#045 「これは売れますよぉ!」

 建築作業を行う作業用ボットや農地を作る農作業用ボットなどは休みなく働き続ける。つまり、遊ばせておくのは非効率的だ。作業指示を出すのは早ければ早いほど良い。


「んもー……グレンさん、働き過ぎは駄目ですよ?」


 ベッドに寝転んだまま作業用ボット達に出している作業指示を確認していると、そのベッドに上がってきた湯上がりホカホカのエリーカに怒られた。


「すまん、どうしても気になってな」

「寝る前くらいはゆっくりしてください。いくらグレンさんの身体が普通の人より丈夫でも、そんなんじゃ先に心が参ってしまいますよ」


 そう言ってエリーカが俺の隣に寝っ転がる。彼女の夜着はシンプルな無地のワンピースだ。

 ふーむ……服飾というか、もう少しお洒落ができるような環境を整えるべきか。そういえば服や生地の製造に関しては後回しにしてそのままだったな。人が健やかに生きていくためにはそういう面の配慮も必要か。


「な、なんですか? そんなにじっと私の身体を見たりして……その、もう一回します?」

「いやうん、それは全然アリなんだが……そうでなくてな。もっとエリーカにもお洒落をさせてやりたいなと思ったんだ。服の生地とかは外からの供給に頼っているだろう?」

「そ、そうでしたか……ええと、そうですね。実は、人数が一気に増えたので服や肌着などの生地が不足気味で……なんとかなりますか?」

「明日すぐにでも解決しよう」


 セルロース系の素材は余りに余っている状態だからな。合成繊維の出力器を作ればすぐにでも解決できるだろう。


 翌日、俺は早速作業場に新しい製造機械を設置した。構成器で収集した素材を固体物として出力する装置は既に設置してあったのだが、あちらは銃器の部品とかを出力するのには向いてもセルロース系の生地を出力するのには向かなかった。今回設置した装置はセルロース系の再生・合成繊維を出力可能とするもので、線維の質や発色なども自由自在に変えられる。

 うちの農場は女性比率が非常に高い。というか、男は俺しかいない。エリーカは勿論のこと、タウリシアン達やフォルミカン達だって全員が女性だ。女の子である。

 つまり、おおよそどんな生地でも好き放題出力できる機器が出来上がったらどうなるか?


「あの……」

「グレンさん、今はちょっと忙しいので後にしてくださいね」

「はい……」


 作業場を占拠された。女性総出で作業場を占拠し、裁縫道具を持ち寄って全員真剣である。マジである。今ここで「訓練の時間だぞ」と言ってフォルミカン達を連れ出そうとしたら反乱でも起きるのではないかというくらい真剣である。

 まぁそうされたところで制圧するのは容易だが、わざわざ恨みを買うこともあるまい……今日のところは大人しくしておくか。

 俺は見向きもされていない固体物出力用の製造機械を作動させ、彼女達の裁縫道具――縫い針やまち針、裁ちばさみなどを出力した。そうしたらあれもこれもと他に注文をされ、結局彼女達の要望によって古臭い電動ミシンなどという酷くローテクな作業機械まで作る羽目になった。テンプレートに沿って基本的な衣服を出力する装置もあるのだが、いまいち人気が出なかった。品質は悪くないが、細かい点が気になるということらしい。俺にはよくわからん世界だ……。


 ☆★☆


「これは売れますよぉ!」

「水よりも生地や衣服を積んでいきましょう。売れます」

「そうか……」


 ライラとティエンが出力した生地を前に熱弁し、その後ろでは裁縫が得意なタウリシアン――アインも無言でコクコクと頷いている。彼女は寡黙だが、衣服や生地、毛皮など服飾に関係する商品の目利きに秀でているのだそうだ。無論、ライラやティエンもそれは同様で、セルロース系素材の再生・合成繊維は引く手数多だろうということらしい。


「まぁ商売に関してはライラ達に任せる。利益が上がると判断したんなら存分にやってくれ」


 需要と供給云々や値崩れ云々に関しては俺が言うまでもないことだろう。そんなことはライラ達のほうがよくわかっているだろうから、詳細は任せることにする。


「まぁ、行商に行くにしてもまずは護衛の訓練が先だが……思ったよりはかなりマシだな」


 俺が視線を向けた先ではフォルミカン達と戦闘ボット達が熾烈な模擬戦を繰り広げていた。互いに武器は非致死出力まで出力を下げた対人光学兵器で、フォルミカン達は全員レーザーカービンを装備している。レーザーカービンとは言っても実際にはレーザーガンに追加パーツとしてストックなどを取り付けたものなので、所謂カービンライフルではなくピストルカービンなのだが。

 フォルミカン達は身体が小さいからな。通常サイズのレーザーライフルやその短縮版のカービンライフルでは大き過ぎて取り回しが大変だったのだ。この問題はコイル・リピーターでも同様であった。そもそもコイル・リピーターは数を揃えるのが難しいというのもある。自律駆逐兵器から鹵獲したエネルギーキャパシターは品切れだしな。

 レーザーガンは頭数が増えた時の護身用として三〇丁用意してきていたので、フォルミカン達に配備するのに十分な数があったし、ピストルカービン化するためのコンバージョンキットは容易に製造することが可能だったので都合が良かったわけだな。

 とはいえ、レーザーガンは威力や射程の面でレーザーライフルには劣る部分も多い。それでも彼女達が使っていた突撃銃よりは精度、威力、射程の面で優れてはいるんだがな。ピストルカービン化した事によって遠距離戦時における命中精度も大きく上がっている。実際に使用している彼女達の反応は上々だ。


「あっツゥい!?」

「馬鹿! 迂闊に身を乗り出すな!」

「デミアは死亡判定だ。そのまま倒れてろ」

「ひぃン」


 ああ見えて戦闘ボット達の戦闘能力は高いからな。特に一〇〇メートル以内の近接戦においては反応速度、射撃精度共に普通の人間では太刀打ちできないレベルの性能を発揮する。正面から撃ち合うと苦戦必至だ。

 結局、正面戦闘を引き受けた囮部隊に二人ほど犠牲が出たところで側面に回り込んだ別働隊の手で戦闘ボットの集団に向かってグレネードが投げ入れられ、戦闘ボットの統制射撃が緩まったところに側撃部隊と正面部隊による十字砲火か決まって戦闘ボット達は全滅判定を受けた。フォルミカン側の死亡判定は二名。同数の戦闘ボット相手にまぁ上手くやったと言えるか。


「状況終了だ。まぁまぁだな」

「グレン相手にはまだ一本も取れないけどね……」

「一対多の戦闘は慣れっこなんでな」


 スピカを含めたフォルミカン達は戦闘ボットだけでなく俺とも模擬戦を何度も行なっている。互いに偵察ドローンなどは使わず、武器もレーザー兵器とグレネードだけという条件でやりあったが、今のところ俺の全勝だ。スピカ達の強みは触角の鋭敏な嗅覚を利用した索敵と、無言で行うフェロモンを使った相互連携だからな。それさえわかっていればやりようはいくらでもある。


「運転の慣熟訓練もしないといかんな。今日のところは上がりにして、明日は高機動車の運転をやってもらうか。ああ、レーザーで火傷を負った奴はちゃんと外傷治療用のジェルを使って治療しておくように」

「「「いえっさー!」」」


 死亡判定を食らって倒れていたフォルミカンも立ち上がり、訓練後のシャワーを浴びるために

ガヤガヤと去っていく。


「見ての通り護衛の訓練は進んでるから、お前達にも高機動車の運転訓練を明日からしてもらうからな」

「はぁい」

「わかりました」


 ライラとティエンがそう言って頷き、アインがコクコクと頷く。フォルミカン達には他にも偵察ドローンの使い方とかシールド発生装置の使い方も教えないといかんなぁ。本当にやることが多い。


 ☆★☆


「これが高機動車ですか」

「そうだ」

「なんか動物というか、虫っぽい」


 俺達が視線を向ける先には六本の足のような機構を持つ高機動車が四台鎮座していた。実際にはあれは足ではなく、強力なサスペンションと磁力モーターを備えた可動式サスペンションなのだが……まぁ、足に見えるよな。


「不整地走行用の高機動車両だ。こっちが輸送型で、こっちが護衛型。輸送型は最大二人乗り、護衛型は最大四人乗りだ。キャラバンの際にはタウリシアン四人がこっちの輸送型に二名ずつ乗って、こっちの護衛型にフォルミカンが三人から四人乗り込む」


 輸送型の高機動車両運転席のついたコンテナから六本の車輪付きの太めの足が生えているような構造だ。最高速度は時速六〇キロメートル程だが、六本の強力なサスペンション付きの足は不整地でも本体に殆ど揺れを与えずにスムーズな走行を行うことができる。最大積載重量は大きさの割に三トンほどと控えめだが、二台もあれば並みのキャラバンよりも遥かに多くの物資をやり取りが可能だろう。

 護衛型の高機動車両は輸送型の半分ほどの大きさだが、最高速度は時速一〇〇キロメートルと機動性に優れ、ルーフには回転式のターレットを装備している。足に見える可動式サスペンションが六本ついているのはこっちの車両も同じだ。

 ターレット――砲塔には様々な重火器を搭載することが可能で、移動しながらの射撃も当然可能だ。搭載火器については何にするか悩んだのだが、あまり高度な武器――レーザーランチャーなどの高火力対人レーザー兵器――を積んでもこの惑星の住人に対する示威効果は望めない、というスピカ達の意見を踏まえ、大口径の実弾機関銃を積むことにした。


「レーザーランチャーを見てもそれが危険な武器なのかどうか全然わからないだろうから……」

「でっかい銃の方がわかりやすいよ」

「わかったわかった」


 この重機関銃でも生身の人間が食らったら手足どころか胴体が真っ二つになりかねない威力があるから、これ以上渋るのはやめにしておいた。フォルミカン達にとっては光学兵器よりも実弾兵器の方が手に馴染むのかもしれん。やかましいし重いし、シールドで簡単に無効化されるから良いことはあまりないと思うんだがなぁ。


「タウリシアンとフォルミカンにはこの高機動車両の運転にまず慣れてもらう。言うまでもないと思うが、車両というのは存在そのものが質量兵器みたいなものだ。轢かれたりした日には即死しかねん。細心の注意を払い、銃火器と同じように慎重に取り扱うように」

「「「はーい」」」

「事故を起こしたらキツい罰を与えるからな」

「「「はい」」」


 返事が引き締まったな。よし。

 と、満足しているとシャツの裾をクイクイと引かれた。


「あの、グレンさん。私達も」

「運転してみたい」


 エリーカとミューゼンが目をキラキラさせている。そういやリバーストライクにも興味を示していたものな……ついでた、エリーカとミューゼンにも運転を仕込むか。フォルミカン達は体格の関係でリバーストライクの運転は無理だろうが、エリーカならギリギリいける筈だ。そうと決まればリバーストライクも持ってこよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る