#003 『想定通りの反応ありがとう』

「……のどかなもんだ」


 目標地点への着陸から凡そ三時間。俺はザブトン――俺が乗ってきたシャトルだ――の上に座ってレーションを食いながら視界に投影されているホログラムを眺めていた。既に偵察用のドローンや構成器を装備した雑用・建築ボットを何機か起動して周囲の偵察や資源の収集、シェルターや倉庫の建設などを進めており、今はそれらの様子を確認しながら食事休憩中である。

 俺の身体の大半は義体化されているが、活動するのに食事が不要というわけではない。メシを食わねばいずれ餓死する。それだけでなく、士気を保つ上でも食事というものは重要だ。やはり美味い飯は生きる活力になるものだからな。


「動物も結構いるな……天然物の肉を食えるのかね」


 ドローンから送られてくる映像には呑気に地面に生えた草を食む六本足の生物や、群れで闊歩する四本脚の生物が多数映り込んでいた。炭素ベースの生物であれば基本的にその肉は食えるらしいが、生物によっては毒や病原菌、寄生虫などのリスクがあるのでなんでもかんでもってわけにはいかないらしい。狩猟生活ってのも一筋縄じゃいかねぇな。

 まぁ、俺は動物の解体なんざやったこともないから、今動物を狩ったとしてもフードプロセッサーにぶちこんでドロドロでクソまずい栄養補給ペーストにするのが関の山なんだがな。出来ればあれには頼りたくねぇなぁ。


「早いとこ食料生産も始めないとな」


 用意してきた食料は有限だ。俺一人であれば凡そ一年程度は食い繋げるだけの量はあるが、農作物というのは植えてすぐに食えるというわけではないらしい。なので、早めに食料の生産を開始しなければ飢えて死ぬことになる。もし俺以外に食い扶持が増えるようなことがあれば、猶予は更に短くもなる。悠長にはしていられないというわけだ。


「とはいえ、まずは防衛網の構築とシェルター作りか」


 農作業を早急に始めなければならないのは確かにそうなのだが、食料や農作業に使う物資を守ることができなければ本末転倒だし、まずは安全な寝床を確保する必要もある。食料の確保は優先度の高い事項ではあるが、現段階では他にも優先するべき案件が多い。


「倉庫も余裕を持ったサイズにしたいな……半地下にするか」


 掘っ建ての小屋よりも半地下――出来れば地下構造物にした方が万が一の場合に物資に被害が出にくいだろう。幸い、この辺りの土壌には頑丈な構造物の建材とすることができるだけの元素が十分に多く含まれている。作業の邪魔となる植物も分解して炭素素材も手に入っているので、どの構造物も対人出力程度のレーザーに晒された程度ではそう簡単には破壊されないだけの耐久性を確保することが可能だろう。


「さて、食い終わったし作業の続きを――ん?」


 偵察ドローンから警報が発せられた。何事かと思い警報を発したドローンから送られてくる映像を映してみると、そこには六人の人影が映った、のだが。


「どういう集団だ? こりゃ」


 五人はわかりやすい。手に武器らしきものを持った男達だ。五人中三人が銃器らしきものを持っているが……あれはまさか実弾を撃ち出す銃か? なんとレトロな……文明が随分と後退しているんじゃないか? この星。他の二人はナイフに棍棒ときた。


「で、最後の一人が……」


 女だ。ボロボロの服に明らかな虐待の痕跡。首にはご丁寧にゴツい首輪までついている。あの首輪は外部インプラントだな。頚椎から神経信号に割り込んで身体の自由を奪い、ある程度は意思の自由すら奪う。奴隷の首輪なんて呼ばれるが、まぁ言い得て妙というか、シンプルな呼び名というか。


「絶対にろくでもない連中だな」


 あんな外部インプラントを堂々と使っている時点で確定である。恐らく宙賊崩れとかそういう類の連中だろう。まぁ、こちらも暴力には不足していない。お相手仕ろうじゃないか。

 ああ、あんなのでも一応友好的な訪問の可能性はゼロじゃないからな。そうだったとして仲良く出来るとは思わんが。一応やり合う前にコンタクトを取ってみるか。


 □■□


『エリーカ。一人で巡礼の旅だなんて危険過ぎます。昨今は情勢もきな臭さを増していますから、どうか思い直してください』


 司教様の言葉が延々と脳裏を過っている。何故、私はあの時司教様の言葉を聞かなかったのか。何故、私はあの時この悪魔のような男達を助けてしまったのか。何故、私は一瞬でもこの男達に心を許してしまったのか。何故、何故、何故……悔恨の情が心を焼き尽くす。

 奴隷の首輪によって鈍くなった思考がループする。奴らの手が、舌が、悍ましい肉の塊がこの身を穢し尽くした瞬間が何度も何度もフラッシュバックする。その度に心が張り裂け、叫びだしそうになるが、首に嵌った悍ましい首輪がそれを許さない。


「この辺りの筈だ」

「煙は上がってねぇな。場所がわかりにくい」

「だが、そうなると少なくとも中身が燃えて消し炭になってるってことはねぇわけだ。上から降ってきたモンなら中身が布切れだっていい値段になるぜ」

「食い物か武器が嬉しいがな」

「新しい女もいれば最高だな」

「違いない、こいつもそろそろ壊れそうだ」


 男達が下品な笑い声を上げる。この笑い声を聞くと意識が飛びそうになる。苦痛、望まぬ法悦、屈辱、絶望、そして虚無。全ての感覚と心情がごちゃまぜになり、私という存在を苛む。

 ああ、せめてこの男達が言うように壊れてしまえたらどれだけ楽だろうか。


『あー、通達する。貴様らは当方の私有地に侵入しつつある。目的を明らかにし、武装解除せよ。さもなくば敵対的行動と見做し、殲滅する』


 突如何処からか聞こえてきた男の声に私を連行している男達が警戒を顕にする。一方的に発見され、声をかけられてもどこから声をかけられているのかわからない。あちらに最初から攻撃する意思があれば、完全に奇襲を受けていた形だ。


「へっ、こんなもん虚仮威しだ。ビビるんじゃ――」


 リーダー格の男が虚勢を張った次の瞬間、男の額が一瞬だけ眩く輝き、弾け飛んだ。


『想定通りの反応ありがとう。遠慮なく死ね』


 何処からか聞こえてきた平坦な声だったが、そこに残念そうな響きは微塵も存在しなかった。


 □■□


「一つ」


 頭部が半分以上吹き飛び、一人目の賊が倒れ伏す。対人出力のレーザーを生身で受ければ人体なんぞ容易に消し飛ぶ。ヘルメットも無しに殺し合いを挑むとは実に恐れ入るな。


「二つ」


 突然仲間の頭が吹き飛んだという事実を飲み込めず、呆けたままの二人目の頭を吹き飛ばす。風や重力の影響をほぼ受けず、発射後即着弾するレーザー兵器は狙撃に最適な武器だ。大気の存在する地上では距離による威力減衰が発生するが、それもほんの数百メートル程度の距離ではごく僅かである。


「三つ」


 狙撃地点が特定できないのだろう。見当違いの方向に手に持った武器らしきものを向けている三人目の賊の側頭部を吹き飛ばしてやる。レーザー兵器の軌跡というものは普通の人間の肉眼では捉えることはできない。可視光線ではないからな。俺の目なら余裕で見えるが。


「四つ」


 武器を捨て、情けない表情で何かを叫んでいる賊の頭を吹き飛ばす。捕虜を取る気は無い。そんなものの面倒を見ている暇なんて無いからな。


「五つ」


 逃げようと身を翻した最後の賊の後頭部を吹き飛ばす。逃亡を許す気もない。現時点では俺の拠点の脅威度を流布させるよりも、そもそも情報が無いという状況の方が有利に働くだろう。

 所属も立場も確認せずに殺ってしまったが、まぁ女に首輪を嵌めて下卑た笑いを浮かべている時点でろくな連中ではないだろう。多分。もしかしたら女の方がとんでもない極悪人って可能性も無くはないが、その時はその時だな。


「……しかし、身を隠す様子も無いな」


 殴られでもしたのか、顔に痛々しい痣がある彼女はスコープの向こうで祈るかのように両手を胸の前で組み合わせ、目を瞑っていた。まるでどうぞ撃ち殺してくださいとでも言わんばかりだ。


「……ふむ」


 明らかに丸腰で、戦闘の意思がない。しかも奴隷の首輪を嵌められている女を撃つ気にはなれんな。あの様子で奴らの仲間……という可能性はゼロではないが、その可能性は限りなく低そうだ。


「そこらで野垂れ死にされても困るし……まぁワンチャン無くもなかろう。うん」


 あの様子では男の俺に心を開いてくれるかどうか怪しいが、もしかしたら将来的に俺の嫁さんになってくれるかもしれない。それに、ボロボロになってしまっているが、元々の服の質というか作りそのものが頭を吹っ飛ばした連中とは違う感じだ。連中とは所属派閥自体が違いそうでもある。つまり、情報源にもなりそうだ。

 理論武装、ヨシ。接触してみるか。そうと決めた俺は偽装としておっ被っていた枝やら刈り取った草やらの下から這い出し、長距離狙撃用レーザーライフルを背部のホルダーにマウントしてから、狙撃ポイントとして使っていた丘を駆け下りていく。


「伏兵はなし」


 念の為同期している偵察ドローンで周囲の確認をしてから彼女の前へと姿を表した。相手が丸腰なので、俺も手に武器は持っていない。尤も、俺の四肢は普通の人間なら軽く捻り潰せるだけのパワーがあるし、徒手格闘は俺の得意分野だ。パワーアーマー相手でも殴り勝てる自信がある。


「……」


 彼女から二十歩ほど離れた場所に姿を見せると、俺の気配に気づいたのか彼女は胸の前で手を組んだまま、目を開いて俺の顔をじっと見つめてきた。薄汚れている上に殴られた痣があって痛々しいが、顔立ちは整ってるように思う。被っている頭巾のようなものに隠れてあまり良く見えないが、髪の毛は金髪か。いいね、金髪は好きだ。身体つきも悪くない。胸も巨乳ってわけじゃないが、小さいというわけでもないし、腰つきやヒップラインも悪くない。いや、結構良い感じだ。

 などと彼女をジロジロと観察していたのだが、黙っている俺を不審に思ったのか、それとも俺の視線に気がついたの――目どころか顔も無いのだからまず無いと思うが――か、或いは突如現れて無言で立ち尽くしている俺に恐怖を覚えたのか、彼女が一歩後退る。そろそろ声を掛けるか。


「攻撃の意思は無いようだな。すまんが俺のこの顔には慣れてくれ。十年ほど前にプラズマグレネードを食らって綺麗さっぱり顔が焼け落ちちまったんでね」


 そう言って肩を竦めてみせるが、彼女の反応は小さく頷いて見せるだけであった。やはり奴隷の首輪の影響で思考や感情の動きが鈍くなっているようだ。


「あんたは俺が頭を吹っ飛ばした連中の仲間じゃないよな? そんなモンつけられてるし」

「……はい」


 彼女の首に嵌っている首輪を指しながら問いかけると、彼女の口から掠れるような声が聞こえてきた。ふん? こりゃ水もまともに飲んでねぇ奴の声だな。軽くスキャンしてみると、脱水症状が見て取れた。


「オーケー。ならとりあえずあんたを攻撃するつもりはない。少し歩いたところに俺のキャンプがある。そこであんたを手当してやるよ。飯も食わせる。その前に、こいつを飲みな」


 そう言って俺はコンバットアーマーのポーチに収納してあった水筒を彼女に差し出した。こいつは大気中の水分を集めて濾過し、飲用可能な水を生成する優れものだ。内容物を滅菌、浄化する機能もあるからいつでも清潔で安全な水を飲める。


「どうして……?」

「下心は当然あるさ。だがそのためには手当が必要だし、脱水や栄養失調で倒れられちゃ困る」

「そう、ですか……」


 俺の言うことに納得したのか、彼女はゆっくりと頷き、俺から水筒を受け取ってチビチビと水を飲み始めた。その間に俺は頭をふっ飛ばした賊どもの荷物を漁っておく。よくわからない物が多いし、全体的に臭う。俺は鼻も嗅覚センサーに置き換わってしまっているわけだが、そんな俺が即座に嗅覚をカットするレベルだ。そうするとただの数値として観測することになるわけだが、まぁこれがなかなかの数値だな。

 で、中身は……原始的な革の水筒、謎の金属片、こいつらが使っていた原始的な銃器の銃弾、何かの大きな葉に包まれた酷い匂いを発するペースト状の何か、同じく酷い匂いを発するブロック状のぐんにゃりとした塊、やたら硬いブロック状の物体、その他小さな刃物類だのなんだのとまぁなかなかの大荷物だ。


「一応全部回収するか……っと、あったあった」


 賊どもの荷物から目的のものを回収し、運搬を手伝わせるために雑用ボットを呼びせておく。何の用途に使うものかわからんものも多いが、彼女に使い途を聞いてみれば何か有用なものがあるかもしれない。


「水は飲めたか? 歩けるか? 無理なら担いで行くが」

「大丈夫、です。ありがとう、ございます」


 頷きながら彼女が水筒を差し出してきたので、受け取っ……殆ど重量が減ってないんだが。


「礼を言われることじゃない。ギブアンドテイクだからな、後でしっかりとお代を頂く。あと、全然中身が減ってないじゃないか。ちゃんと飲め」

「でも、綺麗な水は貴重で」

「この水筒はああいう原始的なものと違ってハイテクなんだよ。すっからかんにしても二時間もすりゃ勝手に満杯になるんだ。遠慮せず飲め」


 賊どもの死体の側に転がっている革製の原始的な水筒を指してから再度彼女の手に水筒を押し付け、賊どもの死体と荷物をその場に置いて歩き始める。歩けるってんなら歩かせよう。


「あの、荷物は……?」

「回収の手配は済んでる。飲みながらで良いから歩いてくれ。ここは安全とは言い難いんでな」

「はい」


 奴隷の首輪が首に嵌ったままだからか、彼女は俺の言うことを素直に聞いて歩き始めた。彼女の足取りはゆっくりとしたものだったが、危ういところは無いようだ。足には怪我をしてないようだな。まぁ、足に怪我をさせたら奴らの行軍速度も落ちることになる。それくらいの知恵は働いていたようだ。


「それにしても地元民との初遭遇がこれとはね……幸先が良いんだか悪いんだか」


 俺の後ろをトボトボとついてくる名も知らぬ彼女をちらりと見やりつつ、俺はそう呟いて彼女に悟られないように溜息を吐くのであった。

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