フェイスレス・ドロップアウト

リュート

#001 「イチ抜けた!」

 知的生命体が宇宙に進出して幾星霜。限りなく広い宇宙空間に進出してなお、俺達は争いあっていた。

 数多の宇宙帝国が銀河に覇を唱え、恒星と恒星との間を繋ぐハイパーレーンネットワークを介し、恒星系の支配権を巡って熾烈な陣取り合戦が行われている。

 膨大な人的、物的資源を食い潰しながら戦火は今も広がり続け、大口径レーザー砲が航宙植民コロニーを焼き払い、惑星軌道上から放たれた電磁加速砲弾が惑星上居住地をクレーターへと変え、反応弾頭を搭載したシーカーミサイルによる飽和攻撃が巨大な宇宙要塞を粉砕する。

 銀河の反対側ではなんとかってデカい帝国が幅を利かせていて割とマシな状況だって話だが、この辺りはずっとこうだ。クソッタレな状況がもう何百年も続いてやがる。

 そんな状況で食っていける方法なんて限られてる。物心つく前から戦場暮らしで、もうかれこれ三十年近くだ。手足なんざとっくの昔に吹っ飛んだ。それどころか内臓もいくつかやられたし、もう十年以上も前に顔も無くした。プラズマグレネードに炙られてな。

 だからな、もうそろそろアレだ。限界だ。


「イチ抜けた!」

「はぁ!? 何言ってんだお前!? とうとうサイボーグ頭がイカれたか!?」


 俺のすぐ隣で遮蔽に身を隠しながら応戦していた同僚が失礼なことを言ってくる。


「そうかもな! クソが! 俺はこの戦いが終わったらもう傭兵なんざ辞めるぞ! どこかの惑星で嫁さんを探して優雅な農場生活を送ってやる!」

「お前なぁ! こんな状況で『俺、この戦いが終わったら』ってのは縁起が悪いにも程があるだろ!」

「うるせぇ知るか! オーバードライブだ! 行くぞ!」


 俺の心臓――の代わりに移植されている反物質コアが甲高い駆動音を鳴らし、造り物の四肢と感覚器に最大限の動力を供給し始める。


「突っ込んで撹乱する! 合わせろ!」

「無様にくたばるんじゃねぇぞ! 不死身のイモータル!」


 相棒の声を聞きながら対人レーザー兵器による射撃を完全に弾くパーソナルシールドを展開し、敵陣へと吶喊する。

 こんなクソッタレな戦場なんざもうゴメンだ! 俺は降りるぞ!


 ☆★☆


 ここ十年ほど世話になっていた傭兵団から除隊した俺は、今までに稼いだ金や戦利品などの資産の整理を始めた。


「ちょっとした大金ではあるがなぁ……」


 その額、凡そ300万エネルほど。三十年近く戦場で死ぬ思いをしてドンパチしてきてこの程度だ。航宙艦を駆り、宇宙を股にかけて戦う航宙傭兵連中はもっと稼ぐらしいが、白兵戦メインで血で血を洗う俺達のような普通の傭兵が稼げる額なんてこんなもんなんだよな。

 不死身のイモータル、だなんて大層な二つ名をつけられるような俺でもこれだ。世知辛いねぇ。


「全然足りんな」


 戦場生まれの戦場育ち。そんな俺にどこかの国の市民権なんぞあるわけもなく、ましてや安全な惑星上居住地に住むための一等市民権の取得なんざ夢のまた夢である。あれ、数千万とか億単位のエネルが必要らしいからな。桁が足りん。


「航宙植民コロニーに住むための二等市民権なら余裕だが……」


 50万から100万エネルもあれば二等市民権は取得できる。だが、これから先ずっと息苦しい航宙コロニーに住み続けるのか? 航宙植民コロニーでの生活が戦場暮らしに劣るとは思わんが……日がな一日部屋に閉じこもってホロ動画鑑賞だのビデオゲームだのをやって過ごすと? 身体の八割方を戦闘用の義体とインプラントに換装した身体を抱えて? 間違いなく俺の精神が半年も保たんな。


「となると……」


 近隣の銀河地図を開き、とある恒星系に注目する。この辺りでは比較的強力な三つの銀河帝国に囲まれ、それぞれの宇宙帝国が他の二国に侵入するためのルートになり得る――所謂チョークポイントと呼ばれるような立地に存在する恒星系だ。その名をリボース星系という。

 しかも資源が豊富で、有機生命体の生存に適するようテラフォーミングされた惑星まで抱えている。紛争の火種にしかならなそうな場所なのだが、現在はこの恒星系を取り囲む三国の微妙な勢力バランスの上で共同統治が為されていた。

 実際には恒星系内のあちこちで代理戦争めいた小競り合いが勃発しているらしいが、ことが大きくなりすぎないように周辺諸国からも監視団が送り込まれているそうな。全体的に見るとそれはもう混沌としているというか、ほぼ無法地帯めいている場所である。

 これは俺のような戦場慣れし過ぎた男でもそれなりに暮らせそうな場所なのでは? 例のテラフォーミングされた惑星でならしっかりと準備していけば、それなりの広さの土地を確保して農場の一つくらいは築けそうだ。

 入植者もそこそこ降りているって噂を聞いたことがあるしな。稼げる農場の一つでもあれば俺みたいなサイボーグ野郎相手でも嫁に来ようって女の子の一人くらいはいるかもしれない。

 なんかいける気がしてきたな。よし、このプランで行こう。

 こうして俺ことグレンの惑星居住計画がスタートした。それが墓場への片道切符だとも知らずに。


 ☆★☆


 行き先を決めてしまえば後は行動するだけだ。今までの傭兵生活で培った伝手をフル活用して目標の星系への足を確保し、地上生活で必要になりそうなツール類や物資、資材を買い漁る。惑星軌道上を通りかかるトレーダーシップと取引をするために小型の輸送艇くらいはあったほうが良いだろう。惑星上を移動するための足にもなる。オンボロでも良いが、しっかりとしたシップメーカー製のが良いな。サルベージした宙賊艦みたいなキメラシップはだめだ。信頼性が低過ぎる。


「武器も当然要るな……」


 聞くところによると例の惑星は周辺三国の息がかかった武装勢力に加え、宙賊をバックに持つ賊どもの派閥だの、テラフォーミング後最初期――もう一千年以上前の話らしい――に植民して土着化した現地勢力だの、各派閥が投入した後に定着した生物兵器や制御を失った自律機械兵器だの、散布された遺伝子変異兵器がその後、種として定着した変異生物だの、無法地帯だからとどこぞの企業や個人が好き放題にゲノムを弄り回した挙げ句に放置された人工種族だの……まぁとにかく入植者の命を危険に晒す存在には事欠かないらしい。武器は絶対に必要だ。


「他には当然食料も要るし、医療物資も用意したほうが良いか」


 俺は内臓もかなりの割合で義体化してしまっているが、一応消化器系は生きている。メシは俺の唯一と言っても良い楽しみだ。できるだけ味が良くて、長期間保存可能な食料を持ち込む必要がある。

 もっとも、十年以上前にプラズマグレネードを食らった時に顎も焼け落ちてしまったんで、そこら辺も全部義体なんだがな。まぁ、普通に味覚は感じられるし、問題はない。

 実のところ、俺の首から上で義体でない部分は殆ど脳味噌だけだ。その脳味噌もプラズマ爆風のお陰ででほぼボイルされかかって死にかけた、というかほぼ死んだ。

 それでも今の俺は生きている。俺が生き残った理由っつうのにもまた色々と難儀というか奇天烈な事情があるんだが、その話は今はおいておこう。

 で、俺の身体はほぼ義体化されているわけだから、普通の医療物資の類は使わない。というか使えない。ただ、例の惑星では何が起こるかわからんからな。俺が使わなくても、向こうで出会った誰かに使うことがあるかもしれないし、そもそもああいった戦場というかそれに近い場所では医療物資というのはいくらでも買い手がつくものだ。

 当然医療物資とは別に義体化している俺自身のメンテナンス資材や機材は十分に持ち込む。メンテ不足で動けなくなったらもう死んだも同然だからな。

 他にも通信機器の類やいざという時のためのテクノロジーデータアーカイブなども用意しておく。何らかの要因で持ち込んだ機材や資材が使えなくなったとか、喪失したとか、そういった時のために最悪一からでも最低限の設備や機材を作り出せるようにしておくわけだ。これには持ち込む機材の修理方法なんかも全部入っているから、ある意味では何よりも重要なものだったりする。


「……こんなもんか?」


 一応、リストにあるものは全て揃えた。娯楽用のホロムービーデータだとかそういったものも可能な限り集めた。なんだかんだで重要なものだからな、娯楽ってのは。酒やドラッグも娯楽の一種になるが、酒もドラッグも飲んだりキメたりすれば無くなってしまうものだし、何より大量に用意するとなると嵩張るし、値も張る。そういう点で考えると、データスティック一つに大量に入る娯楽用データというのは大変に効率の良い娯楽アイテムだ。あと、俺には殆ど意味がないんだよな、それらの類。毒物判定されて強化臓器がすぐに無効化しちまうから。一瞬だけキマるけど。

 ちなみに、リストというのは『辺境世界における生き残り方とその準備』という治安が悪めの辺境惑星で、立派なコロニーを築いた成功者達の体験談を元に作られた入植初心者向けのガイドブックに載っていたリストだ。このリストは彼等がコロニーの建築、運営中に「あれが最初にあれば苦労しなかったのに!」と心の底から思った物のリストも載っていて、そのリストも版を重ねる毎にどんどん改良、最適化されてきた。ちなみに今は第14版である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る