう思うのは無理もないが。


「ったく、ひでぇことしやがる。女の扱いも知らんのかね、奴らみてぇな人間のクズどもはよ。ちょっと痛むだろうが我慢しろ」


 一糸まとわぬ姿となった彼女の身体。薄汚れてしまったその白い肌のあちこちに浮かぶ酷い痣……そして足の他に腰の辺りから生えている見るからに頑丈そうな甲殻に覆われた肢。薄緑色に怪しく光るその肢の先には見るからに殺傷能力が高そうな刃を持つ鎌のようなものが生えている。


「こいつは驚いたな。この肢は自由に動かせるのか?」

「……はい」


 腰の辺りから生えた刃物状の外骨格を先端に持つ肢。この形状は生物兵器の類によく見られる形状だ。元はカマキリだとかいう異星の昆虫に端を発するとかなんとか聞いたことがあるが、本当かどうかは知らない。しかしなるほど、こんな肢が腰から生えてるならそりゃ普通の人間とは違う数値がスキャナーで検出されるわけだ。


「なるほど。便利なのかね? 俺もこんな身体になった時にこんな感じの外肢を付けたらどうかと言われた事があるんだが」


 取り留めもない話をしながら彼女の身体を拭き清め、外傷治療用のジェルを患部に塗りたくっていく。これを塗っておけば打撲やちょっとした切り傷程度なら一日もあれば綺麗サッパリ治してくれる優れものだ。まぁ、身体の八割以上が義体である俺には殆ど効果がないんだが。

 ついでにガーゼを貼れる場所にはガーゼも貼っておく。このジェルは多少の雑菌なんぞ寄せ付けないが、それでもこうしてガーゼを貼って患部を保護しておいたほうが治りも早い。


「便利……と思ったことは……ありません」

「ああ、生まれたその時からあったものならそれが当然だよな。馬鹿なことを聞いた――っと、ごめんよ」

「んっ……!?」


 彼女のかなりプライベートな部分にも遠慮なくジェルを塗っていく。仕方あるまい。俺が頭を吹き飛ばした連中は彼女に「そういうこと」もしていたようだからな。スキャナーはそういった情報も関係なく拾うし、それが彼女の健康に悪影響を及ぼすことがわかっているなら対処しないわけにはいかない。


「……」

「ただの医療措置だ。変に諦めなくて良い。綺麗に治るさ」


 彼女の顔から元から希薄だった感情がストンと抜け落ちるのを見て励ましておく。不憫な。このまま俺にも連中にされたのと同じことをされると思ったんだろうな。しかし俺は和姦派なんだ。


「あとは複合抗生剤をぶちこんどきゃ大丈夫だろ……あー、あとこいつも飲むか?」


 彼女の腕に大概の病原菌やウィルスの類に効果がある強力な薬剤を打ち、錠剤の入ったケースを差し出す。


「……?」

「所謂望まぬ妊娠ってやつを防いでくれる薬だ。何か理由があってそういうのがダメってんじゃないなら飲むことをオススメするが」

「……いただきます」

「一錠で良い」


 彼女は頷き、ケースから錠剤を取り出してそれを飲み下した。俺が水筒を差し出すと、素直に受け取って水を飲み始める。何故こんなものを持ち込んでいるのかって? 戦場ではままあることだからな、こういうことは。俺みたいな兵隊用のメディカルキットにはこういう薬は入ってないが、医療支援用のメディカルキットには入ってるんだよ、こういう薬も。


「本当はシャワーでも浴びさせてやりたいところなんだが、まだ寝床すら用意できていないんでな。悪いがもう少し我慢してくれ」


 彼女の服もどうにかしてやりたいが、殆どぼろきれと化してるからな……正直衛生的な意味でこれを着るのは推奨し難い。さりとて衣服を合成できるファブリケーターはまだ組み立てていないので、すぐに対応するのも不可能だ。仕方ないので俺の予備のシャツを彼女に着せておくことにする。体格差のせいで裾が短いワンピースみたいになっているが、まぁ我慢してもらおう。素っ裸よりはマシだろ。


「あとは飯食って休んでな。トイレはそこだ。使い方はわかるか? 大丈夫そうだな? よし。俺はさっさと寝床やら何やら作らんといかんのだ。ああ、ゆっくり食えよ? スキャンした感じ、胃腸の機能は問題無さそうだがな」


 彼女にレーションパックの封を切って押し付け、作業に戻ることにする。彼女に押し付けたのはどこかの王国製のレーションで、甘くてずっしりとした食感のパンみたいなやつだ。女子供といえば甘いものが好きだからな。俺の好みじゃないが、いくらか調達しておいたのだ。懐柔用にな。なんだかんだで胃袋に訴えるのは強い。


「それと、こいつはあんたにやる。自分で好きなようにしろ」


 そう言って俺は奴隷の首輪の解除キーを彼女に手渡した。荷物を漁った際に連中のうちの一人から奪ったものだ。こいつを探してたんだよ、こいつを。あとのものは余禄だな。これでまかり間違って俺に惚れてくれたりすれば御の字だな。ははは! まぁ恩に着てくれるだけでも十分だが。

 あ? 賊に引き回されて乱暴もされた女性に「そういう」意図で近づいてるのかって? そりゃそうだ。今は疲れ切った上に薄汚れてくすんでいるが、あの女は磨けば光ると見たね。殴られた痣や汚れで酷いことにはなっていたが目鼻立ちは整っているように見えたし、身体つきも悪くない。賊どもに好き勝手されたなんてのも俺は気にもならないしな。そんなことを言ったら俺なんて八割は作り物の身体なんだぜ。

 ま、何にせよ心と身体をケアしてやらんとな。このままここに居着くならそれでよし。身体を癒やしたら自分が元いた場所に戻りたい、というのであればそれもよし。その場合でも彼女の元いた組織なり派閥なりには感謝されるだろう。そこが滅びてたら? なら行く宛もないんだろうからそれはそれで問題は無いさ。ここに留まることになるだろう。

 そういう関係を抜きにしても彼女に優しくしてやれば有用な情報の一つや二つは手に入るだろうからな。数日の宿と、諸々の手間を考えてもオトクな取引ってやつさ。


 ☆★☆


 ドローンやボットを起動した端から指示を出し、それだけでなく俺自身も労働に励んだ結果、なんとか日が落ちる前に最低限の寝床の確保と地下物資倉庫の建造、そして持ってきた物資の搬入が終わった。シャトルにも隠蔽用のシートをかけたし、寝床にはそのシャトルから動力の供給もできている。お陰で日が落ちても寝床は明るいし、空調も効いているし、簡易的なものだがトイレもシャワーもまぁまぁまともに利用できるようになった。


「問題は、この寝床は俺一人で利用するつもりだったから、二人で利用するとなるとプライバシーの欠片も無いことなんだがな。すまんが、今日のところは我慢してくれや」

「はい」


 ベッドに腰掛けた彼女は俺の言葉にはっきりとした声で答え、頷いた。その首にはもう奴隷の首輪は嵌っていない。俺が作業をしている間に自分で解除したようだ。

 そして、その首輪は俺に預けられた。今は地下倉庫の奥に封印してある。

 あ? 奴隷の首輪なんて大層な名前なのに自分で外せるのかって? そりゃ俺が解除キーを彼女に譲渡して好きにしろって言ったからな。普通は奴隷の首輪を嵌めた時に自分で首輪を外すことを禁じているだろうから、首輪を嵌められた人間が解除キーを持ったところで自分で解除はできんよ。


「それじゃあそろそろ自己紹介くらいしておこうか。俺の名前はグレン。ドロップアウトした元傭兵だ」

「元、ですか?」

「そうだ、元だ。毎日のようにクソみてぇな戦場でドンパチするのに嫌気が差してな。この道三十年近くのベテランだったんだが、今までの稼ぎを持って引退した。で、今は引退後の第二の人生を送るためにこの星に降下して、農場を建てようとしているわけだ」


 そう言って肩を竦める。


「目標は嫁さん見つけて悠々自適の農場暮らしってやつだな。俺はこんなナリなんでね、モテないんだよ。だが、ここなら十分食っていけるだけの稼げる農場の一つくらい持っていれば嫁に来てくれる娘さんもいるかもしれないだろ?」

「そ、そうです……ね?」

「元傭兵で腕っぷしにも自信がある。碌な装備も無い賊の数人や数十人くらいは軽くぶっ飛ばす自信もあるしな。腕っぷしと食い扶持があれば顔がないって感じの見た目がアレでもほら、ワンチャンあるかなって……あるよな?」

「そうでしょうか……? そうかも……?」


 頬にガーゼを貼り付けたまま、彼女が首を傾げる。なんだか彼女の反応で俺のプランが暗礁に乗り上げているのではないかという気がしてきたが、きっと気のせいだ。そう思っておこう。


「俺の事情はそんなところさ。で、降りてきて早々に奴らが接近してきたから、警告の上でぶち転がしてあんたを助けた。そして今はこうしてメシを食いながらあんたと話してる」


 そう言って俺はプレートの上に盛り付けられているマカロニチーズをフォークで掬い、口に運んだ。うん、悪くない味だ。電磁調理器で温めるという一手間があるが、温食はやはり良いな。

 レーションの中には自己加熱式で温かい食事をとれるものもあるが、廃棄物が多めなのと嵩張る割に量が少なかったりするから痛し痒しみたいなところがある。その点、電磁調理器に対応しているこういったパッケージ型のレーションは簡単に味の良い温かいメシを食えるのが良い。食おうと思えば温めずとも食えるのもポイントが高いな。

 生まれてこの方戦場暮らしの俺はレーションで育ってきた。色々な国の色々なレーションを食ってきたから、これでもレーションに関しては一家言ある。俺が今回持ち込んだレーションの数々は今までに実際に食った中で美味かったものばかりを選別したものだ。中には食えるだけのナニカとか、ギリギリ食えない異物とかもあったからな……敵に投げつけたほうがマシみたいな物体もあった。本当に。


「私は……」

「うん」


 彼女がプレートに乗ったマカロニチーズに視線を落としながら呟いたので、聞く姿勢になる。


「私は、コルディア教会の巡礼者で、エリーカと言います」

「エリーカね。よろしく、エリーカ」

「はい、グレンさん。私を助けてくださってありがとうございました」


 そう言って彼女は深々と俺に頭を下げたのだった。

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