#039 「いや暴発はしないが」
「ダメです」
「いや、ソフトドラッグと言ってもだな」
「ダメです! コルディア教会的にドラッグはアウトです!」
商品作物としてソフトドラッグの類を栽培するのはどうか? とエリーカに相談をしたら拒否された。それも完全無欠の全面拒否である。自分の腕だけでなく外肢まで伸ばしてダブルバッテンである。陽の光を受けてキラリと怪しく光る外肢の先の刃が眩しい。
「話を聞いてくれ。ソフトドラッグと一口に言っても、身近なものもよくあるだろう。酒や煙草、カフェインを含む飲料――例えば茶の類だってソフトドラッグといえばソフトドラッグだ。俺が作物として作ろうと言っているのはまさにこの辺りのもののことだ」
「……煙草はダメです」
「わかったわかった。じゃあ、酒と茶やコーヒーの類はアリだな?」
「……良いでしょう」
エリーカが伸ばしていた外肢を修道女服のスカートの中に仕舞う。外肢を出すためだけにスカートに深いスリットが入っているのはどうなんだと思わなくも無いが、普通のスカートだと外肢を伸ばす度に下着が丸見えになるので、そうなっているらしい。
ところでミューゼンよ、断固拒否するエリーカの後ろで触手で☓を作ったり◯を作ったりしながら怪しいダンスを踊るのをやめろ。噴き出して笑いそうになっただろうが。
「でもぉ、お酒にしてもお茶にしても、すぐに商品化できるようなものじゃないですよぉ?」
「長い目で見るしかないな。さしあたってはそういう嗜好品の類をキャラバンを通じて買い集めようかとも思うんだ」
「買い集める、ですか?」
何故そんな事をするのかと思ったのか、ライラが首を傾げる。
「ほら、うちにはシャトルがあるだろう? アレと通信設備を使えば『上』の馴染と連絡をつけて、そういったものを売ることが出来るんだよ。そうすれば『上』の通貨が手に入る。それで色々買えるし……個人的な事情で『上』で買いたいモノがあってな」
「買いたいモノ?」
ミューゼンも近寄ってきて首を傾げる。上と物資をやり取りするということに教務を抱いたのだろうか。いや、俺がそうしてまで欲しがるものが何なのか気になったのかも知れない。
「話すと長くなるんだが……あー……」
どこから話す? どう話す? 最終的に買うものと言えばあの陽電子頭脳を使えるセクサロイドの筐体だぞ? エリーカ達にそれを言うのか? 農場の稼ぎでセクサロイドを買いたいですって言うのか? いや無理だろう。俺の心が死ぬぞ。しかも、その理由が心臓の代わりに俺の躰に入っている反物質コアに、謎の女の人格が入っていて、そいつを外に出して借りを返すためなんだって言うのか? 科学的なアプローチでは一切その存在を確認できない脳内彼女というか、心臓内彼女がいるんですって説明するのか? 正気を疑われるだけじゃないか?
「物凄い悩んでる」
「そんなに言いにくいことなんでしょうかねぇ?」
「あの、グレンさん。言いにくいなら無理にとは言いませんから」
「いや、話す。話すが、俺が今から言うことは少なくとも、俺は事実だと認識していることだと――いや、いい。とにかく聞いてくれ」
そうして俺は話し始めた。身体の義体化が進むにつれて動力の問題が出てきたことを。四肢や内蔵を人工物に置き換えると言っても、その置き換えた四肢や臓器は血液と栄養で動くわけではない。人工物を動かすにはエネルギーが必要だ。
義体化率が低い間はエネルギーパックを利用することでなんとでもなってきたが、義体化率が上がるとエネルギーパックではエネルギーの供給が追いつかなくなる。それでも騙し騙しなんとかしていたが、ついにどうにもならなくなる時が来た。
「そんな時に勧められたのがこの反物質コアだ。俺も出自は知らんが、曰く付きの品だったらしい。その時に俺の面倒を見てくれていた傭兵団の団長が所有していたものでな」
心臓を摘出し、その代わりに反物質コアを移植した。この反物質コアには義体に動力を供給すると同時に、人工心臓としての機能もある。
奇妙な夢を見るようになったのは、この反物質コアが移植されてからのことだ。
顔のない女の夢。いや、正確には起きると同時に顔を思い出せなくなってしまう女の夢だ。最初はあまり良い関係を築けていなかった。頭がおかしくなったんじゃないかと思ったからな。何度もメンタルチェックを受けたし、投薬なども受けた。それでも治らず、結局打ち解けた。
「打ち解けた……」
「男と女だからな」
「夢の中で?」
「暴発させるんですかぁ?」
「いや暴発はしないが」
ストレートに聞いてくるな。まぁ気にはなるか。あと、暴発はしない。
「ある意味ではエリーカ達よりもずっと古い付き合いになる……いや、それは良い。つまり、今日手に入れてきたあの陽電子頭脳は彼女が外に出るのに適したもので、その彼女の陽電子頭脳を収める身体を手に入れる必要があるんだ。当然、上で買うしかない」
「外に出す必要がある?」
「彼女には借りが沢山あるんだ……俺が上で『
説明を聞き終えたエリーカ達は「ちょっとタイムです」と言って部屋の隅に三人で集まり、ヒソヒソと何か内緒話をし始めた。やめてくれ、そういうのは良くないと思うぞ。こう見えて俺は繊細なんだ。それで急に配慮した風な一歩引いた対応とかされたら泣くぞ。涙出ないけど。
「事情はわかりました。正直言って半信半疑なんですが、他ならぬグレンさんの言うことですから、グレンさんの思うようにしてもらおうと思います」
「上のことはわからないから、任せる」
「ついでに上の物資をいくらか入手できると良いと思いますねぇ。上の物資を売り捌いて嗜好品を買い集めて、嗜好品をまた上の物資と交換して、また嗜好品を集める。そういうサイクルで儲けるのが良いと思いますよぉ」
「そうか……ありがとうな」
皆の理解が得られてよかった。新たな目標もできたことだし、心機一転頑張るとするか。差し当たってやるべきことは……。
☆★☆
「コルディア教会への連絡だよな」
「そうなりますね」
反物質コアの中の彼女の件はすぐに進められるものでもない。まずは作物がちゃんと売れてエネルになるのかどうかを確かめる必要があるし、できるだけ行き来する回数は減らしたいから持っていく商品を予め用意する必要もある。つまり、嗜好品を買い集める必要がある。そのためにはキャラバンが来るのを待つしかないし、またキャラバンが来たら来たで嗜好品の類を持ってきてくれればタラーで買うなり、他の何かと交換するなりするから、集めてきてくれと話をする必要もある。
それには時間がかかるので、やはりコルディア教会への連絡が何よりの最優先事項であった。
「誰が来るか楽しみ」
「ヘレナかシスティアじゃないのか?」
「ヘレナさんは確かに司祭なので可能性はありますけど、システィアは助祭なので恐らく無いと思います。ただ、ヘレナさんは渉外担当ですし、ヘレナさん自身が移り住んでくるということであればそう言うと思うので、おそらく違うかと」
エリーカの予想を肯定するようにミューゼンがコクコクと頷いている。となると、俺の知らない新顔が派遣されてくる可能性が結構高いのか。どんな人が来るんだろうな。
「とにかく連絡しよう」
ちなみに、ライラは俺が持ち帰ってきた一八〇〇〇タラーを数えるのに忙しいらしい。俺も軽くチェックしたから大丈夫だと思うが、偽銀が混入されていたりしないか確かめるのだそうだ。
「コルディア教会の周波数は、っと……よし」
最寄りのコルディア教会の拠点に通信機の周波数を合わせて通信を呼びかけると、少しして応答があった。既にうちの周波数を記録してあったようで、すぐにヘレナが呼ばれる。
『ヘレナです。グレンさん、ご無事なようで何よりです』
「ああ、ありがとう。特に問題なくレイクサイドの件は片付いた。エリーカ達から話を聞いたが、医術に長ける司祭を派遣してくれるって?」
『はい。名目上は教会施設の管理者として、ですね。実質的には移住と思って頂ければ』
「なるほど。こちらとしては願ったりだな。俺は病気なんかにかかることもほぼ無いから良いんだが、エリーカ達はそうもいかんし、今後医者が必要な事態はいくらでも想定される」
『でしょうね。コルディア教会としても喜ばしいことです。それで、提案は受けて頂けるということでよろしいのでしょうか?』
「そのつもりだが、まずは詳細な条件を聞かせてくれ」
まず、新しく派遣する司祭とミューゼンはあくまでもコルディア教会の所属ということになる。とはいえ、基本的には俺に従って労働をしてもらう。俺は彼女達に衣食住を過不足なく提供し、コルディア教会の理念を可能な限り守る。彼女達は前述のようにコルディア教会の所属なので、今後何かしらの事由によりグレン農場とコルディア教会の関係が悪化した場合にはグレン農場から引き上げる可能性がある。その他にも細かい部分を色々と話し合い、条件を確認し合った。
「なるほど、了解した。その条件で良いなら受けさせてもらう」
『わかりました。では、準備が整い次第護衛とともにそちらに向かわせることになります。出発する前にもう一度連絡しますね』
「わかった。物騒みたいだからな、道中気をつけてくるように言っておいてくれ」
『はい、伝えておきますね。それでは』
「ああ」
これで医者の確保については目処がついたな。あとは商売をなんとか軌道に乗せないといかんな……酒と茶の醸造や栽培についても考えないといかん。そういえば、イトゥルップ共同体とタウリシアンの紛争だとか、ライラの件の反応もまだだったな。のんびりとした生活ができると思っていたんだが、思ったよりも忙しいな、地上での生活ってのは。
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