#040 「……レーションは良いぞ?」

 とりあえず一つの大きな目標は出来たが、それはそれとしていつも通りの日常というのを過ごしていかなければならない。農場の産品や他のコミュニティから集めたものを軌道上のトレーダーに買い取って貰い、エネルを稼ぐにしても、まずは手元に商品を用意しないことには始まらないからだ。


「これがグレン農場初の農作物か……」


 レイクサイドから帰還したその翌日。

 ついに収穫された子供の頭ほどもあるキャベツを手にしてその重さに驚く。意外とずっしりしているな。これ、葉っぱなんだよな? 葉っぱの塊がこんなにずっしりとした重さになるのか……グレネードよりも重いぞ、これ。凄いな。


「グレンがキャベツを抱っこしてる」

「ふふ……なんだか可愛いです」

「グレンさんは赤ちゃんが生まれたらどんな反応をするんでしょうねぇ……」


 収穫されたキャベツの重さを確かめたり、ためつすがめつしていると皆に微笑ましいものを見る目を向けられてしまった。


「しかし、生鮮野菜というものはなかなかに保存が難しいものだそうだな」

「そうですねぇ……このキャベツも冷暗所で保管すれば二週間は保ちますけど、常温だと一週間は保ちませんねぇ。三日から四日くらいが限界だと思いますよぉ」

「なるほど……うーむ」


 実はこの保存の問題には気づいていた。それこそ、この惑星に降り立つ前からだ。


「やはりアレしかないか」


 残念ながら科学が進んだこの世の中でも対象の時間を停めたり、極端に遅くしたりして長期間現状を保つ、といったような技術は開発されていない。しかし、生鮮食品の鮮度をできるだけ失わないようにしつつ、可能な限り長く保存するための技術はいくつか開発されている。

 その一つがこれだ。


「コンテナ、ですかねぇ?」


 運搬作業用ボットが運んできた人一人がすっぽりと入れそうな大きさのコンテナに手を置き、この秘密兵器――いや、兵器じゃないな。切り札だな。切り札の説明を始める。


「こいつは上で生鮮食品の管理や輸送に使われているコンテナでな。庫内の湿度や温度を保存に最適な状態に保ちつつ、微生物や細菌などを死滅させ、繁殖などを防止する。そうすることによって生鮮食料品を長く保存することを可能にするわけだな。これがただ冷凍するよりも食味を失わずに長期保存できるらしい」


 無論、冷凍保存に適した生鮮食品は冷凍保存したほうが長く品質を保ったまま保存ができるようだがな。それはそれとして、今回収穫したキャベツというやつはこちらの食品保管コンテナによる保存が適しているようだ。


「というわけで、収穫したキャベツはこの洗浄機でよく洗ってから食品保管コンテナに入れる。コンテナはたくさんあるから、すぐに食う分以外は全てコンテナに入れて保管しよう」

「うちの食料庫ならキャベツは二週間くらいは保存できるはずなので、二週間で食べきるのが難しそうな分はコンテナに入れちゃいましょうか」

「他の葉物野菜はだいたい冷凍でいけるはず」

「また管理する商品が増えますねぇ」


 ライラが嬉しそうに頬を緩めている。ライラはあれだな。倉庫に積み上がっている物資とか資産を管理したり、眺めたりするのに愉悦を感じるタイプだな。

 ともあれ、四人で収穫作業を行う――といっても収穫作業そのものは農作業用ボットやドローンが行うので、俺達は概ね見ているだけなのだが。


「楽を通り越して暇」

「素人が手を出すより、農業統括機に任せるのが確実だからな」


 洗浄作業やコンテナへの封入作業に関しても農業統括機が配下の農作業用ボットやドローンがテキパキと行うので、俺達が手を出す余地がない。エリーカは俺達が食う分のキャベツやその葉物野菜をとっとと確保してライラと一緒に鼻歌を歌いながら厨房へと向かっていった。ミューゼンは俺と一緒に収穫の監督作業である。本当にただ眺めているだけだが。


「お野菜、上に売るの?」

「どの程度で売れるかわからんがな。上で売ればエネルになる」

「エネルって上のお金の名前?」

「そうだな。上で使われているのはエネルっていう電子通貨だ。だいたいどこでも使える。むしろこの星では使えないことに驚いたぞ、俺は」

「生まれた時からずっとお金といえばタラーだからよくわからない」


 ミューゼンが首を傾げながら自分の触手の先端をくるりと巻いて「?」マークを作り出す。それはそうだよな、生まれた頃からそれしか見たことがない、それにしか触れたことがないならわからないのが当たり前だ。俺だってタラー銀貨を初めて見た時は黒ずんだ謎の金属片にしか思えなかったわけだし。


「エネルはどんな形?」

「形はないな。硬貨や紙幣ではなくて、電子通貨なんだ。エネルギー本位制の通貨らしいが、俺も詳しいことは知らんな」

「形がないものでどうやってお買い物をするの?」 

「電子決済システムを使うんだ。それで自分のエネル口座から支払うわけだな」

「……イメージができない」


 やはりミューゼンには理解できないらしい。大丈夫だ、俺もエネル通貨の一から十までを理解しているわけじゃないから。仕組みを理解していなくたって使えれば良いんだよ、こういうのは。


「だが、エネルがあればなんでも買える。対人レーザー兵器、憎きプラズマグレネード、パーソナルシールドにプラズマダガー、レーションだって買い放題だ」

「グレンのチョイスは戦闘向けが過ぎる。普通のお菓子とか楽しい玩具とかが良い」

「……レーションは良いぞ?」

「美味しいのもあるけど味が濃過ぎる。甘いのが良い」


 甘いのならエリーカが作ってくれるジャムとかで十分だと思うんだが。しかしミューゼンがそう言うなら、そういうものを探してみるのもアリかも知れない。


「わかった。いずれ上に行って買い物をする機会があったら、そういうのを探してみよう」

「やった」 


 ミューゼンが小躍りして喜ぶ。ふむ、エリーカとライラにも何か欲しいものが無いか聞いてみるか。昔、傭兵仲間が馴染みの女ができたならプレゼントを贈ってやれと言っていた。奴が言っていたのは航宙コロニーの娼婦のことだったが、女性にプレゼントを贈るというのは割と一般的な習慣だと聞いたことがある。やってみる価値はあるだろう。


 ☆★☆


「美味い」

「えへへ、そうですかぁ? おかわりもありますからねぇ」


 収穫の日の夜、今日はライラがメインとなってキャベツや葉物野菜、腸詰め肉やキャラバンから購入した芋類などを使った具沢山のスープを作ってくれていた。


「本当に美味しいですね」

「美味」


 エリーカとミューゼンもライラの作ったスープを絶賛している。多数の野菜と腸詰め肉から出た旨味に加え、キャベツから出た仄かな甘み、それに程よく熱が通り、食感の良い野菜達。味だけではなく食感も楽しめるこのスープは俺が今までに食ったことのない食事だった。


「これは金が取れるぞ。上で金持ちが大金を払って食うオーガニック料理というのはこういうものなんだろうな」

「ほ、褒めすぎですよぉ」


 ライラが大きな身体を揺すってくねくねと恥ずかしがる。うむ、大迫力だな。何がとは言わんが。そしてエリーカは暗い表情で自分の胸を見下ろすんじゃない。ライラがデカ過ぎるだけでエリーカのは極めて標準的な大きさで綺麗な形をしているから。というか、エリーカは一体俺の視線をどうやって察知しているんだ? 何か彼女には俺の視線を感知する特殊な感覚でも備わっているのだろうか。


「グレン、明日はあのりばーすとらいく? に乗ってみたい」

「あ、良いですね。私も乗ってみたいです」

「リバーストライクか。そうだな、乗り方を教えておけば何かの役に立つかもしれん。先日レイクサイドまで足を伸ばした時は爽快だったぞ。運転できるようになったら、遠乗りに行くのも良いかもしれんな」

「わぁ、良いですねぇ。遠乗り。殿方が駆る馬の後ろに相乗りして遠乗り、憧れですねぇ」


 ライラが大変機嫌が良さそうにそう言うのだが、リバーストライクの可搬重量的に俺とライラが一台のリバーストライクに乗って走るのはかなり無理がある。だが、こういう時のために言い訳は考えてある。


「すまん、義体化している俺の体重は重過ぎてな。リバーストライクに俺と二人乗りというのは難しい。リバーストライクをもう一台作るか、四輪の高機動車を作るかしないとダメだな」

「あぁん、残念ですねぇ……」


 ライラが心底残念そうに肩を落とす。エリーカとなら二人乗りもできると思うんだが、それは言わないでおこう。火中の栗に手を伸ばすようなものだ。

 その後はリバーストライクの運転について話したり、レイクサイドに行く途中で見た光景について話したりして和やかな時間を過ごした。アレだな、こういうのが家族団欒というものなのだろうな。

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