#012 「話が飛躍しすぎてついていけんのだが」
「あんた……見た目はおっかないが案外まともなんだな」
取引を終えるなり信じられないほど失礼なことを宣いやがるな、この男。ちなみに、この男の名前はサム。特に何の変哲もない標準的な
「そりゃどうもと感謝すれば良いのか? なんだとてめぇとぶち切れれば良いのか? お前はどっちが良いと思う?」
「わかった。悪かった」
サムが降参の意を示すように両手を挙げる。まぁ、どう控えめに考えても俺の容貌は優男というよりは強面寄りだからな。むしろ振り切れているだろうからな。ライラ達がこいつらに何を吹き込んだのかは知らんが、怯えられるのも無理は無いんだろう。だが、それを本人に直接言うとそりゃ角が立つに決まってるよな。
「すまないね、旦那。たまにこいつは考えなしに口から雑音を出すことがあるんだ。どうか許しておくれ」
サムの補佐役を務めていると思しき年嵩の女――ジェシーと名乗っていた――が、愛想笑いを浮かべながらサムのケツに膝蹴りを入れて謝罪してくる。
「オーケー、謝罪を受け入れよう。しかしこの辺りはこんなにひっきりなしにキャラバンが通る場所なのか?」
「いや、偶然だ。俺達もタウリシアンのキャラバンに出会ってここの情報を聞かなかったらスルーしていたからな。ただ、この場所に安全に水や物資を補給できるコロニーができるのは大歓迎だよ。それに、こいつもな」
自分のケツをさすりながらそう言うサムの手には1kg分の塩が入ったバイオマスプラスチック製の袋が握られていた。今回サム達には水のボトルと塩の販売、それと水の補給を行い、こちらは彼等が持っていた未精製糖をはじめとして、日持ちする野菜や塩漬けにした獣肉などの生鮮食料品や、穀物や干し野菜、干し肉にドライフルーツなどの保存食、酒などを購入していた。彼等は食料品を主に扱うキャラバンだったのだ。
「それにしても随分と買ってくれたが、二人で食うには多過ぎるんじゃないか?」
「そうかもな」
大量の食料を保管庫に運び込んでいく運搬作業用ボット達を眺めながら、サムへの答えを一旦はぐらかしておく。この食料の大量購入も考えがあってのことだ。
大量に購入したと言っても、サム達に売りつけた精製水のボトルと精製塩、それにキャラバンへの水の補給で収支はほぼトントンで、多少足が出た分のタラーを出しただけだ。
「お前らみたいな連中はうちみたいな補給地点に着いたら、一日か二日ほど滞在していくのが通例なんだろう?」
「ん? ああ、そうだな。キャラバンの旅は過酷だ。安全な
「そんな連中を相手にメシと酒を提供してタラーを搾り取るのは名案だと思わんか?」
「ああ、そういう
俺の構想にサムが頷く。なるほど、やはり前例があるか。それはそうだろうな。そうやって立ち寄るキャラバンに利益を提供して評判になれば、立ち寄るキャラバンが増える。つまり、取引の機会が多くなり、ヒトとモノの行き来が多くなり、より強力に地域の経済圏に食い込めるようになる。
自給自足で細々と暮らしていくだけならそんなことをする必要はないが、それでは将来的に先細っていくことになるのは明白だ。航宙コロニーだって人の往来が少ないコロニーは容赦なく寂れていくからな。そういうのは地上の居住地でも同じだろう。
「そういうわけで、ご注文いただければうちのもう一人の住人がケチらずに塩を使った晩飯を用意するが」
俺がそう言うと、サムとジェシーは顔を見合わせた。
☆★☆
「いやぁ、こいつは美味いな。あんた、いかつい見た目なのに料理上手の良い嫁さんがいるんだな。羨ましいよ」
「……ああ」
エリーカが作った塩漬け肉と何種類かの野菜と穀物を煮込んだシチューを食べながらサムの言葉に生返事を返す。確かにエリーカの作ったシチューは美味い。塩漬け肉と野菜の旨味がしっかりと利いていて、隠し味に入れたと思しきドライフルーツの甘みと酸味が良いアクセントになっている。一緒に煮込まれている穀物もシチューのとろみと食べごたえを大きく増している。
「おかわりはどうですか? グレンさん」
「……ああ、もらおう」
当のエリーカはというと、俺のすぐ隣で甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれている。こころなしか、とても機嫌が良さそうだ。何故かはわからないが。
「次からは最初からエリーカちゃんと一緒にキャラバンと接触したほうが良いよ。旦那は強面過ぎるんだよ」
「しかしそれではエリーカが危険だろう」
ジェシーにそう言って反論したが、ジェシーはそんな俺の反論を一蹴した。
「過保護過ぎるよ。エリーカちゃんだって自分の身くらいは自分で守れるし、用心だってするさ」
そうだろ? と言ってジェシーがエリーカに視線を向けると、エリーカも頷き、俺の顔を見上げてきた。
エリーカに対して過保護ではないか? と言われると確かにそうかもしれん。それ自体は決して悪いことではないと思うが、何故かと言われるとよくわからん。確かに改めて言われてみれば、エリーカは一人でこの危険な土地を旅していたというのだから、殊更に過保護に接する必要は無いのかもしれない。
「……検討しておく」
そう言って俺はエリーカが器によそってくれたシチューを口に運んだ。
☆★☆
サム達は翌日ももう一泊してから農場を去っていった。その間、エリーカはジェシーをはじめとしたキャラバンの女性陣と仲良くなったようで、一緒に農場の近くで採取をしたり、洗濯をしたり、料理をしたりと楽しそうにしていた。
今日で俺がこの星に降り立ってから七日目だ。つまりエリーカと出会ってから七日経ったということでもある。ここ数日の彼女はうなされて毎晩飛び起きるという事も減り、身体面だけでなく精神面もかなり落ち着いてきたようだ。そろそろ彼女の去就をはっきりとするべき時期なのかもしれない。
そう考えながら今日も今日とて農場の拡張・整備を進めていると、ポチを伴ったエリーカが作業をしている俺の元へと歩いてきた。
「どうした?」
「グレンさん。今晩はグレンさんの部屋に行っても良いですか?」
エリーカが決意に満ちた表情で俺の顔を見上げてくる。
「……唐突な申し出だな。どういう意図でそう言っているのか教えてもらわないことには返事をしかねる」
「グレンさんと大事なお話がしたいんです」
「大事な話ね……別に夜まで待たずとも、今すれば良いだろう。急いでやらなければならない作業でもない」
そう言って作業の手を止め、作業用ボットに後を引き継がせる。建設中の娯楽室と宿舎を繋げる渡り廊下を作っていたのだが、エリーカにも言ったように急ぐ作業ではない。それよりも大事な話とやらのほうがよっぽど重要だろう。
「宿舎の食堂でいいか」
「い、良いですけど……その前にちょっとシャワーをですね?」
「話をするのにシャワーを浴びる必要がどこにあるんだ……?」
何故か慌てているエリーカを追い立てるように宿舎へと向かう。わざわざシャワーを浴びてからしたい重要な話、ねぇ? もしかしたら素直に夜を待ってやるべきだったか? まぁ別に構わんだろう。どのようなタイミングであろうと、物事というのは納まるべきところに納まるものだ。
「……もう、強引ですよ。グレンさん」
「すまんな。俺は繊細なんでな。重要な話とやらを控えたままじゃ作業がろくに手につかなくなってしまうんだ。それで?」
「その、ですね……今日で私がグレンさんに助けられてから一週間が経ちました」
「そうだな」
言葉を選びながらだからなのか、エリーカが普段よりも隨分と歯切れの悪い様子で話を切り出してくる。緊張しているのか、微妙に視線も落ち着かない。
「それで、その、身体の調子もすっかり落ち着いたので、そろそろはっきりとですね……その、しようというか、してほしいというか」
「何についてなのかはわからんが、どのような形にせよ俺はエリーカの選択を尊重するつもりだ」
この農場に留まるのか、去るのか。結局のところ、エリーカの話というのははその二点に収束していくものだろう。エリーカがどちらの選択をするにせよ、エリーカに言った通り意俺はそれを受け入れるつもりだ。
「……私の言うことをなんでも受け容れてくれるということですか?」
「なんでもとは言わないが、俺にできる範囲のことならな」
「そうですか。それじゃあグレンさん、私をグレンさんの側に置いて下さい」
「そうか、わかっ「グレンさんのお嫁さんとして」た――うん?」
なんか今思いっきり言葉を被せてきたな。聞き間違いじゃなければお嫁さんとか言っていたように思うんだが。
「本気か?」
「本気ですよ」
「そうか……」
聞き間違いではなかったようだ。しかし唐突過ぎないかと思うのだが……こういうものなのか?
「俺としては願ったりだが……良いのか? 色々と」
「はい。私にはグレンさんしか考えられません」
「そ、そうか……」
面と向かってストレートな物言いをされると、流石の俺も怯んでしまう。この感情のギャップについてはエリーカと一緒に徐々に埋めていくべきものなんだろうな。
「わかった。俺に二言は無い。エリーカがそう言うなら、こちらこそよろしく頼む」
「はい、グレンさん」
俺の返事にエリーカは花の咲くような笑みを浮かべ、そのまま言葉を続けた。
「スピカさんやライラさん達もいずれ一緒に家族になるんですよね? それじゃあもっともっと農場を広げなきゃいけませんね」
「話が飛躍しすぎてついていけんのだが」
一体何を言っているんだ、エリーカは。
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