#041 「いや農場だが」

「本当にここは少し見ない間にガラッと景色が変わるな……」


 頭にピコピコと動く触角を生やした小柄な女――スピカが呆れたような声でそう言いながら、俺の太ももを平手でペチペチと叩いてきた。その程度で俺の強靭な下半身は小揺るぎもしないのだが。

 初の作物収穫を終えて数日。タウリシアンのキャラバンがグレン農場に到着した。そのキャラバンにはスピカ達も同行しており、彼女と彼女の部下達の合わせて十人が金を払って丁度十人分の収容能力がある宿舎に滞在することになった。

 そう、彼女達は今回タウリシアンのキャラバンの護衛としてこのグレン農場を訪れたのではなく、ただの旅人としてこのグレン農場を訪れたのだ。


「金を払う以上はお客様だ。予定の許す限りゆっくりしていけ」

「それに関してはあとでちょっと相談があるんだ。手が空いたら時間をくれないか?」

「いいだろう。では後でな」

「うん。私達はゆっくり骨休めをしているよ」


 そう言ってスピカは仲間達の元へと歩き去っていった。相談ね? 何を言い出す気かはわからんが、気にかけておくとしよう。今はスピカ達よりも先にタウリシアンのキャラバンに対処せねばならん。そろそろライラとキャラバンの話し合いも終わった頃だろう。

 タウリシアン達が荷物を広げているキャラバン用のトレードスポット――外から来たキャラバンが商売をするためのスペースをライラの店のすぐ近くに作ったのだ――へと向かうと、そこには三十名近いタウリシアン達がひしめいていた。


「あ、グレンさぁん。お待たせしましたぁ」


 そんなタウリシアンの集団の中からライラが俺に笑顔を向け、ひらひらと手を振ってくる。ライラの傍には二人のタウリシアンの男性――二人とも武器を携えている――が控えており、俺に鋭い視線を送ってきていた。


「こちらは私の兄のバルトロとライナスですぅ」

「バルトロだ」

「ライナス」


 ライラの兄達が手を差し出してきたので、握手をする。やたらと強く手を握ってきたが、俺の手はその程度では握り潰せんよ。逆にあちらの手を握り潰さない程度に力強く握り返しておく。


「むぅ」

「やる」


 二人が自分の右手を見つめながら顔を顰めたり、ヒラヒラと振ったりしている。掴みはオーケーだな。握手だけに。


「持参金を持ってきた。納めて欲しい」


 そう言ってバルトロがずしりと重い布袋を差し出してきたので、素直に受け取ってからライラに視線を向ける。これはどういう金なんだ。確か前は賠償金だとかそんな感じのことを言っていたと思うんだが。


「本来は嫁ぎ先で安全に暮らせるようにとか、住環境を整えるために使うお金なんですけどぉ……」

「まるで要塞だ」

「これで農場を名乗るとは恐れ入った」

「いや農場だが」


 そこを譲るつもりは無い。ここは農場だ。誰がなんと言おうとここは農場なんだ。だってほら、畑もあるし収穫もした。蕪も収穫できたので、今は新しく豆の類とかを植えているし。改良品種だから、肥料を使って土を調整すれば休耕せずとも畑に作物を植えられるのだ。無論、後に植える作物にはある程度制限というか、相性があるらしいのだが。


「しかもライラのために店や倉庫まで用意したと聞いた」

「力も十分だ。お前は大した男だ」


 そう言ってバルトロとライナスが二人でバシバシと俺の肩を叩いてくる。俺だから良いが、普通の人間だと肩が脱臼しかねん威力だと思うぞ、これは。


「まぁ、よくわからんが管理はライラに任せた」


 そう言って右から左へと流れるように賠償金だか持参金だかをライラへと渡すと、バルトロが「まて」と声をかけてきた。なんだよ。


「ライラにカネの管理を任せているのか?」

「ああ。うちの人員の中で商売に一番通じているのはライラだ。彼女は商売のスペシャリストだ。専門性の高い仕事を相応しい人物に任せるのは当たり前のことだろう」

「だが、お前の下に嫁いで日が浅いだろう」

「そうだな。だがライラは俺を裏切らない。そうだろう?」

「はいぃ……」


 俺が顔を向けてライラに聞くと、ライラは身体を震わせながら頷いた。何故そんなに恍惚とした表情を浮かべているのかはわからんが、何故か喜んでいる様子なのでよし。


「剛毅」


 ライナスが一言だけそう言い、俺をじっと見つめてくる。睨みつけられているわけではないようなので、まぁ何かわからんが先程よりは認められたのだろう。ライラの伴侶として。


「義弟よ。我々タウリシアンはお前と親密な関係を築きたいと考えている。ライラが急遽嫁ぐことになった件に関しては偶然に偶然が重なった結果だが、仮にイトゥルップ共同体の件が無かったにせよ、お前の下にはタウリシアンの娘を嫁がせることになっていたであろう。それが我々の考えだ」

「……どういうことだ?」

「つまりぃ、グレンさん個人の人柄やその技術、グレン農場の将来性などを考えれば、イトゥルップ共同体の件が無かったとしても血の縁を通じてグレンさんと友好関係を築こうということになっただろうってことですねぇ。ごく簡単に言えば、仲良くしましょうってことですよぉ」

「なるほど」


 ライラの説明に俺は頷いた。タウリシアンはリボースⅢにおいて強力な流通網と情報網、それに武力を併せ持つ強力なコミュニティだ。今のところ特に対立するような理由もないし、タウリシアン達の流通網はグレン農場にとっても有益なものである。仲良くする分には困ることは無さそうに思える。


「早速だが、同盟者たる義弟に骨を折ってもらいたい案件がある」

「とりあえず聞こう」


 承諾するにせよ断るにせよ、まずは話を聞かないことにはどうしようもない。骨を折ってもらいたいということは、こちらに負担がかかる案件なのだろう。安請け合いはできんな。


「今回、我々の同族の娘達を五人連れてきた。彼女達を引き取ってもらいたい」

「すまんが、意図を説明してくれ。詳しく。まさかライラのように全員嫁にしろという話ではないよな?」


 俺がそう聞くと、バルトロは「勿論だ」と言って頷いた。


「彼女達は行商を生業とする。ライラがそうしたように、行商はタウリシアンの娘達が自分の嫁ぎ先を見つけるための旅でもある。その拠点としてグレン農場を使わせて欲しい」

「この農場に住まわせることはまぁ、可能だろう。見ての通り防護壁の中の土地はまだまだ余っているし、専用の住居を作るなら着工はすぐにでもできる。ただ、どこまで面倒を見れば良いんだ?」

「基本的にはライラと同じように衣食住の面倒などを見てもらうことになるし、彼女達が行商をする際には彼女達が安全に行商を行えるように手を尽くしてもらうことになる。代わりに、彼女達が行商で稼ぐカネがこのコロニーに分配されることになる。それがどの程度の比率になるのか、運用はどうするのかという点についてはライラと相談するのが良いだろう。義弟も知っての通り、ライラはキャラバン運営の手法に通じている」


 バルトロの申し出について考える。正直、俺というかグレン農場としてはメリットが薄いように感じる。リボースⅢの流通通貨であるタラーは俺にとってはあまり価値のないものだからな。

 だが、考えようによっては商売の手を一気に伸ばせるチャンスでもある。彼女達を使えばキャラバンがグレン農場を訪れるのを待つ必要がない。こちから売ったり買ったりしに行かせられるわけだ。先日レイクサイドまで足を伸ばしたことで外のコミュニティとの平和裏の接触が行えれば何かと捗りそうだということはわかったので、ある意味では渡りに船の提案のようにも思える。

 彼女達の安全を守る、という件に関してはなんとかなるだろうしな。


「知っての通り、うちのコロニーはまだ駆け出しだ。ここまでは順調だが、今後も上手くいくかどうかはまだわからん。とりあえずその申し出は受けようとは思うが、まずは二ヶ月ほど運用して上手くいくかどうか確かめてみるのが良いと思うが」

「現実的な提案だ。同意しよう。ただ、結果的にタウリシアンの娘達がここを去るにせよ、我々とグレン農場が親密な関係を構築することには変わりはない。そこは周知させてもらう」

「ふむ……まぁ、そうなるか。わかった」


 タウリシアン達との同盟や親密な関係を築いたことを周知するということは、タウリシアン達と敵対している勢力から同様に敵視されるようになるということだ。ただ、ライラを嫁として迎えている以上はそれも既定路線ということになるだろう、受け容れるしかあるまい。

 こうして、グレン農場は五人のタウリシアンの娘さん達を交易要員としてお試しで引き取ることになった。同時にグレン農場とタウリシアンとの間に親密な絆が結ばれ、タウリシアンキャラバンの活動拠点となることが広く報せられることにもなった。それによって、今後はキャラバンの来訪が増えるだろうということである。

 つまり、これはグレン農場が農場としてだけでなく、交易拠点としても一歩を踏み出すということでもあった。グレン農場を中心とした一大経済圏の産声である――と良いのだが、さて。どうなることやら。何にせよ、油断なくことを進めていくべきなのだろうな。

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