#013 「いくらグレンさんとて許しませんよ!?」

 突然ぶっ飛んだことを言い出したエリーカに対し、俺は根気強く発言意図の聞き取りを実施した。その結果判明したのは、エリーカが所属しているコルディア教会がかなりぶっ飛んだ理念の下に活動を行っているという事実であった。

 エリーカから聞き出したコルディア教会の発祥から始まる壮大なストーリーをかいつまんで要点だけを抜き出すと、コルディア教会というのはつまり、異種族同士の友愛や肉体的・精神的な融和を説き、それを実現するために活動している組織であるらしい。

 種族を超えて互いに愛し合い、子を産み、育ててこの混沌として争いの絶えない惑星に愛と平和を齎そう、というわけだな。で、そういった共同体を作る最適解とは何か? と考えてコルディア教会が出した結論というのが一夫多妻異種婚である。

 無論、異種族融和の志を持っているならば通常の一夫一婦の婚儀も大いに祝福される。同族同士の婚儀であっても当然祝福される。しかし最上であるのは一人の男性が複数の異種族を娶る一夫多妻異種婚である、ということらしい。

 そしてコルディア教会の構成員であり、敬虔なコルディア教徒であるエリーカは是非とも俺にコルディア教会における理想を体現するコミュニティを、家族を、自分と一緒に作ってほしいと。


「それであのぶっ飛んだ発言か……」

「どこもぶっ飛んでないと思うのですけど……?」


 自覚がないというのは恐ろしいな。そりゃ生まれた時からそういうコミュニティに属していて、そういう価値観を植え付けられていればそうなるのも当たり前なのだろうが。


「まぁ、理屈はわからんでもないんだが……」


 つまり、物理的にというか、血縁的な意味で惑星に住む人類ヒューマンレース――人類ヒューマンレースベースの種族も含む――が家族になってしまえば、争いも少なくなるだろうというわけだ。

 この惑星、リボースⅢには実に多種多様な人類ヒューマンレースベースの種族が混在している。リボース星系を取り囲む三つの星間帝国や民間組織、個人が過去に送り込んだ様々な人員、投下された人類ヒューマンレースをベースに創造された生物兵器や、実験生物が土着化したためだ。このリボースⅢにしか存在しない人類ヒューマンレースベースの種族すらいるというのだから、驚きである。

 そんなリボースⅢに平和を齎そうという理念そのものは確かに素晴らしいものだと思うんだが。


「……一歩間違うとセックスカルトみたいにならないか?」

「なんてことを言うんですか……!?」


 エリーカが今までに見たことのないような愕然とした表情を浮かべる。外肢を持ち上げて刃を向けているそれは無意識の威嚇のポーズなのか? ちょっと怖いからやめてくれ。


「すまん。言い過ぎた。俺としては暫くはエリーカと二人でのんびりと関係を深めていきたいと思っているんだが」

「そう言われると私もその、悪い気はしないというか、素直に嬉しいですけど……ライラさんとかスピカさんは機を見てこの農場に転がり込んでくると思いますよ」

「そうはならないだろう……なるのか?」

「なると思いますね……」


 確かにスピカはストレートに自分を、というかスピカ達の姉妹を含めて売り込みをかけてきていたし、ライラのよりどりみどりなんだのという発言も思わせぶりなものだったが。

 仮にあいつらがここに転がり込んできて、労働を対価に暫く住まわせてくれ、などと言ってきたとしたら……まぁ、断らないだろうな。俺は。スピカ達の戦闘能力や労働力はこの農場を防衛するのにも、運営するのにも重宝するだろうし、ライラには様々なモノを売り買いするための販路も、コネもある。二人とその姉妹や部下達がこの農園の発展のために手を貸してくれる、という話を持ちかけてきたら、俺は受け入れてしまうだろう。

 そして一度懐に入れてしまえば……うむ。


「なりそうな気がしてきたな……どうにかならんか?」

「グレンさんがどうしても嫌だと本気で拒否すれば身を引くと思いますけど……」


 エリーカの言葉に俺は頭を抱えた。どちらかと言われればあいつらに抱いているのは好印象であるという自覚がある。明確な拒絶の意思を持てるかと言われると、多分無理だ。


「グレンさん」

「……なんだ?」

「コルディア教会の始祖である聖人コルトの遺した言葉があります」

「……聞かせてみてくれ」

「違いを楽しもう。みんな違って、みんな良い」

「……やっぱりセックスカルトじゃないか?」

「二度も言いましたね!? いくらグレンさんとて許しませんよ!?」


 激昂したエリーカが両手と外肢を挙げて再び威嚇してくる。わかった、俺が悪かったからその物騒な外肢をしまってくれ。


 ☆★☆


 怒ったエリーカを宥めるためにどこかの王国産の甘いパンのレーションを供出することになった。あと、コルディア教会の礼拝堂というか、教会施設を作ることを約束させられてしまった。

 まぁ、土地は余っているし礼拝堂だか教会だかを作るくらいは別に良いんだがな。また施設配置の設計がし直しになるだけで……折角まとまりかけていたんだがな。


「すぅ……」


 そのエリーカは今、俺のすぐ横で寝息を立てている。何も無理をする必要はないと言ったのだが、彼女は頑として今日は俺と一緒に寝るのだと言って聞かなかった。エリーカの境遇を考えれば急ぐことはないと思ったんだがな。

 だが、今こうして穏やかに寝ているところを見ると、彼女の求める通りにして良かったのかもしれないと思う。少なくとも、今のエリーカはうなされたりはしていない。穏やかに寝ている。それが全てだ。

 ――と、感傷に浸っていると脳裏に警報音が鳴り響いた。夜間は警報の設定をサイレントモードにしているのだ。何せ俺の他にはエリーカと戦闘ボットしかいないからな。わざわざ警報でエリーカの安眠を妨げる必要もない。

 上空に展開している偵察ドローンが送ってくる暗視映像をチェックすると、この農場へと近づいてきている複数の人影が確認できた。

 西側から接近してきている。数は二十一人。全員が実弾銃――サブマシンガンやショットガンで武装している。近接戦を想定しているな。夜陰に乗じて農場に入り込んで一気に俺達を無力化しようという魂胆なんだろう。

 馬鹿め。この農場に奇襲をかけたいなら最低でも熱光学迷彩くらいは装備してくるべきだったな。


「……グレンさん?」


 ベッドから抜け出すと、エリーカが目を覚まして声をかけてきた。流石にすぐ隣で寝ているエリーカを起こさずにベッドから抜け出すのは無理があったな。


「ちょっと便所に行ってくる」

「はい……気をつけてくださいね」

「ああ」


 気をつけてください、か。気づいていそうだな。それでも黙って送り出してくれたんだから、その信頼には応えないといかんな。さて、どう始末してやろうか。


 □■□


 先に目標の集落に到着していた食料商のキャラバンをやり過ごし、目標の集落に確かに二人しか住人が居ないことを確認した俺達は計画通り夜まで待って行動を開始した。

 あの胡散臭いタウリシアンどもが言っていたことが事実なら、この集落にはとんでもないお宝が沢山あるはずだ。少なくとも、構成器が一台はある。それは間違いない。あの機械があれば塩だけでなく、有用な資材が作り放題だ。上手く使えばいくらでも稼げるし、構成器を手土産にしてどこか大手のコミュニティに参加することだってできるかもしれない。アレさえ手に入れば人生大逆転だ。

 相手は宇宙で名の通った傭兵だとか、プレデターズの群れを素手で殴り殺しただとか言っていたが、もしそれが事実だとしても囲んで鉛玉をしこたまぶちこめば終わりだ。数で圧倒的に勝る俺達が負ける道理はねぇ。


「がっ!?」

「は?」


 隣を歩いていたビリーの顔が光って吹っ飛んだ。吹っ飛んだビリーの足がビクビクと痙攣している。血と肉が焼ける嫌な臭いが漂ってくる。一体何が? と考える暇もなく。あちこちで仲間達が光って吹っ飛ぶ。正面の建物の上でチカチカと光る何かに本能的な恐怖を感じ、俺はすぐさま地面に伏せた。それとほぼ同時に頭に強い熱を感じる。


「ぐぁっ!? なんだってんだ!?」


 痛みを感じた部分に手を触れると、ぬるりとした感触がした。暗くてよくわからないが、頭が焼けるように痛い。なんだ? 俺の頭はどうなってる!?


「運の良い奴だ」


 ぞっとするほど冷たい声が目の前から聞こえてきた。見上げると、そこには顔のない化け物がいた。そいつは黒く、のっぺりとした顔を俺に向けたまま、足を持ち上げる。


「お、お前! おい、誰かこいつを撃――ッ!?」

「うるせぇな。エリーカが起きるだろうが」


 頑丈そうなブーツの靴底が視界を埋め尽くし、俺の意識はそこで途切れた。

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