#014 「イチゴは……駄目か?」

 運が良かったのか勘が良かったのか。最終的に俺に踏み潰されたんだから運が良かったということはないか。なら勘が良かったんだな。

 汚れたブーツの裏を物言わぬ躯となった男の胴体を踏み躙って綺麗にし、作業用ボット達に死体を片付けて戦利品を確保するように指示を出しておく。死体の数はきっかり二十一体。生き残りはナシだ。

 ついでに、奴らが来た方向に遺留物が無いかを偵察ドローン達に探させる。余程の馬鹿でなければ自分達の拠点からここまで来て、また自分達の拠点に戻るだけの物資を持ってきているはずだ。そうでなければ復路で飢えや乾きでくたばることになるからな。

 そして、今から夜襲をかけるって時にそんな大荷物を背負ってくる馬鹿は居ない。どこかに必ず奴らが持ってきた物資が隠されているはずだ。


「ま、いくらかは足しになるだろう」


 使う予定のない実弾銃とその弾薬は次に来るキャラバンにでも売り払えば良い、使う予定も無いしな。質の良い物があれば一丁くらいは取っておいても良いかもしれんが……ふむ。趣味としてコレクションするのも悪くはないか?

 だがなぁ、襲ってきた賊の戦利品を蒐集するのってなんかこう、サイコパスっぽいような気もするな。やっぱり売り払うのが良いか。


「見つけたか」


 連中、勝ちを確信していたのかロクに隠蔽工作もしていなかったらしい。雑嚢のようなものがまとめて一箇所に置かれている。偵察ドローン越しに物資をマークして運搬作業用ドローンに指示を出しておく。

 それにしても無粋な連中だったな。こんな夜くらいそっとしておいてくれても良いだろうに。


 ☆★☆


「おはようございます、グレンさん」

「おはよう、エリーカ」


 リビングダイニングでコーヒーという名の泥水のような何かを啜っていると、俺の寝室からエリーカが起きてきた。そしてそのまま俺に抱きついてくる。


「グレンさんが無事で良かった……」

「あの程度、俺が出るまでもないさ」


 実際、今回の襲撃に関しては殆ど俺は手を出してないからな。この数日で拠点西側の木や岩などの遮蔽物になりそうなものを作業用ボットに排除させていたのが功を奏して、レーザータレットが殆ど全てを片付けてくれた。一人生き残りが居たから、俺はそいつにとどめを刺しただけだ。


「とは言えアレだな、コルディア教会の理念に則るなら賊相手でもあまり殺しは良くないのか」

「……? 襲ってくる賊は倒さないと危ないですよ?」


 抱きついたまま、エリーカは小首を傾げて俺の顔を見上げてくる。


「そうか……」


 わからん。コルディア教会の思想が俺には欠片もわからん。俺が思考の迷路に陥っているのを察したのか、エリーカが俺から身を離し、コホンと一つ咳払いをしてから話し出す。


「最初から武器を持って向かってくる相手まで愛せという教えではありませんよ。コルディア教会は友愛を謳っていますが、博愛を謳っているわけではないので」

「その二つは何が違うんだ?」


 俺ののっぺりとした顔からエリーカはよく色々と察するなぁ、と考えつつもエリーカに疑問をぶつけていく。こういったコミュニケーションは大事だからな。


「ごく簡単に言えば家族や友人など、良き隣人を愛するのが友愛、良き人も悪き人も全てを平等に愛するのが博愛ですね。コルディア教会の最終的な目標はこの惑星の全ての人が互いに互いを尊重しあい、愛し合うことですが、その過程で戦わなければならない相手がいることも認めています」

「現実的なんだな」

「それはそうです。コルディア教会はこの惑星を平和な安住の地にすることを目的として創設された組織ですから。この星の現状をちゃんと認識していますよ。どうあっても相容れない存在がこの星には沢山いますから」

「そうなんだろうな」


 プレデターズなんかはその筆頭と言える存在なんだろうな。ライラやスピカに聞いた話だと、他にも積極的に人を襲う人類ヒューマンレースベースの種族がいるって話だし。


「まぁ、完全に理解したとは言えないが、わかった。今まで通りでいいんだな?」

「はい、今まで通りのグレンさんで大丈夫です。もし、グレンさんが人の道を外れそうになった時には、私がきっと止めてみせますから。グレンさんはグレンさんの思うようにしてください」

「そうか……エリーカにそんなことをさせなくて済むようにしないとな」


 俺がそう言うと、エリーカは俺に微笑みを向けてくれた。エリーカがずっとこうして微笑んでいられるように、エリーカの言う人の道とやらを外れないよう注意して毎日を歩んでいこう。


 ☆★☆


 エリーカが作ってくれた朝食――今日は茹でた芋と塩漬け肉入りの野菜スープだった――を食べた俺達は、遂に畑を作るべく行動を開始していた。何にせよまず土を作る必要がある。農業とはすなわち土作りという言葉もあるらしい。


「さて、じゃあどんな作物を作るか考えるか」

「私の知っている農業とは何か違うような気がするんですが……」


 構成器を装備した農作業用ボットが農地となる予定の土地を構成器を使ってごっそりと削り、代わりに農地に適した土を盛っていく様を見ているエリーカが何か変なことを言っている。何が違うのかわからんが、農作業用ボットのやることに間違いは無いはずだ。


「やはりイチゴかブルーベリー……それとも柑橘類の果樹を植えるか……」


 使う果物によってジャムというのは味や風味が別物のように変わるらしいからな。どれも是非食べてみたいものだ――と、構想を膨らませていると、エリーカが俺のシャツの裾を引っ張ってきた。


「グレンさん。まずは自給自足を目指すんですよね? それなら麦や米、トウモロコシなどの穀物だとか、イモ類やカボチャなどの主食になって保存の効く作物だとか、キャベツやニンジン、タマネギのような栄養が豊富な野菜などを作るのが良いと思いますよ。ああ、豆類も良いですね」


 ぐぅの音も出ない正論である。


「イチゴは……駄目か?」

「駄目とは言いませんけど……あまり多く植えるのはどうかと」


 つまり少しは植えて良いってことだな。よし。


「果樹は駄目か……?」

「果樹は世話がとても大変ですよ……?」

「それは農業ドローンで対処できる」

「それなら良いですけど……」


 よし、言質は取った。果樹というのは実がなるまでとても長い時間がかかるという話だからな。早く植えるに越したことはないだろう。

 俺は鼻歌――鼻はないが――を歌いながら農作業用ボットやドローンに畑を作る範囲や植える作物の指示を与えていく。その指示を元に人工知能を搭載している農作業用ボットの統括機が作物に合った土作りを実行し、共栄作物を選定して植えていく。


「あの、これって見てるだけですか……?」

「そうだな。俺は農作業の素人だから全部機械任せだ。エリーカは農業に詳しかったりするのか?」

「多少は知識がありますけど……ちょっとこれは手を出せないですね」

「なら見ているだけで良いな」


 統括機の指示で農作業用ボットやドローンだけでなく、作業用ボットも参加して瞬く間に農地が広がっていく。うむ、流石に大枚を叩いただけはあるな。あの人工知能を搭載した統括機が用意した中で三番目にカネのかかった装備だったからな。

 ちなみに、一番カネがかかったのは駆逐艦級のジェネレーターコア関連で、二番目がザブトンこと移動用航宙シャトルだ。この三つだけで俺が稼いだ総資産の半分が吹っ飛んだ。


「さて、農業はスペシャリストに任せて、俺達は俺達にできることをやるとしよう」

「わかりました……」


 何故だかエリーカが釈然としない表情を浮かべているが、これが俺流のやりかたというものなので慣れてもらいたい。とはいえ、ボットやドローンもメンテナンスフリーで動き続けられるものではないからな。そう簡単に機能不全を起こすようなものでもないが、そろそろ本格的なメンテナンス設備を整えるべきか。となると、次に作るべきは作業場だな。

 ボットやドローンの整備だけでなく、装備のメンテナンスや鹵獲した銃器類の分解整備なども本格的に行えるようになれば、取引の際により高く売りつけられるようになるだろう。

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