#008 「いや死なんが」

 取引があらかた終わり、野営地するためのスペースを貸すための契約――連中、ここで一晩休んでから出ていくつもりらしい――を終えた俺は買い揃えた物資を検分していた。

 エリーカの買った砂糖や調味料、服などに関しては特に言うこともない。そもそも検分するだけの知見も無いしな。ただ、塩に関しては構成器を使っていくらでも精製できるということをエリーカに伝えておいた。


「これが精製塩だ」

「真っ白で雑味の無いお塩ですね……あの、これも売れると思いますよ?」

「精製塩がか? こんなもの構成器があればいくらでも作れると思うんだが……」

「確かにこういった塩をいくらでも作れるという勢力はいくつかありますけど、ここでも作れるというのならここから買っていく人もいると思います」

「なるほど」


 塩という物質が生存するのに必須である生物というのはそれなりにいる。所謂人類に分類される人族の過半数はそうだし、人類ベースの変異種の大半もそうだ。無論、そうでない連中もいるが。


「それじゃあ一キログラム入りの袋をいくつか作って後で奴らのところに持っていってみるか」

「そうしてみると良いと思います。そうすれば、あちらも無駄な荷をこのグレン農場に持ってくる必要が無いと判断できるでしょうし」


 カップに注いだ水を一口飲んだエリーカがプレハブに設置されている冷蔵庫から皿に山盛りになったノイチゴとやらを持ってきた。どうぞ、と差し出してきたので、思った以上に柔らかい赤いつぶつぶの集合体を慎重に摘み、口に運ぶ。


「そうだな……このノイチゴとやら、酸っぱいな」

「そうですね。でも身体に良いですし、ちょっとだけ甘いですよね」

「そうだな、少しは甘いな。食べ慣れないが、この味は嫌いじゃない」


 やたらと柔らかく、それでいてつぶつぶ感があり、酸っぱくて少しだけ甘い。そういえば、昔こんな清涼感のあるフレーバーのジュースを飲んだことがある気がする。残念ながら、詳しくは覚えていないが。


「お砂糖を買ってもらったので、明日はもっとたくさん採ってきてジャムを作りますね」

「ジャム?」

「はい。野イチゴに砂糖を加えて、じっくり煮込むととっても美味しいジャムができるんです。パンやクラッカーにつけて食べると良いですよ」

「なるほど」


 そう言いながらいくつかのキイチゴを同時に口の中に放り込み、もぐもぐと咀嚼する。確かにこの味に砂糖を加えれば食べやすくはなりそうだが、熱も加えるとなるとつぶつぶとした食感が失われて、このなんともいえない清涼感が失われたりしないのだろうか? だが、生鮮食料の扱いに関しては俺よりもエリーカの方が遥かに詳しいだろうからな。エリーカが美味くなるというのなら、きっとそうなのだろう。そのジャムとやらの出来上がりを楽しみにするとしようか。


 ☆★☆


 エリーカが手に入れた衣服を問題なく着られるように調整作業をすると言うので、エリーカ用にと買ったライフルとその銃弾を一箱持って、プレハブの外に設置しているケイ素製のテーブルで分解整備作業をすることにした。

 幸い、このタイプの実弾銃の設計図や整備マニュアルは俺の持ち込んだテクノロジーデータアーカイブの中にあったので、作業自体は問題なくできそうだ。数ある武器の中からこの銃を選んだのも、性能や扱い方に見当がついたからだったりする。

 マニュアルに従ってライフルを分解し、パーツの磨耗具合などを確かめていると触角チビ女が近寄ってきた。


「何か用か?」

「銃の取り扱いを教えてやろうと思って来たんだが……わかってるみたいだね」

「あまり扱ったことはないが、多少はな」


 テクノロジーデータアーカイブのことを素直に話してやる必要はないので、適当にあしらいながら分解したパーツを元に戻し、ライフルを再び使える状態にする。銃の精度などに関しては実際に撃ってみないとわからないところもあるが、一応銃身の歪みや摩耗が一番少ないものを選んだので、少なくとも大外れということはないだろう。


「なぁ、あんたは宇宙から来たんだよな?」

「ああ」

「どうしてこんな星にわざわざ降りてきたんだ?」

「農園を作ってるだろ」


 適当に返事をしながら装弾用のクリップに箱から出した弾薬を五発装填し、実際にライフルに弾丸を込めてみる。そして連続でボルトを引き、問題なく銃弾が排莢されることを確認する。とりあえずいきなり排莢不良を起こしたりすることは無さそうだな。もっとも、この形式の実弾銃は基本的に信頼性が高い筈なので、そこまで心配はいらないと思うが。


「そりゃわかるけど、どうしてわざわざ農園を? って話だ」

「それをお前に話す理由はない。どうしても聞きたいなら、まずは俺の興味を引きそうな話をしてみせろ。情報だってタダじゃない。常識だろう?」

「ぐむっ……それはそうだけど、ちょっとした興味本位での世間話だろ?」

「どうだかな」


 他人の行動の動機を探るのが『ちょっとした興味本位での世間話』だとは俺には思えんがな。相手の行動を動機を知るということは、つまり行動原理の一部を知るということだ。上手くすれば相手の行動を誘導できる強力な情報となりうるということである。こういった重要な情報を『世間話』としてボロボロとこぼすような奴は長生きできないものだ。


「先にお前達の種族のことを教えろ。そうしたらそっちの質問に一つ答えてやる。なんでもとはいかんが、話せることならな」

「私達のこと? そうか、あんたはこの星に来たばかりだから私達のことや、この星のことをよく知らないわけだな。なるほど」


 ほらな、下手に話すとこうして弱みを晒すことになる。まぁ、そうすることで得られる信頼ってものも無くはないんだがな。


「それじゃあ私達のことを話してやろう。私達はフォルミカンっていうんだ。一応人類ベースの種族ではあるんだけど、生態はかなり違う。私達はコロニーで生まれて、成人するまでコロニーで働く。そして成人した個体がある程度増えると小さな群れを作り、新天地を求めて旅に出るんだ。私達はそんな集団のうちの一つなのさ。全員が同世代の姉妹なんだよ」


 そう言って触角チビ女はしきりに頭の上の触角を動かしながら、自慢げに胸を逸らす。薄い胸を張っても迫力も何も無いが。


「……何か今失礼なことを考えなかったか?」

「いいや」


 薄い胸にコンプレックスを抱いている連中なのかもしれない。態度に気をつけることにしよう。


「ふん、まぁいいや。それで元の群れを離れた小集団は定住できる土地を見つけたらそこにコロニーを築いて、またそこで繁殖するってわけ。私達は人類ベースの種族だから、同じ人類ベースの種族の雄から種を貰えば繁殖できるんだ。生まれるのは私達の種族になるけどね」

「なるほど」


 けったいな生態だな。それでよく絶滅しないものだと思う。同じ種族内にほぼ雌性体しか生まれない種族というのは人類ベースの変異種族では割と聞く話ではあるんだが。

 なんでも『増えすぎない』ようにそうデザインされているらしい。自分達に都合の良いように人類をこねくり回す連中の考えることはよくわからんな。八割方義体化してまで生きている俺が言うのも我ながらどうかと思うが。


「私達は生来の労働者で、戦士だ。こう見えて力は強いし、感覚器だって通常の人類に比べるとずっと鋭い。姉妹同士での連携も抜群だ。パートナーとしてお買い得だぞ?」

「売り込みか? こんな駆け出しのプレハブ一つしか無い農場に? 何を――」


 企んでる? と言いかけたところで周辺警戒用のセンサーが多数の反応を捉えた。北側から十三人、東側から十八人。この農場を半包囲するように近づいてきている――んだが。


「どうしたんだ?」

「センサーがこの農場に接近する複数の人影を捉えた。恐らく敵襲――だと思うんだが」

「なんだって!?」


 俺の言葉を聞いた触角チビ女――そういえば名前を聞いていない――が席を立って色めき立つ。この農場に滞在して一夜を明かす対価として、もし滞在中に敵対的な勢力による攻撃を受けた場合、彼女達は防衛に協力するという契約になっているのだ。


「それなら早く防衛体制を敷かないといけないだろう。何をそんなにのんびりとしているんだ」

「いや、奴らが来るまではまだだいぶ時間があるから大丈夫だ。しかし持っている武器なんだがな。棍棒や槍、弓矢で武装していて、ロクに防具も装備していないというか……むしろまともな服すら着ていないというか……」

「げっ、そりゃもしかしてプレデターズじゃないか? どれくらいいるんだ?」

「北側から十三、東側から十八だ。一体何なんだ? こいつらは。こんな装備で何をするつもりだ」

「放浪型の人食い連中だよ。簡単な道具を使うし、ある程度知恵が回るけど、話は全く通じない。ある種の生物兵器だって噂もあるけど、真偽は誰も知らない。調べようとして近づいた連中は皆奴らの腹に収まったり、奴らの服になったりしてる」

「マジかよ……」


 死体を『有効活用』するにしてもそこまで直接的なのは今日びそうそう見ないぞ。いや、宙賊連中はある意味でそれ以上に人間を『有効活用』したりするが……死体にする前にな。


「なんだってそんな連中が……駆逐が進んでないのは何故だ?」

「奴ら、男ばかりだろう? 人類ベースの種族の女を拐って滅茶苦茶早く繁殖するんだ。ここは今あんたを除いたら女しかいない。もし負けたら奴らの格好の繁殖場になるだろうな」

「驚きの生態だな……お前らもそうだが、この星にはそういう極端な繁殖形態を持つ人類ベースの種族ばかりなのか?」

「私達とあいつらを一緒にするな! 流石にそれは酷い侮辱だぞ!?」

「わかった、わかった。発言は撤回する。すまなかった」


 腕を振り上げて怒る触角チビ女にそう言って謝罪しておく。確かに少々配慮が足りなかったかもしれん。だが、繁殖に他種族の異性を必要として、それで増えるというのは殆ど同じだと思うんだが……まぁいい。こいつらや角デカ女どもはともかく、エリーカをそんな目に遭わせるわけにはいかん。話も通じないというなら戦う他あるまい。


 ☆★☆


「聞こえるか? 間もなく連中がそちらの射程に入る」

『聞こえてる。しかし本当に大丈夫なのか? そっちのほうが数が少ないとはいえ、一人で戦うなんていくらなんでも無茶だろう。それに、戦闘機械人形もこっちに回してしまって』

「大丈夫だ、問題ない」


 スピカ――触角チビ女の名前だ――曰く、奴らは普通の人間に比べてだいぶ痛みに強く、頑丈だという話なのだが、スピカに聞いた奴らの身体スペックは精々戦闘用ドラッグで興奮状態にある生身の人間程度のものだ。棍棒だの槍だのナイフだの弓矢だので武装しているとしても、俺を殺すには少々力不足と言わざるをえんな。


「エリーカ。お前はプレハブから出てくるんじゃないぞ」

『グレンさん……私も戦えます』

「いつかはそうしてもらうかもしれんが、それは今じゃない。大人しくしていろ。いいな?」

『……はい』


 若干不満げな声音だが、エリーカは素直で聞き分けの良い女だ。返事をした以上、早まった真似はしないだろう。


「来たな」


 北側の岩陰からぞろぞろと連中が姿を表し始める。ふむ、タレットの射程を活かすためにももう少し周辺の見通しを良くしたほうが良いな。木々と岩石の採掘は続けさせたほうが良さそうだ。


「ナニカイルゾ!」

「メスジャナイ! コロセ!」


 俺の姿を視認した連中が俺のことを指さして何か騒ぎ立てている。一応翻訳インプラントが仕事をしているが、ひっでぇなオイ。もう少しこう、理性とか知性とか感じさせる言葉を吐いてくれんか?


「コロセ!」

「シネ!」

「いや死なんが」


 飛んできた矢を手で払い除け、叩き落とし、打ち砕きながら奴らへと向かって歩を進める。やはり矢は遅いな。遅すぎる。流石に数十本、数百本が同時に飛んできたら困るが、散発的にぴゅんぴゅん飛んでくる程度では全く脅威にならん。

 遠くからパパパパッと発砲音が聞こえ始めた。向こうも戦闘を開始したらしい。


「シネェェ!」


 槍を持って先頭を駆けてきた奴がそのままの勢いで槍を投げつけてきたので、キャッチして投げ返してやった。ドパンッ! と空気を突き破るような音を立てて飛んでいった粗雑な槍は、槍を投げつけてきた男を貫通し、その後ろを走っていた男の胸に突き刺さって後ろに吹っ飛ばした。

 そんな光景に奴らが思わず目を奪われ、動きを止めたその瞬間に地を蹴り、一気に連中との間合いを詰める。蹴り足の衝撃で地面が吹っ飛んでるな……あとで作業用ボットに穴を埋めさせなければ。


「ふんっ!」


 集団に飛び込み、手近な間抜け面のど真ん中に拳を叩きこむ。


「ギョパッ!?」


 俺の拳は用意に対象の顔面を破壊し、水っぽい音を立てて首から上を吹き飛ばした。完全に振り切らずに『中程』で拳を引くのが無駄に拳やら腕やらを汚さないコツだ。振り切ると腕に肉片とか血とかが盛大についてばっちいんだよ。


「コ、コロッ!?」

「うるせぇよ」


 顔面に、胸骨のど真ん中に、延髄に、次々と拳や手刀を叩き込んでいく。人類ベースの生命体なのであれば頭蓋骨ごと脳を破壊されれば死を免れないし、胸骨ごと心臓を圧壊させられても同様に死を免れない。延髄を中枢神経ごと破壊された場合は最低でも行動不能だ。ほぼ死ぬが。

 そして、俺の義肢が発揮する膂力と強化された拳はそれをいとも簡単にやってのける。


「アバッ!?」

「グゲッ!?」

「ゴェァッ!?」


 無言で淡々と拳と手刀を振るい、時には蹴りを放って情けも容赦もなく連中を破壊していく。一度殺すと決めたならそれをやり遂げる。


「ヒッ……!?」


 前衛が全滅したのを目の当たりにした弓矢持ち達が恐れをなして逃げ出し始めたので、その背中に一発づつ飛び蹴りをかまして前のめりに転倒させ、その後頭部を踏み抜いていく。

 飛び蹴り、踏み抜き。飛び蹴り、踏み抜き。飛び蹴り、踏み抜き。こうして面倒な作業をしているとやはりレーザーガンくらい持ってくるべきだったかと考えてしまうが、今回は俺のフィジカルを見せつけるのが目的だからな。少々面倒だが。

 さて、発砲音も収まっているな。あちらも終わったようだ。ああ、死体の処理と、一応戦利品の収集をやっておかないとな。買い取り拒否されそうなものばかりのようにも思えるが。

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