#010 「サービスですよ、サービスぅ」
昨晩の情報交換でこの惑星における一般常識や、この農場付近の情勢についても有意義な情報が多く得られた。それについてはおいおいまとめてデータアーカイブにでも追加するとして、今日も今日とて農園作りである。
折角タレットや戦闘ボットを配備しているのだから、それらを活かせるように農園周辺の見通しを良くして遮蔽物を排除するのが急務だな。そしてこちらが利用しやすい頑丈な遮蔽物や、バリケードを構築する。ああ、エリーカの個室も作らないとな。いや、いっそ今後人員が増えた場合を想定して宿舎を作るべきか? 作業場や資材の備蓄倉庫も必要だな。ああ、エリーカが料理をするためのキッチンや、料理したものを食べるための食堂も。それにのんびりできる娯楽室も……やることが多いな。
「デリカシーのない旦那。朝からぼーっとして何をしているんだ?」
やるべきことの多さに若干辟易していると、スピカが現れた。頭髪や触角が濡れているところを見ると、俺が昨晩のうちに作業用ボット達に作らせていた――というか作らされた――来客用のシャワーでも浴びてきたのだろう。服装も薄手のシャツ一枚で随分と薄着である。
俺が朝っぱらから『デリカシーのない』などと言われ、来客用のシャワーなんぞを作らされたのは、昨晩の情報交換の際にフォルミカンがプレデターズに襲われ――つまり性的な意味で――た場合、どちらの種族が生まれてくるのかと聞いてしまったのが原因だ。
確かに今思えばデリカシーのない発言だったと思うが、それでも知的好奇心を満たさずにはいられなかったのだ。
ちなみにだが、その答えは『プレデターズが生まれてくる』というものであった。
奴らは
が、産み落とされるプレデターズは母体となった個体の遺伝的特質を一切引き継がない。
奴らの種は単体で母体となる雌性体の腹に根づき、母体から成長に必要なあらゆるものを窃取し、成長して生まれてくるのだという。つまり、奴らは他種族の雌性体をクローン培養槽のように利用して殖えるのだ。生物兵器の一種として作られたのだろうが、作ったやつは根性が捻じ曲がったサイコパスの類だと思う。
「朝から失礼なやつだな、お前は。お前には見えんだろうが、上空のドローンからの映像を元に設備の配置を検討しつつ、作業用ボット達にタスクを割り振っているんだ」
「ふーん」
俺が言っていることが本当かどうか疑っているのだろうが、見ての通り俺は『
「それで、寄って集って俺を糾弾して作らせたシャワーの使い心地はどうだった?」
「久々に水をたっぷりと贅沢に使って身体を洗えて最高だったね。作らせておいてなんだけど、良かったの?」
「給水塔はいずれ必要になっただろうからな。もののついでた。そのうちボイラーもつけて温水を出せるようにしなきゃならんのは面倒だがな」
デリカシーに欠けた質問をしてやいのやいのと言われた挙げ句に作ったのは確かだが、畑を作って農業を始めれば農業用水として大量の水が必要になるのはわかりきっていることでもある。そのためのインフラを先んじて作ったと思えばなんということもない。
ついでに言えば、いくらなんでも大気中の水分を集めて大量に水を精製する技術があるとは言え、作り出せる水の量にも限界というものがある。なので、地下水を汲み上げるポンプなどもいずれ必要になるだろう。
「それに、あれを使う権利があるのはうちで商いと補給をした連中に限るってルールだ。お前らはルールを満たしてる。好きに使え」
「あんまり太っ腹に振る舞ってると足元を見られますよぉ?」
シャワー上がりのスピカと話していると、ライラも現れた。こちらも髪の毛がまだ湿っていて、薄着のままである。薄っぺらい布地をこれでもかと押し上げている双丘が凄いな。圧力を感じる。でかい。
「スピカもだが、そんな薄着でウロウロするものじゃないぞ」
「サービスですよ、サービスぅ。冷たいですけど、シャワーを使わせてもらいましたからねぇ」
そう言ってライラが豊かな双丘をアピールするように腕を組み、ふるふると……いや、ぶるんぶるんと揺らす。その横でスピカが自分の平坦な胸を見下ろしているのが印象的だな。
「そりゃどうも。で、すぐに出るのか?」
「そうですねぇ、日が高くなる前にできるだけ距離を稼ぎたいですしぃ。久々にゆっくりと寝られたから、みんなも元気いっぱいですよぉ。あ、それとぉ……」
ライラが声のボリュームを落とし、そそくさと俺に近づいて耳打ちをしてきた。
「お塩なんですけどぉ、本当に広めちゃって良いんですかぁ……?」
「構わん。それでここを襲いに来る連中が増えるなら全て撃退して戦利品を頂くだけの話だ。ああ、捕虜に取って交渉をするというのもアリなんだったか? 面倒だからあまりやりたくないが」
昨日の情報交換の際にエリーカと話していた塩の取引についても話をしたのだが、塩に関してはこの農場で売るほどに手に入るという情報を広めるのはかなりリスクが高いと言われてしまった。
どのように塩を手に入れているのか、在庫はどの程度あるのかという情報までは開示しなかったが、売るほど塩がある、或いは売るほど塩を得られる何かがあるという情報が周辺に広まると、それだけで略奪者や塩を欲しがっている周辺のコミュニティから狙われる恐れがあるというのだ。
「自信たっぷりですねぇ……」
「俺が経験してきた地獄みたいな戦場に比べりゃこの惑星のそこらの弱小コミュニティとの紛争なんぞお遊戯みたいなもんだ。軽く撫でてやるさ」
「だといいですけどぉ……もし私が流した情報で酷い目に遭ってもぉ、恨まないで下さいよぉ? 私、警告しましたからねぇ?」
「それはその時にならんと約束できんな。だが、次に来る時にはタラーをたっぷり持って来い。きっと山程戦利品を引き取ってもらうことになるだろうからな」
俺がそう言うと、ライラは心配げな表情を引っ込め、にんまりと笑った。
「ふふ……その時は、本当にグレンさんに惚れちゃうかもしれませんねぇ。昨日も言いましたけどぉ、私、逞しい殿方が好みなのでぇ」
「あ、私も。私も強い男が好きだぞ」
そう言ってスピカも手を挙げ、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。どこまで本気かわからんな。こいつらの言うことは。
☆★☆
簡単に朝食を摂り終えた後、ライラとスピカ達は荷物をまとめてグレン農場から西へと去っていった。なんでもここから西へ三日ほど歩くとそこそこの広さの湖があるそうで、その畔にあるという集落を目指すらしい。
「行ってしまいましたね」
ライラのキャラバンを見送った後、エリーカが少し寂しそうな声でそう言った。
「そうだな」
新たに来客が来るまでまた二人きりだ。これで農場の整備に精が出せるというものだな。
「鍋などの調理器具や加熱調理器については作らせておく。採集に行くならあまり遠くにはいかないようにな」
「はい、グレンさん」
そう言って頷くエリーカは新しい服に各種装備を装着した完全装備だ。いや、完全装備と言っても身につけているのは俺が作ってやったカバンとライラから買ったライフル。それとコンバットナイフにライフルの弾薬が入ったポーチだけなのだが。
「周辺の警戒は常にしているから滅多なことはないと思うが、危険を感じたら迷わず撃て。そうすれば時間を稼げる可能性が高まるし、時間を稼げば俺が必ず助けに行く。良いな?」
「はい、グレンさん」
エリーカは俺の顔をしっかりと見て素直に頷く。態度通りに素直に対応してくれると助かるんだが、どうかな。
「それと、何か俺に伝えたいことがあれば護衛につけている軽量戦闘ボットに伝えろ」
「はい。ポチちゃんにちゃんと言いますね」
「ポチちゃん……」
四足型の軽量戦闘ボットは確かに四足歩行生物――それもイヌだとかオオカミだとか、そういった動物の骨格を模したタイプのものではあるが……まぁ、呼び名をつけるのは別に構わんか。良い機会だ。こいつはエリーカの専属護衛にして、個体識別名もポチにしておこう。
「わかった、そいつは今からエリーカの専属だ。個体識別名もポチにした」
「良いんですか?」
「ああ。だがそいつに愛玩動物めいた期待とかはするなよ。戦闘ボットにそういった機能は無いからな」
「そうなんですか?」
「そうなんだ」
エリーカは戦闘ボットをなんだと思っているんだ……そんな無駄な機能がついているわけが無いだろうが。たまに戦闘ボットにそういうプログラムを入れてるもの好きもいるのは知っているが、俺はそういうタイプじゃないんだ。戦闘ボットは最悪の場合捨て駒にすることもできる便利な道具でしかない。
「俺はある程度の人数がまとめて生活することができる宿舎の設計をする。昼までには簡易的な調理場を作っておくから、それまでに一旦切り上げて帰ってこい」
「わかりました」
「では、行動開始だ」
頷き、ポチを連れて採集へと出かけたエリーカを見送った俺は上空からの映像で農場の敷地を俯瞰しながら宿舎の位置を選定し始めるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます