#002 「その時はほら、俺にはやっぱり暴力があるから」

「オンボロでも良いとは言ったがよぉ……これは無いんじゃねぇか?」


 俺はそう言ってあちこち細かいキズだの補修跡だのが目立つ小型航宙艦――航宙傭兵連中が『ザブトン』などと呼ぶ、駆け出し傭兵御用達のソレを見上げた。

 一応は武装も積めるが、あくまでも自衛用の域を出ない。戦闘艦というよりはマルチロール艦というやつだな。小さい割にカーゴスペースはそこそこある。あくまでも艦のサイズから考えれば、だが。


「見た目はボロいがちゃんと整備はしてあるわい。おまけで最低限のシールドとレーザー砲もつけてやったんだから感謝せんか」


 馴染みのドワーフ職人である爺さんが不機嫌そうに眉間に皺を寄せてそう言う。この爺さんとももう二十年近い付き合いだ。俺がガキに毛が生えた程度の駆け出しの頃から色々と世話になっている。


「それにしてもグレンよ。お前さん、やっと傭兵なんぞから足を洗ったと思ったら、わざわざあんな場所に降りて生活しようとは……戦場で頭のネジを何本かふっ飛ばされたんか?」

「十年前に脳をボイルされかかったんだ。何本も吹っ飛んでるんじゃねぇかな。だがよ、爺さん。こんな身体になった俺が今更オゾン臭のしない場所でまともに生きられると思うか?」


 そう言って俺は自分の身体を誇示するように両腕を広げて見せる。四肢は全て常人の数倍から十数倍の出力を誇る強化四肢に換装され、それらの負荷に耐えるため骨格の殆どは強化合金に置き換えられ、内臓は損傷した順に人造器官に取り替えられ、循環器系もそれに合わせて強化され、しまいには心臓も超小型反物質炉を内蔵する反物質コアに置き換わっている。こいつは曰く付きの特別製で、世に二つと無い――というか発見されていない激レアモノだ。

 そして極めつけがこの顔だ。のっぺりとした黒一色の顔面。口だけはあるが、それも飯を食う時以外は全く目立たない。声を出すのに口を開ける必要がないからな。


「別にオゾン臭のしない場所で生きてもええじゃろうが……」

「コロニーで平和に過ごしてる娘が俺みたいな傭兵上がりをまともに相手してくれるわけないだろ。俺は可愛い嫁さんと幸せな家庭を築きたいんだ」

「その願望とあの危険な惑星に降りるのと何の関係があるっちゅうんじゃ。傭兵上がりの荒くれ者がモテないのはどこでも同じじゃろ」

「チッチッチ、甘いな爺さん」


 俺はそう言ってやれやれと言わんばかりに首を振って見せる。


「それほど危険な場所なら暴力が何よりものを言うに決まってるだろ。俺にはおよそ三十年の傭兵生活で培った暴力がある。それで女の子を守る。俺に守られた女の子は俺に惚れる。完璧な論理だな」

「良いように利用されるだけと違うかの」

「その時はほら、俺にはやっぱり暴力があるから」


 敵意や悪意、害意を持って接してくる相手なら俺だって相応の礼をするだけだ。まぁ、そういう手合いはすぐに分かるから変なことになる前に追い払うまでだがな。


「ああ、あんなに純真じゃったグレン坊やが下衆い傭兵の思考に染まってしもうた……爺は悲しいわい」

「いつの話をしてんだアンタは……まぁ良いや。爺さんがちゃんと整備してるってんなら問題ないんだろ。予定通りこいつは貰っていく」

「最低限じゃが超光速ドライブもハイパードライブも積んでおるからの。たまには顔を見せに来るんじゃぞ」

「気が向いたらな」


 俺は肩を竦めてそう言い、爺さんにエネルを支払った。あとはこいつに用意した物資や装備を積んで、現地までの足と合流するだけだ。

 新生活に向けて気分が上向いてきたぜ。


 ☆★☆


「正気かい? あんた、最近いつ診断受けた?」

「正気で本気だ。診断とメンテナンスはつい先日受けた」


 目的の星系周辺を縄張りとして商売をしている武装商船の女船長に俺は至極真面目にそう答えた。いきなり正気を疑ってくるとか失礼な女だな。こいつとも結構長い付き合いだ。俺が顔を失うちょっと前からだから、十年ちょいくらいか。


「はァー……全部で三百万くらいあったんだったか? それだけありゃちょいとアレなコロニーにでも行けば一人くらい塩梅の良い女を囲うことができたろうに」

「愛が無いのはちょっとな。俺が欲しいのは嫁さんでセックスパートナーじゃねぇんだよ」

「あんたその見た目で頭の中メルヒェン過ぎないか? お花畑かよ」


 女船長が砂でも噛んだような顔をして酷いことを言う。別に良いだろ、嫁さんとの生活に夢くらい見たって。


「だいいち、あんた嫁さん貰ってもどうしようもないんじゃないの? 使えんのかい? その身体で」


 そう言って女船長が俺のデリケートなゾーンに視線を向けてくる。本当に不躾な女だな。


「ここだけは守ってきたからな。余裕で現役だ。試すか?」

「ヤだよ。あたしの趣味はあんたみたいなデカブツじゃなくて可愛い美少年なんだ。あたしに抱かれたきゃチンコだけそのままでそれ以外全部愛玩用の美少年ボディにしてきな」

「お前も人のこと言えないくらい業の深い性癖してんじゃねぇか……」


 なんでこんな倒錯趣味の変態女にメルヒェンだの頭の中お花畑だの言われなきゃならんのだ? 世の中理不尽過ぎでは?


「まぁあんたがそうしたいってんなら何だって良いけどね。あたしはオーダー通りにあんたを運ぶだけだ。惑星に降りた後のプランはちゃんと立ててるんだろうね?」

「適当な場所に降下して周辺を確保。住居と農場を作って防備を固めて嫁さんを探す。作物の種や農業用のドローン、肥料の生成機なんかもちゃんと用意してる。余剰の作物は売ってやっても良いぞ? 本物の果物や野菜は高級品だろ?」

「モノによるよ。本当に高値がつくのは質が良いものだけさ。質がイマイチだと結局フードカートリッジの材料にするくらいしか使い途がなかったりするし。ある作物が高く売れるからって過剰に供給されれば市場価格も落ちるしね」

「意外と難しいんだな。まぁまずは自給自足をするところからだが」


 金を稼ぐのも大事だが、それ以前に自給自足が出来なければ話にならない。最終的には農業用のドローンなんかも消耗品なわけだし、資源の採掘や部品類の製造なんかもしなきゃならないんだよな。降りてからもやることは多そうだ。


「ま、死なない程度に頑張りなよ。アンタは殺しても死にそうにないけど」

「失敗したらお前のとこで雇ってもらうかな。良い用心棒になるぞ、多分」

「用心棒にしちゃあんたはちょっと物騒過ぎるよ……」


 女船長が苦笑する。なんだよ、物騒過ぎるってのは。ちょっと人間の頭を破裂させたり手足を引き千切ったりするのが得意なだけなのに。


 ☆★☆


 ホロディスプレイ越しに断熱圧縮による加熱で赤い光を纏っているシールドを眺める。

 女船長に目標の惑星軌道上へと運ばれた俺は彼女の武装商船に搭載されている惑星スキャナーを使って吟味に吟味を重ね、降下地点を決定した。将来的に農場が大きくなった時に外の農場や現地勢力と領土問題が起きそうな場所は避け、尚且つ資源の採掘も出来そうな場所を選定したのだ。

 ただ、周りに他の勢力が全くいないような僻地に居を構えるのも上手くない。いざという時に物資を融通しあうというか、物々交換ができないと最悪詰むこともありえる――らしいからな。例のガイドブックの受け売りだが。

 俺は今後のことも見据えてかなりの物資を用意してきたが、それだって無限ってわけじゃない。物資の枯渇に備えて入手先を確保しておくのは大事だろうとは思う。

 もっとも、今回の準備に手持ちのエネルを全部突っ込んだわけでもないので、女船長と連絡が取れれば必要な物資を運んできてもらったり、今乗っているこのシャトル――ザブトンでこの星系にあるコロニーや他星系まで買いに行ったりしても良いが。


「突入ポッドも問題なし、と」


 俺のシャトルに随伴するように多数の大気圏突入ポッドが目標地点へと降下していた。俺が載っているシャトルに乗り切らなかった物資を詰め込んだもので、降下目標地点にこのシャトルと一緒に落着する予定だ。

 しかしまぁ、こいつは目立つな。他の勢力からもこのシャトルとポッドが惑星軌道上から投入され、降下目標地点に向かっているのは丸見えだろう。早ければ今日中、遅くとも数日のうちに斥候が様子を見に来るだろうな。


「まずは居住用のプレハブか……? いや、物資の入ったポッドやシャトルを隠蔽したほうが良いか?」


 などと初動に関して考えている間にも地表が迫ってくる。なんで今更そんなことを考えているのかだと? 居住するために惑星に降下したのなんて初めてなんだぞ、俺は。こんなに目立つとは思っていな――いや、そういえば戦力としてドロップポッドで地上に投入されたことがあったな。あの時もブリーフィングでドロップポッドによる降下は滅茶苦茶目立つと言われていた気がする。すっかり失念していたわけだ。はっはっは。

 まぁなんとかなるだろう。いざとなれば暴力だ。暴力は良いぞ、暴力はだいたいのことを解決してくれる。どんな場所でも通じる基本通貨みたいなものだ。


「今更ジタバタしても仕方ないか。まぁなるようになる」


 自分に言い聞かせるように独り言を呟いているうちにシャトルの自動着陸システムが起動し、目標地点への着陸が終わった。爺さんがちゃんと整備をしていたというのは嘘ではなかったようで、自動着陸システムの起動や着陸に関してもスムーズなものである。今度会いに行くことがあったら礼を言うことにしよう。


「ここがリボースⅢか……」


 ザブトンのコックピットハッチを開放し、上半身を乗り出してあたりを見回す。人の手が入った様子が全く無い。見渡す限りの原野だ。少し離れたところには丘やちょっとした岩山などがあり、そこそこ起伏に富んでいる地形でもある。だだっ広い平原とかではない。

 この立地を選んだのは丘や岩山を崩して建材を確保するためだ。基本的に恒星系のハビタブルゾーンに存在する惑星の土壌というものはケイ素やアルミニウム、鉄、カルシウム、カリウム、ナトリウム、マグネシウムなどの元素が豊富なことが多い。無論、その組成は惑星によって大きく異なることがあるが、少なくともリボースⅢに関してはそんな感じだ。

 それらの元素を含む土壌を材料にお手軽に様々な素材や構造物を作り出す構成器という便利なツールがあるのだ。確か正式名称は分子分解構成器だかなんだかっていう名前だったかな。惑星地表上で陣地構築をするために俺自身何度も使ったことがある。


「まずは周辺の把握からだな。ドローンやボットのセットアップからか……こりゃ骨が折れそうだ」


 単純作業はボットやドローンに任せれば良いが、そのボットやドローンの起動や設定などのセットアップは俺が一人でこなさなければならない。まったくもって気が滅入る話だが、こればかりはどうしようもないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る