#007 「こ、細かいですねぇ……!?」

「えーっとぉ……農場?」


 キャラバンの代表らしき背も乳も頭に生えている巻き角もでかい女が辺りを見渡して首を傾げる。


「農場(予定)だ。昨日ここに到着したばかりでな。ここを農場にするべく鋭意努力中といったところなんだ」

「……前哨基地とか要塞の間違いじゃないのか」

「農場(予定)だ」


 古風な実弾銃――弾倉は抜かれている――を担いだ小柄な触角女が胡乱なものを見るような目で辺りを見回しながらとんでもないことを呟いたので、即座に否定しておく。

 誰がなんと言おうとここは農場。グレン農場だ。ジェネレーターが設置されている建屋の屋根に複数のレーザータレットが設置されていたり、軽量級、中量級の戦闘ボットが彼等――彼女達を包囲していたりするが、ここは農場だ。所有者の俺がそう主張する以上は間違いなく農場だ。いいね?


「それで、取引を希望しているということだが、どんなものを扱っているんだ?」


 こいつらが行商のキャラバンだと判明したのは、プレハブに隠れているエーリカを通して限定的にだが奴らの情報を得たからだ。まぁ、見た目にもわかりやすい連中ではあったんだが。


「私達は何か特定のものを扱っているわけではなくてぇ、色々なものを満遍なく取り扱ってますよぉ。これが目録ですぅ」

「おぉぅ……今の時代に植物繊維の紙かよ……」


 植物資源が豊富な惑星上の文化に困惑を隠せない。紙なんて記録媒体は宇宙じゃもう殆ど使われていないからな、見た目より重いし嵩張るし、記録できる情報量が少な過ぎるとかなんとか。

 目録に目を通してみると、上から順に食料、衣類に使えそうな布地など、機械修理や作成に使えそうな電子部品その他のコンポーネント類、酒を含むドラッグや医薬品類、金属資源になるスクラップや比較的希少な資源類、武器、弾薬類、衣類やアーマー類、娯楽用の本や稼働可能なちょっとした機械類など、確かに雑多なものを扱っているようではあった。


「ふーむ……あまり興味を引くものは……ああいや、衣類を見せてもらえるか? 女物の。あと武器やアーマーも見せてくれ」

「はぁい。他にも色々広げますねぇ。みんなー、商いだよぉ」

「「「はぁい」」」


 リーダーの女の号令で彼女と同じく背も胸も頭に生えている巻き角もデカい女達が背負っていた荷物を地面に下ろし、敷物を敷いて荷物を広げ始める。その様子を眺めながら俺は構成器を装備した作業用ボットに指示を出し、同時にプレハブの中に避難しているエリーカ――の側に配置している軽量型戦闘ボットに通信を繋げた。


『エリーカ、とりあえずは安全そうな連中だ。こっちに来てくれ、お前の服を見繕う』

『……はい、グレンさん。今行きます』


 返事に間があったのはいきなり俺の声がしてびっくりしたからだろうな。軽量級の戦闘ボットを一体エリーカに張り付けておくのは今のところ有効だが、もう少し簡単に通信をやり取りできるように何か考えたほうが良いな。短距離用の無線機でも作るか。


「……あれは何をしているんだ?」

「お前達みたいなキャラバンが立ち寄った時に休憩できる場所を作らせている」

「……なるほど?」


 作業用ボットが構成器を用いて有り余っているケイ素系素材でスツールとテーブルを作っていくのを眺めながら、昨日ぶち転がしたクソ野郎共から得た戦利品を運搬作業用ボットに持ってこさせる。ついでにこいつらとの取引に使えそうな医療物資を少々と、精製水を詰めたバイオマスプラスチック製のボトルも持ってこさせる。この水入りのボトルは昨日のエリーカの反応を見て手隙の作業用ボットにコツコツと作らせていたものだ。


「グレンさん」

「ああ、エリーカ。今、連中が商品を用意してくれている。身体に合いそうなものを適当に見繕っておけ。他に欲しいものがあれば遠慮なく言ってみろ。購入を検討する」


 軽量型戦闘ボットを連れて取引現場に現れたエリーカにそう言って衣服を見繕わせに行かせておく。俺が見てもわかるのはサイズ感くらいだからな。


「彼女は? 随分刺激的な格好だけど」


 シャツの裾を翻し、白く眩しい太ももと妖しげに光る外肢を惜しげもなく晒しながら歩いていくエリーカを横目で見ながら、小柄な触角女が質問を口にする。


「色々あって到着して早々に保護することになったのさ。これ以上は本人から聞くんだな」

「ふーん。まぁ良いけどね」


 タダで情報をくれてやる理由もないので、適当にあしらっておく。そうしている間に運搬作業ボットが物々交換用の物資を持ってきた。クソ野郎どもが使っていた粗悪な武器とその弾薬、エリーカが保存食だと言っていた謎のぐんにゃりとした物体などだ。


「おやおや、これはぁ?」

「昨日手に入れた新鮮な『戦利品』とうちの特産品だな。戦利品の方は買い叩いても構わんぞ。特産品の方は一本……いや、二本だけサンプルをやる」


 そう言って俺は運搬作業ボットが運んできたバイオマスプラスチック製のボトルをキャラバンのリーダーらしき角デカ女と護衛のリーダーらしき触角チビ女に一本ずつ進呈した。


「あらぁ、これはどうもぉ。うーん……これは清潔なお水ですねぇ」

「病原体や汚染物質は一切なし。傷口の洗浄に使えるくらい清潔な水だ。補給したいなら承るぞ。お値打ち価格でな」

「これは魅力的ぃ……こちらとしては安全な補給地点が増えるのは大歓迎なんですよねぇ」


 封を開けたボトルを片手に何か考えているらしい角デカ女の横で、触覚チビ女がしきりに触角を動かしながらチビチビとボトルの水を飲んでいる。多分だが、水に妙なものが入っていないか警戒しているのだろう。そりゃそうだな。俺が逆の立場でもいきなり出された水をがぶ飲みしたりはしない。もっとも、俺に薬品の類は殆ど効果はないのだが。


「それでええとぉ? 水以外には何かの干し肉、ペミカン、あんまり品質の良くない散弾銃、設計の古いサブマシンガン、弾薬が少々ですねぇ。あ、タラーもあるんですねぇ。それとこれはぁ?」


 タラーというのはあのクソ野郎どもが持っていた薄汚い金属片のことだ。あれは精錬された銀で、この惑星において一般的な通貨として流通しているものであるらしい。エネルギー通貨であるエネルが一般的に使用されているこの時代に銀本位制とはなぁ……正直、この惑星に来てから一番度肝を抜かれたね。逆にエネルが使えないって言うんだぜ? 何の冗談だよ。


「外から持ってきた医薬品だ。それは標準医療支援キットだな。外傷治療キットと複合抗生剤が入っている」

「あらぁ……これってもしかして、切り傷や打撲がすぐに治っちゃうジェルとかが入ってるやつですかぁ?」

「そうだな。効果に関してはエリーカを見ると良い。昨日は本当にボロボロだったんだぞ、あれでも」


 俺の視線の先で真剣な表情で服を選んでいるエリーカのあちこちにあった酷い打撲の痕などは、殆ど目立たないくらいに綺麗に治っている。外傷治療用のジェルが効いたのもあるのだろうが、彼女自身の体質も影響している可能性があるな。いくらなんでも効きが良すぎる。


「お水はどれくらい用意できるんですかぁ?」

「一リットル入っているボトルなら一ダース入りの箱が三十箱だ。そっちの持ってる容器に補充するならボトル分は値引きしてやる」

「ボトルの耐久性は?」

「手元にあるだろ? 好きなだけ試せ」


 そう言って肩を竦めてみせる。自分で試してみてボトルの耐久性が気に入らないなら買わなければ良い。


「てんちょー、広げ終わりましたよぉ」

「はぁーい、ではお客様ぁ、当店の品揃えをお楽しみくださぁい」


 まだ水が半分ほど入っているボトルを握りしめたり、叩いたり、地面に置いて踏みつけてみたりしている触角チビ女をその場に置いて角デカ女の後をついていくと、恐らく目録通りであろう品が敷物の上に広がっていた。なるほど、こうして見るとなかなか壮観だな。


「ご希望の武器類はこのへんでーす」

「なるほど……」


 角デカ女の指し示す場所を見ると、確かにそこには武器らしきものが陳列されていた。古式ゆかしい実弾銃は良い、辛うじてまだわかる。しかしアレだ。流石に金属のスパイクが付いた木製の棍棒だとか、石製のヘッドを持つ棍棒だとか、弓矢らしきものだとかは何の冗談だ? 弓矢? 対人レーザー兵器が全盛のこの時代に弓矢? 嘘だろう?


「あー、その弓矢は腕の良い職人が作ったものですよぉ、オススメですぅ」

「いや、弓矢はいらん……こんなもの、使えるのか?」

「えー? 刺さったら凄く痛いですし、当たりどころが悪ければ死にますよぉ? 毒とかも塗れるしぃ、静かだしぃ」

「なるほど……」


 確かに火薬で金属の弾丸を飛ばす実弾銃は音がやかましいな。そう考えると、弓矢というのは隠密性の面で優れるところがあるのかもしれん。俺には静かで威力も抜群の光学兵器があるから要らんが。


「だが要らんな。他のものを見せてもらうぞ」

「どうぞぉ」


 金属の刃を持つ剣や槍、斧なんてものまであるな……俺なら近接戦闘は素手で十分だから要らんなぁ。あればあったで間合いが広がる分便利なのかもしれんが、慣れない武器を使ってもなぁ。大型の刃物は刃筋を立てないと上手く斬れないし、すぐに曲がったり折れたりする。俺の場合はまださっき見た棍棒の方がマシかもしれんな。


「銃はいりませんかぁ? サービスで弾もいくらかつけますよぉ?」

「どれも使ったことがないものばかりではな。オススメはあるのか?」

「お兄さんの体格ならこの軽機関銃とかオススメですよぉ」

「……弾を馬鹿食いしそうなモノを勧めてないか?」

「えへへぇ」


 角デカ女が誤魔化すようににへらっとした笑みを浮かべる。なかなか良い性格をしているな、こいつ。油断ならんやつだ。実弾銃なんてロクに使ったことも無いが、そんな俺でも弾を馬鹿食いするということは銃身や機関部の劣化も激しくなるということはわかる。


「あの、グレンさん」


 角デカ女の勧める武器を次々に却下していると、何か一抱えほどもある固くて重そうなものを持ったエリーカが申し訳無さそうな顔をして現れた。何か欲しいものを見つけたのだろうが……なんだ、それは。


「あの、お砂糖が欲しくてですね……この壺一つで50タラーもするんですけど」


 そう言ってエリーカが重そうなもの――壺という土を焼いて作った器らしい――の蓋を開けると、そこには茶褐色の塊がみっしりと詰まっていた。


「原始的な未精製糖か……そういえば、生の食材を使った料理にはそういった調味料が色々と必要なんだったか」


 糖分は構成機で分解した植物の成分から合成することも可能だが……折角エリーカが勇気を出して俺にねだったものだ。購入してやるか。50タラーと言われてもピンとこないが。

 あん? 甘いだと? 俺は拾った命は可能な限り面倒を見てやるタイプなんだよ。何せガキの頃は俺がそうやって生かされてきたからな。


「その他にも料理に使う調味料の類があるなら、塩以外は全部必要なだけ買っておけ。あとお前の服もちゃんと買っておけよ。服以外でも良い。欲しいものがあったら揃えておけ。次にいつ買い物できるかわからんぞ」

「……はい、ありがとうございます」


 エリーカはそう言って微笑み、未精製の砂糖が入った壺を大事そうに抱えていった。


「お兄さん、見た目の厳つさに反して優しいんですねぇ」

「そりゃ褒めてんのか? 貶してんのか?」

「褒めてるんですよぉ」


 角デカ女がそう言ってニマニマと胡散臭い笑みを向けてくる。お前、そんなことを言っているがどうせ商品が沢山売れそうで嬉しいだけなんだろう? 俺にはわかるぞ。


「で、結局精製水のボトルはいくらで買うんだ?」

「そうですねぇ……ボトル入りの水を二本で5タラーでどうですかぁ?」

「それが適正価格だと思うならそれでいい。さっき話した通り、俺はこの星に来たばかりの新入りなんでな。相場なんぞわからん。尤も、この後お前さん達以外にもキャラバンが来た時にも同じように売るがな」

「勿論良いですよぉ、そうしてくださぁい。うちはいつでも適正価格、正直な商売を心がけてますからねぇ」


 胡散臭ぇなぁ。本当かよ――と内心では思いつつも、角デカ女の言い値でボトル入りの水を売ることにした。この女はさっき『安全な補給地点が増えるのは大歓迎』と言っていたからな。長期的な取引を考えるなら、阿漕な真似はしない筈だ。

 俺が暴力で奴らの荷を奪ったりしないのも同じ理由である。この場所に居を構えると決めた以上、長期的に考えれば地元のトレーダーと敵対するのはマイナスでしかない。こういった連中を敵に回して周囲のコミュニティから孤立すると、最終的にはこちらが干上がって詰みかねないからな。

 なに、もし騙されて安値で買い叩かれているとしても、精製水入りのボトルは実質的に元手はタダみたいなもんだ。それがカネに変わるなら儲けものだろう。

 最終的に二本で5タラーの水が一ダース入っている箱が三十個売れたので、それだけで900タラーの儲けが出た。その他に連中の水容器に水を補給――凡そ135リットル程度――して300タラー、治療キットが五個で300タラーで売れた。

 それに対してこちらが買ったものが未精製の砂糖一壺で50タラー、その他調味料などで50タラー、エリーカの衣類が布地や裁縫用の糸など全部合わせて40タラー。それとエリーカ用に俺が買った実弾ライフルが一丁と、ライフル用の弾薬を五箱。これが160タラー。差し引き1200タラーの儲けと、クソ野郎どもから得た戦利品との物々交換で幾分『まとも』なこの星の保存食をいくらか手に入れた。


「あぁーん、商売に来たのに手持ちがすっからかんですぅ。もう少し何か買って下さいよぉ」

「うちで買い付けたモノを他所で高く売り捌くんだろ。次はもっと俺の興味を惹きそうなものを持ってくるんだな」


 角デカ女の泣き言をスルーしつつ、ジャラジャラとケイ素製のテーブルの上に積み上がっている不揃いで、くすんだタラー銀貨をチェックする。一応贋金は混じっていないようだが、やたらと磨り減っている硬貨が多いな。あまりにも目方の違うものは弾いて摩耗の少ないタラーを要求しよう。


「こ、細かいですねぇ……!?」

「俺はモノの重さに敏感でね」


 八割以上義体化している俺の感覚器を舐めるなよ。

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