#011 「……もう一口くれ」

 陽が真上に昇る頃にはエリーカがポチ――軽量型四足歩行戦闘ボット――を連れて帰ってきた。


「随分と沢山採ってきたな」

「はい。ジャムにするならこれくらいは欲しいんですよ」


 肩掛けバッグにいっぱいの野イチゴを採取してきたエリーカは実に満足そうな様子であった。これがジャムととやらになるのか。保存食だという話だが、どの程度保存が効くものなのだろうか。

 そういえば、生鮮食料品の保管には冷凍保存が欠かせないという話だったな。食品保存用の大型冷凍倉庫も作る必要があるか。


「グレンさん、ジャムの容器に使えるものはありませんか?」

「どういった物が良いんだ? 大抵のものは作れると思うが」

「ええと、そうですね。これくらいの大きさで、できるだけ固くて頑丈で、蓋で密閉できる物が良いです。できれば、中身が見えたほうが良いですね」

「なるほど、作っておこう」


 ガラスは割れやすいからな。構成器を使えばより強度が高く、靭性にも優れ、透明度も劣らないセラミック系素材で容器を作ることができる。天然で産出されるものは宝石として扱われることもあるようだが。

 手隙の構成器を装備した作業用ボットにジルコニア製の瓶と金属製の蓋を作るようにタスクを振っておく。他の用途にも使えるかもしれんから、少しだけ多めに作っておくか。あまり大量に作っても置く場所に困るから、少しだけな。


 ☆★☆


 宿舎作りに精を出していると、甘い匂いがどこからか漂ってきた。鼻の代わりの嗅覚センサーが濃い野イチゴの香りをキャッチしたのだ。香りの出どころはわかりきっているので、倉庫からクラッカーのパッケージを手に取ってエリーカがジャムとやらを作っている簡易キッチンへと向かう。

 屋根はあるが壁はない。最低限の調理器具と調理作業台、水道設備、それに温熱調理器だけが置いてある粗末な施設だ。できるだけ早急に環境を整えてやりたいとは思うのだが、何にせよまずは寝床を作るべきであろう。作業は急ピッチで進めているので、もう少しだけ我慢してもらいたい。


「グレンさん、良いところに。味見をして頂けませんか?」


 そう言ってエリーカが濃い赤色のペーストを掬ったスプーンを突き出してくるので、受け取ろうとしたらひょいっと手を引っ込められてしまった。


「あーん、ですよ。グレンさん」

「……」


 そう言ってにっこりと微笑まれてしまっては仕方がない。何せスプーンは彼女の手にある。奪い取ることは容易だが、こんなことで暴力を振るうわけにはいくまい。ええい、ままよ。


「どうですか? 自分では美味しく出来たと思うんですけど」


 不安げにエリーカがそう聞いてくるが、俺は返事をするところではなかった。熱を加えられた効果か、尖っていた酸味が丸みを帯び、投入された原始的な未精製糖の甘みと風味が野イチゴ本来の爽やかな甘さを引き立たせている。生で食した野イチゴの味が何倍にも濃厚に凝縮され、完璧な調和を為しているのだ。


「……もう一口くれ」

「……気に入りました?」


 ぱぁっ、と輝くような笑顔を浮かべながらエリーカが再びジャムを掬ったスプーンを口元に差し出してきたので、今度は素直にそのスプーンからジャムを舐め取る。

 のっぺりとした顔の下側がパカッと開いてそこから人口舌が覗いている筈なのだが、気味が悪いと感じたりしないのだろうか、エリーカは。


「ああ、とても気に入った。エリーカの作るジャムは美味いな」


 これが天然物の食材を腕の良い料理人が調理した食べ物というものなのだろう。今までの傭兵生活ではオーガニック食材を出すレストランなんぞには全く縁が無かったし、そんなものは金持ちの道楽だと馬鹿にすらしていたのだが……この体験の後では考えを改めざるを得ない。


「そうですか……グレンさん、それは?」

「クラッカーだ。ジャムに合うと言っていただろう?」


 そう言ってクラッカーの入ったパッケージをエリーカに渡すと、彼女はにこにこと機嫌が良さそうな笑みを浮かべながらパッケージを開封し、取り出したクラッカーの上に鍋から掬ったジャムをたっぷりと乗せてから俺に差し出してきた。


「はい、どうぞ。クラッカーにジャムを乗せて食べるととっても美味しいですよ」

「どの程度のものか、試させてもらおう」


 エリーカからの挑戦を受けるような気持ちで差し出されたクラッカーを受け取り、口に運ぶ。


 その日、俺の好物にエリーカの作った木イチゴのジャムという項目が追加された。


 ☆★☆


 ライラとスピカのキャラバンが西へと旅立ち、エリーカが俺の好物リストを開拓してから二日。

 農場の施設建設も順調に進み、六人分の広めの個室とゆったりとした共有スペース兼リビングダイニングキッチン、それにトイレやランドリーの他、シャワールームも備えた宿舎が完成した。


「素敵なお家ですね」


 完成したキッチンの水回りを確認したエリーカがそう言って笑顔を見せる。


「そうだろう。設計にはそれなりに苦労したからな」


 そう言いながらダイニングテーブルセットの椅子の座り心地を堪能する。

 複数の設計テンプレートを参照し、その中からエリーカの要望にも合うようにキッチン周りの設備も整え、住人の動線も意識して宿舎を作り上げたのだ。俺は設計の素人だが、最初にデザインした建物としてはなかなかのものではないかと自分でも思っている。


「住環境はとりあえずこれで整ったと言っても良いだろう。そろそろ農場の開発を次の段階へと進めようと思う」

「次の段階と言うと、畑作りでしょうか?」

「その通りだ。まずは自給自足を目指していかなければならない」


 持ち込んだレーションの数には限りがあるからな。俺とエリーカの二人だけならまだまだ暫くはもつだろうが、楽観視はできない。飢えるというのは辛いからな……身体の八割を義体化している俺はやろうと思えば摂食量を減らすことも可能だが、身体はともかく精神の方が参ってくるんだよ。飯を食わないでいると。


「幸い、作物の種は一通り揃えてきてある。人工知能を搭載した高性能農作業用ボットも用意してある。水も肥料も十分に用意した」


 肥料に関してはこちらでも手に入ったからな。追加で。


「あとは作業場とファブリケーターも作る予定だ。畑は農作業用ボットに任せられるから、並行して――」


 作業を進めよう、と言おうとしたところで農場にアラート音が鳴り響いた。

 即座に領域への侵入者の映像を確認しつつ、その映像をダイニングテーブルに仕込んでおいたホロディスプレイに投影した。


「キャラバン……ですね?」

「そのように見えはするな」


 上空の偵察ドローンが捉えたのは西の方向から現れたキャラバンと思しき集団であった。のそのそと歩く大きめの四足歩行生物を五頭ほど連れており、その背には荷物らしきものが積まれている。所謂駄載獣というやつだろう。初めて見る動物だが、データアーカイブに該当する生物の情報があった。どうやらメガロカピバラという獣であるらしい。温厚で極めて従順な獣であるそうだ。ちなみに、走ると意外と早いらしい。


「しかし、なんというかライラ達と比べると貧相じゃないか?」


 駄載獣を除いたキャラバンの人数は十四人。五人が駄載獣の手綱を引き、残りの連中がその護衛をしているようだが……手に持っている武装はバラバラで、統一感がない。

 一応全員が実弾銃を装備してはいるようだが、長銃を装備している者もいれば拳銃らしきものしか持っていない者もいる。あれでは射程や火力に差が出て連携がし辛いだろうに。


「スピカさん達を護衛に雇っていたライラさん達がどちらかと言うと特別なんですよ。一般的なコミュニティのキャラバンといえばこういう感じだと思います」

「なるほど」


 ライラ達のキャラバンは上澄みだったのか。そういえば、情報交換の時にそんなことを言っていたような気もするな。適当にスルーしていたが。


「とにかく、商売をする気なのか略奪をする気なのか聞いてみるか」

「略奪をする気はないでしょうし、できないと思いますけど……そうですね」


 エリーカがそう言って苦笑いを浮かべる。俺としては略奪を企んでくれても構わんのだがな。堂々と返り討ちにして戦利品を頂くだけだから。


 ☆★☆


「あ、あんたが顔無しフェイスレスのグレンか?」

「そうだが……なんだその顔無しフェイスレスというのは」


 商売を望むというので農場(仮)に連中を引き入れたのだが、連中は何故か最初から怯えていた。しかも俺のことを顔無しフェイスレスなどと呼んだ。考えられる可能性は一つしか無い。


「そういえば、お前達は西から来たな。ライラ達と鉢合わせたのか」

「あ、あぁ! そうだ! タウリシアンのキャラバンから話を聞いたんだ!」


 共通の知り合いがいることに安心したのか、キャラバンの代表らしき男がホッとしたような表情を浮かべる。

 タウリシアンというのはライラのような身体も乳も角もでかい連中のことだ。なんでも相当古くからこの星に根付いている人類ヒューマンレースベースの種族らしい。


「なるほど、それでか。しかし何故そんなに怯えているんだ」


 そう言うと、彼等は互いに顔を見合わせた。そして、リーダーらしき男が緊張した様子で口を開く。


「素手でプレデターズの十体以上無傷で殴り殺したってのは……?」

「事実だな。正確には十三体だが」


 そう言うと、男は顔を引きつらせた。そして、恐る恐るといった様子で再び口を開く。


「……怒らせたら首ごと背骨を引き抜かれるぞって言われたんだが」

「盗みや悪さを働けばそういうこともあるかもしれんな」


 そんな面倒なことをするくらいなら普通にぶん殴ると思うが、やってできないことはない。恐らくやったとしても背骨は引っこ抜けんと思うが。


「つまり、そういうことをしない限りは友好的に振る舞うということだ」


 俺がそう言うと、キャラバンの人間達は怯えた表情でガクガクと震えるように頷いた。何故そこまで怯えられるのか。解せぬ。

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