#035 「その時は皆殺しだな」

『うちのボンクラが……迷惑をかけて、本当に申し訳ない……』


 暫くして通信機の向こうから聞こえてきたのは今にもくたばりそうな男の声だった。こいつがライラの言っていたデニスという男なのだろう。


「デニスさん、お久しぶりですぅ。かなり追い詰められている感じですかぁ?」

『意地張っても仕方ねぇから言うが、かなり厳しいな……奴ら、数も質も揃ってやがる。壁も抜かれて乱戦になって、俺もこのざまだ』


 通信機の向こうから咳き込む音が聞こえる。容態はあまり良く無さそうだ。壁を抜かれたというのは例のロケット砲か、或いは近づかれて爆破でもされたのか、燃やされでもしたのか。恐らくこのうちのどれかだろうな。


「助けて欲しいって言われたんですけどぉ、何か支払いのアテはあるんですかぁ? 言っておきますけど、私はもうグレン農場の人間なんでぇ、農場の利益にならないことはうちのボスにとりなせませんよぉ?」

『ほぉ……? 気になる話だが、今聞くことじゃねぇな。タラーなら今払えるのは掻き集めても18000ってとこだ。足りねぇ分はうちの備蓄物資から好きなもんを好きなだけ持っていって貰うしかねぇな』

「なるほどぉ……相手はイトゥルップ共同体って聞きましたけどぉ、数と武装はどんな感じなんですかぁ?」

『最初は六〇人くらい居たと思うが、二〇くらいは殺った。残りも半分くらいは手傷を負ってるはずだ』


 ライラが「やれるか?」とでも言いたげな視線を向けてきたので、頷いておく。数が四〇程度で半数が負傷、注意がレイクサイドに向いているところに奇襲をかけるなら素手でも捻り潰す自信がある。対人レーザー兵器を持ち込むなら、どこから何に攻撃されているのかも理解させずに殺しきれるな。


「ちょっと待ってくださいねぇ、ボスにお伺いを立てますんでぇ」


 そう言ってライラが通信をミュートにする。


「グレンさんが余裕だと言うのなら、そこそこ美味しい話だと思いますよぉ。備蓄物資の中には機械兵士や機械ムカデの残骸とかぁ、上から降ってきた物資とかぁ、よくわからないガラクタもあるかもしれませんしぃ」

「よくわからないガラクタか……俺には使い道がわかるかもしれんというわけだな?」

「はい、その可能性があるかとぉ。ただ、向こうも追い詰められているのでぇ、いざ報酬を支払うとなった時に渋ったりぃ、グレンさんを袋叩きにして無かったことにしようとしたりするかもしれませんねぇ」

「その時は皆殺しだな」

「あー……まぁ、仕方ないですねぇ。グレンさんなら無傷で逃げ出すこともできるかもしれませんけどぉ、そうしたとしてもレイクサイドは潜在的な敵になりますもんねぇ」


 俺とライラの会話を聞いたエリーカとミューゼンがなんとも言えない表情を浮かべる。コルディア教会は博愛ではなく友愛を謳う組織だが、それでも敵対コミュニティを皆殺しにするというのはあまり歓迎できる状況ではないということなのだろう。


「グレンさんの身の安全が一番です」

「うん」

「そう言ってくれるとありがたいな。一応非戦闘員にまで手をかけようとは思わんが……遅かれ早かれということにはなるだろうな」


 戦闘員を失った入植地に未来はあるまい。皆殺しになるまえに降伏してくれれば良いがな。そもそも変な気を起こさなければ何の面倒も無いんだが。


「一応なんですけどぉ、妙なことにならないように医療物資を持っていくのはどうですかねぇ?」

「ふむ……それで変な気を起こす確率が減って、相手に恩を着せられるならアリかもしれんな」


 こちらがそのような施しをする義理は無いが、向こうに貸しを作っておくのはアリだな。今後、友好的な関係を築くきっかけにもなるかもしれん。

 人間というのは感情で動く生き物だ。そういう契約で、俺の助けが無ければ破滅していたとしても、大量の財貨を俺に持っていかれた――つまり奪われたという感情が絶対に芽生えるものだ。だが、そこで貴重な医療物資を無償で置いていったとしたら? 少なくとも血も涙もない奴という印象にはならないはずだ。

 つまりアレだ。仲間内で賭けをやって馬鹿勝ちした時に、皆に一杯奢って軋轢を生まないようにするのと同じ理屈だな。


「そういう方向で行こう。一応最寄りのコミュニティということになるからな。仲良くしておいたほうが色々と捗る。そういうことだな?」

「そういうことですねぇ。ご近所付き合いは大事ですから」

「了解した。俺は準備に入るから、助けに行くと言っておけ」

「わかりましたぁ」


 そうと決まればさっさと準備をせんといかんな。


 ☆★☆


 凡そ三時間ほどかけて準備を整えた俺は、新しく作った『足』を使ってグレン農場を出発し、事前に設定していたルートに従って原野を疾走していた。

 キイィィィン! と甲高いモーター音を鳴らしながら時速凡そ一〇〇キロメートル程のスピードで俺を西へ西へと運んでいるこのヴィークルは前輪が二輪、後輪が一輪のリバーストライク型のバイクだ。

 強力な機械制御のサスペンションを備えており、不整地走行能力に優れている。エネルギーキャパシターに蓄えられたエネルギーで駆動し、フルチャージ状態の航続距離は凡そ二〇〇〇キロメートル。エネルギーキャパシターのエネルギーが切れた場合にはレーザーガンなどに使用されるエネルギーパックでも駆動可能。積載量も俺と各種装備を乗せて尚三〇キログラムほどの余裕がある。乗っているのがエリーカなら、もう一〇〇キログラム近く積めるかもしれんな。


「よっと……中々に気持ちが良いな、これは」


 このリボースⅢに降りてから拠点を離れて遠出するのは初めてだが、これが存外に心地良い。雄大な自然の中をバイクで疾走するこの爽快感は病みつきになりそうだ。たまにこうして周辺の偵察に出るのも気分転換になって良いかもしれん。装備を減らせばエリーカとなら楽にタンデムもできそうだし。

 何故ミューゼンやライラは候補に上がらなかったのかって? 彼女達の名誉を傷つけるわけにはいかないから、回答は拒否しておく。もしかしたらミューゼンはギリギリいけるかもしれんが、ライラは絶対に無理だ。

 そんなことを考えながらバイクを暫く走らせていると徐々に下りになり始め、前方にそこそこの大きさの湖が見えてきた。あの湖の畔にレイクサイドはある筈だ。

 バイクを停めてレイクサイドの位置を探す。俺の目は特別製だからな。望遠も暗視もなんでもござれだ。


「……見つけた。あれか」


 今いる場所から十時方向、湖畔の辺りに人工物が見える。丸太で作られた防壁だな、あれは。火の手や煙の類は見えない。じきに日が沈むから、イトゥルップ共同体の連中は夜陰に乗じて攻撃を仕掛けるつもりかもしれんな。


「つまり、気を抜いている今がチャンスだ」


 バイクに積んでいた偵察ドローンを飛ばし、索敵を開始する。レイクサイドからの攻撃も視線も通らない場所に奴らは潜んでいるはずだ。恐らくだが、日が落ちるまで戦闘前の最後の休息を取っているところだろう。

 気を抜いている今のうちに捕捉し、奴らがレイクサイドに攻撃を仕掛けたその瞬間に後ろから奇襲する。それで奴らは終わりだ。

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