#009 「俺にも選ぶ権利があるとは思わないか?」

「……これ、どうやって殺したんだ?」

「拳と手刀と蹴りで」

「……えぇ?」


 一箇所に集めて戦利品を漁るべく作業用ボット達に連中の死体を集めさせたのだが、その集めてきた死体を検分したスピカが俺の答えを聞いてドン引きしていた。狙い通りと言えばそうなのだが、ここまでドン引きされるとは思わなかった。


「素手で戦ったのか? 武器を持ったプレデターズ相手に?」

「ああ」

「弓矢は持ってなかったのか? 投槍は?」

「矢は全て叩き落とした。槍はキャッチして投げ返した」

「飛んできた矢や投槍を? 素手で?」

「ああ。楽勝だったな」


 そう言うと、スピカは珍獣でも見るような目を俺に向けてきた。解せぬ。

 そうしていると、スピカの姉妹達も自分達が仕留めたプレデターズを引きずってきた。全部で十八体だ。一人で二体ずつ引きずってきているわけだが、明らかに自分自身の体重よりも重そうな死体を軽々と引きずってきている。彼女達が膂力に優れるというのは本当のことのようだ。


「あらぁ、これはまた大漁ですねぇ……」


 そうしているうちに角デカ女達も現れた。戦闘が終わったと判断したのだろう。


「この死体置き場を見て大漁と言うのはどうなんだ……?」


 死体なんぞ見慣れている俺からすれば特に気にもならん光景なんだが……スピカもそうだが、この角デカ女も随分とまぁ死体に慣れているようだな。


「これくらいよくあることですよぉ。それにしても……綺麗に仕留めましたねぇ」


 俺が格闘で仕留めたプレデターズとやらを検分しながら角デカ女が感心したような声を上げる。確かにスピカ達が実弾銃で仕留めた連中は銃創でなかなか派手に損傷しているからな。


「素手で仕留めたんだってさ。グレンの旦那が」


 グレンの旦那ね。『あんた』から随分出世したもんだな。


「あらぁ、逞しい。私ぃ、逞しい殿方って好きですよぉ」


 角デカ女がにんまりとした胡散臭い笑みを俺に向けてくる。本気で言っているのかどうかわからんな。こいつは。


「光栄だとでも言っておこうか?」

「んふふ……こんな世の中ですからぁ、取引先がタフなのは大歓迎ですぅ」

「そりゃどうも。で、こいつらの戦利品なんだが……」


 よくわからない生皮の腰巻きだの、粗末な棍棒や弓だのばかりでとても売れそうに無いものばかりだ。雑嚢らしきものにも何かよくわからないものが入っているが……。


「プレデターズから得られる戦利品って特に無いんですよねぇ……生きたまま捕らえて臓器を引っこ抜くようなところはありますけどぉ」

「臓器か……使えるのか?」

「一応は人類ヒューマンレースベースの種族なら適合しないこともないみたいですよぉ? 勿論、適合剤は必須ですけどぉ。でもぉ、適合剤ってこの星じゃ中々手に入りませんからねぇ」


 適合剤というのは臓器の生体移植を行った場合に拒否反応などを完全に無くすナノマシン製剤のことだ。本来はもっと難しくて長ったらしい名前らしいのだが、正式名称で呼ぶような奴はほとんど居ない。


「弾代ばかりかかって特にこれといって戦利品はないし、怪我をしたら大損だし、もし負けたら酷い目に遭うしで本当に良いこと無いんだよ、プレデターズ相手って」

「なるほど」


 そういえば、フォルミカンから生まれる子供は相手が人類ヒューマンレースベースの種族であればフォルミカンになるとスピカが言っていたが、このプレデターズが相手だった場合はどうなるのだろうか。こいつらはこいつらで男しか生まれず、他種族の雌性体を使って殖えるという話だったはずだが……今ここで聞いたら怒られそうだな。疑問は胸のうちにしまい込んでおこう。


「じゃあこいつらはまとめて処分しておくか」


 当然だが、こういった死体を放置しても良いことはなにもない。病原体の温床になるし、肉食の野生動物を引き寄せたりもする。単純に見た目も臭いも良くないしな。


「そっちの死体も同様に処分しておくってことで良いな?」

「うん、そうしてくれると助かるな。焼いたり埋めたりするのも大変だし」


 スピカもそう言うので、死体は全て作業用ボットに処分させることにした。先日のクソ野郎どもも同様に処分している。具体的にはどうしているのかって? そうだな。肥料が増えたよ。まだ畑を作っていないから出番はないがな。


「グレンさん」


 そんな話をしていると、新しい服に身を包んだエリーカもこの場に現れた。そして俺達の前に並んでいる死体を見て顔を強張らせ、なにか祈るような仕草をする。そういやコルディア教会とやらに所属しているんだったか、エリーカは。機会がなくてまだ詳しくは聞いていないが、教会というからには恐らく宗教団体なのだろうな。


「んん? エリーカさん、もしかしてコルディア教会の方ですかぁ?」

「……はい、そうです」

「そうですかぁ……何かお伝えすることとかあればぁ、言って下さいねぇ」

「はい、ありがとうございます」


 どうやら角デカ女はエリーカの僅かな仕草から彼女の所属を看破したらしい。物凄い洞察力だな。


「それじゃあ問題は解決したということで解散だな」


 そう言ってエリーカへの考察を中断させ、この場を解散させようと画策したのだが、スピカから異議が出た。


「えぇ? そりゃないよ旦那。私達の事を話したんだから、次は旦那がこっちの質問を聞いてくれる番のはずだろ?」

「ちゃんと覚えている。有耶無耶にする気はない。フェアじゃないからな」

「えぇー? なんですかそれぇ。私も聞きたいんですけどぉ」

「あの、グレンさん。私も……」


 俺とスピカのやりとりに角デカ女とエリーカまで乗ってきた。それだけでなく、スピカの姉妹達や角デカ女の仲間達までズルいだの私も交ぜろだのと乗っかってくる。お前らやめんか、収集がつかなくなるだろうが。


「わかった。もう今日の作業はここまでにして、お前達の野営の準備を整えたら飯がてら情報交換をしよう。俺もエリーカやお前達に聞きたいことが沢山あるしな」


 情報の取捨選択は必要だが、概ね友好的な情報源が複数いるというなら情報の比較もしやすい。エリーカと角デカ女達とスピカ達、この三者が共に正確性を認めるというなら、情報の確度に関しては比較的信用がおけると判断しても良いだろう。


 ☆★☆


「これ、美味しいですねぇ。もっと分けてくれませんかぁ? 高く買いますよぉ?」


 俺が提供したレーションを口に運びながら、ライラ――キャラバンリーダーの角デカ女――がそう言ったが、俺は首を横に振ってその申し出を断った。


「断る。仕入れの宛が無いからな」


 シャトルを使って買い付けに行くことは不可能ではないが、それをわざわざ開示する必要もない。シャトルには偽装工作をしてあるので、スピカ達もライラ達もその存在には気づいていない筈だ。


「シチューの味はどうだい?」

「悪くないな」


 俺はというと、スピカ達が振る舞ってくれたペミカンシチューとやらを口にしていた。彼女達が手持ちの『安全な』ペミカンを材料に作ってくれたもので、具はこの辺りにもよく生息しているという六本足の野生の草食動物の干し肉と脂、エリーカが採ってきたものとは違う種類のベリーを干したものなどらしい。

 食事を手早く済ませる際にはそのまま喫食するそうだが、こうやって腰を落ち着けて喫食する際にはペミカンを沸かした湯に溶き、穀物粉を焼き締めた堅パンを砕き入れて煮込んでこういったシチューにして食べるのだそうだ。

 ちなみに『安全な』ペミカンというのは原材料がはっきりと分かっているペミカンという意味である。じゃあ安全じゃないペミカンには何が入っているのか? それはわからない、同じように草食動物の肉かもしれないし、臭い肉食獣の肉や、あるいは恒温動物の肉ではなく巨大な昆虫類――実際にこの星にはそんなのが沢山いるらしい――の肉かもしれない。或いは『二本足の羊』かもしれない。何が使われているかわからないから安全ではない、ということなのだそうだ。

 食ったところで何の肉かは俺には多分わからんだろうが、確かに二本足の羊を食うのは御免だな。

 ちなみに、このシチューだがお味の方は言った通り本当に悪くはない。肉や油の旨味がしっかりしているし、ベリーの香りや酸味も意外と馴染んでいる。それに砕き入れて煮込んだ堅パンの効果か見た目よりも食いごたえもある。ただ、毎日これだと早々に飽きるだろうな。


「それでぇ、グレンさんの目的なんですけどぉ」

「……あぁ」

「お嫁さん探しですかぁ。なかなかロマンチックな目標ですねぇ」


 ライラがニヤニヤとした笑みをこちらへと向けてくる。笑わば笑え。俺にとっては切実な願いなんだ。


「グレンさんならすぐに目標を達成できますよ」


 隣に座ってそう言っているエリーカの距離が近い気がする。というか、明確にパーソナルスペースに踏み込んできているように思うのだが。うーむ、吊り橋効果というやつか? 悪い気はしないが、危ういのではないだろうか。


「うふふ……ここが立派で安全な農場になればきっと引く手数多、よりどりみどりですよぉ」

「そうだと良いがな」

「もしそうなったらここでコロニーを作っても良いぞ。旦那と子供を作れば強い子になりそうだし」

「俺にも選ぶ権利があるとは思わないか?」

「どういう意味だ!?」


 スピカが目を吊り上げて怒りを顕にする。スピカ達の能力に不満は一切ないが、どうにも凹凸に乏しいのはなぁ……そういうのが好きな男にはたまらんのだろうが。

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