#062 「私達はぁ、温厚な種族なのでぇ……」
「それではごきげんよう。またお会いしましょうね」
ローデンティアンのお姫様は優雅にお辞儀をすると、見たことのない六足歩行の動物に騎乗し、配下の騎士や戦士達を引き連れて西へと去っていった。なんでもボブと交流を持ったのでレイクサイドを目指すらしい。
「ボブが先日通ったばかりだから大丈夫だと思うが、無事だと良いな」
「あらぁ? グレンさんは小さくて毛深い淑女が好みでしたかぁ?」
「そういうのじゃない……なんか面白いんだよ、あいつら」
俺の膝かそれより下くらいまでの大きさしかないのに、姫だの顔無し卿だのと俺からすれば時代錯誤で、どこか芝居がかったやりとりをしていて、それでいて強かで、油断も隙もない。それに、あの小ささだというのに一度戦いを始めると全く侮れない戦闘能力も持っているのだという。
「可愛いですよね」
「アルシャさん達と甲乙つけがたいです」
「ネズミ達とそういう比べられ方をするのは複雑にゃ気分にゃ……」
レイクサイド産の干し魚を炙ったものをモソモソと食べながらアルシャが仏頂面で呟く。どうもフェリーネとローデンティアンには種族的な確執があるような感じだが。
「一応仲良くやっていくつもりだからな。個人的に嫌うのは仕方ないとしても、ウチの農場で種族間抗争なんてするんじゃないぞ」
「それはもちろんだにゃ、ボス。うちらはボスにもコルディア教会にも逆らうつもりはにゃいにゃ」
アルシャの言葉に同調するように他のフェリーネ達も頷く。なら良いがな。しかし種族間の対立か……このリボースⅢには大量の異種族がいるという話だから、中にはそういうのもあるんだろうな。
「種族間抗争といえば、他の種族にもそういう相手がいたりするのか? こう、反りが合わないとか昔から争ってきたとか」
「フォルミカンにはそういうのはいないけど、全体的に警戒されやすい種族ではあるかな……?」
「フォルミカンはいつの間にか集落の近くにコロニーを築いていることがあって、領土問題を起こしがちなところがあるんですよねぇ」
「迷惑なやつらだな」
「も、物事を深く考えるのが苦手な奴らもいるから……」
スピカがそう言って俺とライラの視線から目を逸らす。視線って言っても俺の場合はのっぺりとした真っ黒の顔だから、あまりわからんだろうがな。
「アーソディアンの場合も特には……ただ、所謂ベーシックな人類の夫婦から私達アーソディアンが生まれることがあって、そういう子は場所によっては
「ほう……それは興味深い話だな」
「私達アーソディアンが女児を産んだ場合はほぼ例外なくアーソディアンとして生まれてくるんですが、男児の場合はアーソディアンとしての特徴が出ないので……そういった男児の子孫が隔世遺伝などでアーソディアンとして生まれることがあるみたいなんです」
エリーカとシスティアの説明を聞いて納得する。実際に遺伝子工学的にどういう仕組みになっているのかはわからないが、経験則としてそういうことが知られているということらしい。
「私達はぁ、温厚な種族なのでぇ……」
ライラがそう言ってにっこりと笑うが、フォルミカンやフェリーネ達はジト目とかちょっと怯えた視線を向けていた。この反応は絶対に嘘だろ……敵対した連中は滅ぼしてきたから今現在敵対しているような種族はいないだとか、あるいは「理解らせた」結果いないだとか、そんな感じに違いない。
「オヴィシアンも特には……私達は角が生えている意外は人類と殆ど変わりませんからねぇ」
ハマルもそう言ってにこにこしているが……こっちは胡散臭いものを見るような視線が全く無いな。これが日頃の行いというか、古くからの行いの結果というやつだろうか。
「ディセンブラは?」
「私達はつよいから怖がられることが多い」
「そうなのか。そうかもな」
ミューゼンの触手は確かに力が強いからな。普通の人間なら余裕で縊り殺せるだろうから、恐れられるのも当然といえば当然か。
「グレンも怖い?」
「いいや。怖がられるのは俺も同じだと思っただけだ」
休暇で交易コロニーとかに行って一般人の中に交ざると、とにかく目立つしあからさまに距離を取られるんだよな。一般人から見ればフル義体、それも完全に戦闘用のそれに身体を置き換えている傭兵なんてそういうものなんだろうけども。
「そう。私もグレンは怖くない。優しいから」
そう言ってミューゼンが俺の顔や頭をペタペタと触手で触ってくる。慰められているのだろうか、これは。悪い気分ではないな。好きにさせておこう。あと、俺は別に優しくはないと思うが。
「フェリーネとローデンティアン以上に仲が悪いというか、顔を合わせたら即殺し合いみたいな種族はいたりしないのか? もしいるなら色々と気をつけておきたいんだが」
「あー、そうだなぁ……やっぱレポリナとヴァルポスかな、一番は」
「レポリナとヴァルポスね。どんな連中なんだ?」
「レポリナは北の方で大きな勢力を築いてる連中で、所謂『上の連中』の息がかかってる奴らだよ。旦那が使うような高度な武器や装備を山ほど持ってる。頭の上に毛で覆われた長い耳が生えてるのが特徴かな」
そう言ってスピカが自分の頭の上で手を開いてぴょこぴょこと動かす。
「軍人は真面目で融通の効かない奴らばっかだけど、一般人はそんなでもないかな。高度な武器や装備の流通を厳しく規制してるけど、上から降りてきた物資を融通してくれたりもするよ」
「なるほど。ヴァルポスってのは?」
「南の方で勢力を築いている種族ですねぇ。頭の上に耳があるのも同じですけどぉ、レポリナよりも短くて尖った耳なんですよぉ。あと、もふもふの尻尾が生えてますねぇ」
ライラがスピカと同じように頭の上に手を挙げてそう言う。両方とも同じような感じで違いがわからんが、とにかくヴァルポスの方が短いんだな。
「ヴァルポス達はなんというかこう……結構尊大な感じなんですよねぇ。他種族を見下しているというかなんというか。特にレポリナとは仲が悪いんですけどぉ、それよりも今は純血人類同盟とバチバチにやり合ってますねぇ」
「ああ、そういや縄張りが接してそうだよな」
純血人類同盟の縄張りはここから遥か南東方向だという話だったな。ヴァルポスが南にいるなら、両者は勢力圏が重なっていてもおかしくはない。
「そうなんですよぉ。純血人類同盟はそれで北に伸長してようとしているみたいなんですよねぇ」
「南進できないからか。だが、こっちはこっちでコルディア教会やタウリシアン達がいるわけだろう?」
「そうですねぇ。ちなみにグレン農場は純血人類同盟の勢力拡大の方向からは少しズレてるのでぇ、すぐにどうこうということはないと思いますよぉ。もう少し東の方なんですよねぇ」
「それでもあの規模の斥候を送ってくるのか。俺が思っているよりも大きな勢力なんだな、連中は」
「そうですねぇ。私達も完全に彼らの勢力の大きさを把握しているわけではないんですけどぉ、数万人規模の首都が存在しているのは確かみたいですねぇ」
「数万人規模か。そりゃまた大したもんだな」
数万人の人間を養うだけの食料生産とインフラ整備なんて、考えるだけで嫌になるような大仕事だぞ。専門のスキルを持つ人員が緻密な計画をもって設計しなければならないものだ。俺が今作っているグレン農場は、俺が傭兵として培った野戦陣地の構築などの経験を基に作っているだけの代物だからなぁ……今後、もっと規模を拡大するとなるとそういったスキルを持つ人材を探す必要が出てくるかもしれない。
「その数万人のうち何割かは彼らに奴隷とされた異種族ですけどねぇ……」
「奴隷ねぇ……人の形を保って人として使われている分にはマシじゃないか?」
「にゃんかボスが怖いこと言ってるにゃ……」
「食事時に話すようなことじゃないから詳細は伏せるが、宙賊に囚われたヒトの末路を考えればまだマシってレベルだな」
そう言って肩を竦めつつ、エリーカが焼いてくれた柔らかいパンにノイチゴのジャムをたっぷりと塗って口に運ぶ。うん、美味い。甘味と酸味のバランスが最高だ。
レーションも悪くないと思うんだが、こう本物のオーガニック食材をふんだんに使った食事の味に慣れてしまうとなぁ……チープというかジャンクな味に思えてきてしまう。
「とはいえ、何にせよそういった連中に屈するようなことが無いように手筈を整えていくつもりだ。その点は安心してくれ」
「……まだこれ以上要塞化を進めるのか」
「これ以上ってどうにゃるにゃ……?」
「そのうち農場が敷地ごと飛び始めたりしそうですよねぇ」
ジェネレーターの出力的にはそういったことも可能かもしれんが、そんなことをするつもりはないぞ。少なくとも、今のところは。
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