#036 「……言ってることが賊の類と変わらんなぁ」
□■□
「チッ、クソどもが。無駄に抵抗しやがって」
予想外の被害を受けてしまった。レイクサイドはそこそこ歴史のある集落だが、然程武力が高い入植地という認識ではなかった。連中は牧歌的で、静かに農業と漁業で生計を立てている。だから少し脅せばこちらに従うという目算だった。
それが、現実はどうだ? 奴らはこちらの要求を突っぱねて壁に閉じこもり、どこから引っ張り出してきたのか大量の銃器で反撃してきやがった。こっちもやられてばかりではなかった。一部の壁を破って内部に雪崩込むことに成功した。だが、そこからが問題だった。至近距離での大乱戦になり、こちらの兵隊に相当の被害が出てしまった。あっちも無傷じゃないだろうが、こちらの方がやられた人数は多いようだった。負傷者も続出したため、一度態勢を整えるために撤退せざるをえなかった。
だが、次は勝つ。敵の親玉に弾を食らわせたという話だったし、奴らの数は俺達よりもずっと少ない。
サイサー達ならこんなケチな集落簡単に落としてたんだろうがな……奴らは帰ってこなかった。連絡もない。となれば、奴らは死んだんだろう。ここから東の位置にあるグレン農場とやらの攻略に失敗して。
「よぉし、てめぇら! 日も十分に落ちた! 傷が痛む奴もいるだろうが、ここが踏ん張りどころだ! 奴らの数も少ない! 仕留めちまえば後はやりたい放題だ! ここには女もいる! メシも、酒もある! 今夜だけは早い者勝ちで好きにして良いぜ!」
野郎どもが歓声を上げる。士気は十分に高い。俺達の目的はこのレイクサイドを占領して前線拠点にすることだ。今いる住民は基本要らねぇ。必要なら皆殺しにしても良いって話になってる。
「ただ、わかってるだろうが火付けはナシだ。俺達の新しいヤサになるんだからな。故意に火付けをした奴は生きたままその火の中に突っ込むから、その気でいろ」
先程とは打って変わってやる気のない返事が返ってくる。このクズ野郎どもがよぉ。
「よォし。それじゃあ事前の作戦通りに行くぞ。牽制射撃を加えながら壁に取り付いて吹っ飛ばす。そうしたら内部に突入してあとはやりたい放題だ。わかったな!」
暗くなれば壁からの射撃精度は落ちる。近づいて壁を抜いて乱戦に持ち込めば、あとは数が多い俺達が圧倒的に有利だ。多少犠牲は出るだろうが、それはそれだ。
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「……言ってることが賊の類と変わらんなぁ」
敵集団の近くに潜ませた偵察ドローンで拾った音声を聞いて思わず呟く。まぁ、傭兵にもああいう連中は居たがな。享楽的というか、刹那的というか、宙賊と大差ない倫理観の連中ってのが。ただ、ああいう連中は長生きしない。実際、今からこいつらには死んでもらう。
奴らが武器を手にとって動き出す。戦闘に使わない荷物は置いていくようだ。後でレイクサイドの連中が回収するだろうから、座標をマークしておこう。
おいおい、あいつら雄叫びを上げてるぞ。何のための夜襲なんだよ。威圧効果でも狙っているのか? わからん。何もわからん。もしかしたらこいつらはうちの農場を襲った連中よりも質が一段か二段くらい落ちるのかもしれん。俺から見れば大差無いが。
静音モードにしたリバーストライクに接続し、コントロールを半自動モードにする。これで両手を自由に使える状態で移動可能になった。
「行くか」
リバーストライクの上で両手を使ってレーザーライフルを構えながら、静かに奴らの背中へと忍び寄る。リバーストライクのサスペンションは強力だ。多少の凹凸では揺れもしない。
しかしこっちに全く気づく素振りがないな。まぁ、眼の前に夢中な連中のケツを掘るのは簡単だからな。こういうのはアレだF◯ckに夢中になってFu◯kされるとか言うんだよな、傭兵の間だと。
連中がレイクサイドの壁に向かって牽制射撃を加え始めたタイミングを見計らって、最後尾の賊――もう賊で良いよな?――の後頭部に対人レーザーライフルの一撃をお見舞いしてやる。
弾け飛んだ第一犠牲者に気づかれる前に賊どもの後頭部に次々に照準を合わせ、引き金を引く。何せレーザーライフルは光速で着弾するからな。走っているバイクの上からの射撃だろうと、ちゃんと照準さえできれば確実に命中する。
壁に向かって発砲することに夢中で後続の頭が弾け飛んでいることに全く気づいていないアホどもの頭をどんどん吹っ飛ばしていく。レーザーライフルには発射音も無ければ弾頭が音の壁を突破する時に発生するソニックブームも無いからな。着弾した頭やら何やらの表面が一瞬で蒸発し、爆散する音はするが、やかましい実弾銃の銃声に紛れる程度の音だ。
十人ほど殺したところで後ろからの発砲音が聞こえなくなったことに気づいた連中が出始めたが、まだ気づいて――いや、鼻が良いのがいたか? 恐らく血の匂いで気づかれたな。とはいえ、暗闇の中で突如仲間の頭や胴体が光って弾け飛ぶという現象が何なのか理解できてはいないようだ。対人レーザーでの攻撃なんて見たことが無いんだろうな。
理由もわからず恐怖に顔を引き攣らせているのだろうが、慈悲をかける筋合いも無い。淡々と賊どもを処理していく。木立に身を隠したり伏せたりして射線から逃れようとする連中も出てきたが、残念ながら俺の目は暗視もできるし遠赤外線視などもできる。その程度では俺の目から逃れることはできないし、そもそもリバーストライクで移動しながら射線を確保しているので、隠れても無駄だ。暗闇の中からわからん殺しされるが良い。
☆★☆
賊どもの掃討は終わった。なに、こちらの位置も掴めない上に射程で負けてる連中を撃っただけだ。殆ど的当てみたいなもんだな。偵察ドローンと俺の目で確実に全滅を確認している。漏れもない。一応死体の位置はマークしておくか。
リバーストライクのライトを点灯し、静音モードを解除してレイクサイドの正門らしき場所への移動を開始する。それと同時に、偵察ドローンに白のストロボライトを点滅させながら壁の上で警戒を続けているレイクサイドの住人に近づけていく。銃口を向けられているが、撃ってくる様子はないな。
「こちらはグレン農場のグレンだ。救援要請に応じてレイクサイドを襲っていた賊どもを全滅させた。今、バイクんに乗って正門に向かっている。撃つなよ。撃ったら殺すぞ」
『わ、わかった! 撃たないから安心してくれ』
若い声だが、通信でアホなことを言っていたボンクラとは別の男だな。撃たないという話なので、こちらもレーザーライフルは背中に背負っておく。もっとも、いつでも抜けるところにレーザーガンを二丁用意してあるから、いざとなれば対応は出来るがな。何故二丁かって? 一丁より二丁の方が瞬間火力が倍になるだろ。俺なら外さんしな。
正門に回ると、重々しい音が何度か鳴り、それから大きな門が開き始めた。重々しい音は閂を外した音だったのかもしれんな。
「……一人なのか?」
揃いの突撃銃を手にした三人の男が俺を出迎える。一人は壮年で、二人は若い。話しかけてきたのは壮年の男だな。
「見ての通りだ。仕留めたのはきっかり四三人。全員確実に殺してあるが、確認してくれ。このドローンに先導させる」
「……わかった。おい」
壮年の男が若い男達に声をかけ、案内のために動き出したドローンに二人をついていかせる。
「先に言っておくが、絶対に俺に銃口を向けるなよ。もし向けたら、問答無用で殺す」
「わかった」
男は頷いて銃から弾倉を抜き、薬室に装填されていた弾丸も抜き取った。そしてスリングで銃を肩に吊るす。
「うちの長のところに案内する。寝込んでるんだが……」
「ああ、知ってる」
バイクから降りて手で押し、壮年の男の後ろをついていきながら、ドローンからの映像をチェックする。あの二人は真面目に賊どもの生死確認を行なっているようだ。どいつもこいつも頭が吹き飛んでいるか、胴体に大穴が空いているから確認は楽だろうな。
「ここだ」
案内されたのは正門のすぐ近くにある割と頑丈そうな建物だった。救護所や病院などでよく使われるマークが壁に描かれている。この集落の救護所なのだろう。
「その荷物は?」
「手土産さ」
リバーストライクに積んできた医療物資を詰め込んだ物資パックを小脇に抱えて壮年の男の後ろに続いて建物に入ると、消毒液の匂いと血の臭い、それに痛みに耐えるようなうめき声などが聞こえてきた。
「酷い状況だな」
「入り込んだ敵の数が多くてな……乱戦になってこのざまだ」
救護所で寝込んでいるのは男女合わせて八名。どいつもこいつも状態はあまり良くないな。
「医者は?」
「腕の良いのがいるんだが、医薬品が足りないんだ。今は休んでる」
「ならちょうど良かったな」
俺はそう言って持ってきた物資パックを手近な机の上に置き、開封して中身を取り出す。外傷治療用ジェルを始めとして、上で標準的に使われている高度な医療品を詰め込んであるパックだ。これだけあればここにいる負傷者達を治療するのに十分だろう。
「ま、待っていてくれ! 医者を連れて来る!」
壮年の男はそう言って慌てて救護所を飛び出していった。医療物資に加えて救急ナノマシンユニットも二本持ってきたからな。うまくやれば全員助けられるだろう。
☆★☆
「……はぁ」
翌朝。うめき声の聞こえなくなった救護所で俺は溜息を吐いていた。本当は溜息を吐く機能なんざとっくに無いんだがな。ちゃんとした肺と口があった頃の習慣ってのは何年経ってもなかなか取れない。
壮年の男は腕の良い医者がいると言っていたのだが、連れてきた女の医者は俺が持ってきた医療物資が高度過ぎて使い方がわからなかったのだ。なので、俺が横で持ち込んだ医療物資の使い方を教えつつ、緊急手術の助手をする羽目になった。まぁ、俺も戦場生活が長いからな。戦場で発生する傷病についてはある程度知見がある。
え? 医者? 最後の患者の手術が終わったところで緊張の糸が切れたのか、その場に崩れ落ちて眠り始めたから患者達と一緒に寝かせてある。本当に手のかかる奴だ。
「む……痛みが……呼吸が楽だ。身体が動く……?」
そう言って身体を起こしたのはレイクサイドの長――デニスだった。俺をこの救護所に案内した壮年の男と同じくらい歳の人間で、厳しい顔つきと整えられた髭が特徴的な男だ。奴は胸に銃弾を食らっていて、肺に穴が空いていた。救急ナノマシンユニットが無かったら死んでたな。
「よぉ、起きたか」
「……ッ!?」
俺の顔を見たデニスが身体を強張らせる。起き抜けに俺ののっぺりとした真っ黒の顔は刺激が強いよな。わかるよ。
「グレンだ。一応お前と入植地の命の恩人だぜ」
「顔無しとは聞いていたが、なるほど……デニスだ。世話になったようだな」
「ああ、大いにな。貴重な医療物資も持ってきてやったんだ。ちゃんとした見返りを要求させてもらうぞ」
俺がそう言うと、デニスは降参の意を示すように両手を挙げてみせた。素直に言うことを聞く気があるようで何よりだ。
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