#034 「赤の他人の命なんて銃弾一発分の価値もありませんよぉ」
てっきりコルディア教会からの連絡だろうと思って通信を繋いだら、なんか知らん所からの救援要請だった。よくよく設定を見てみると、どうやら相手は全周波数でとにかく手当たり次第に救援要請の通信を発信していたらしい。それが偶然うちの通信機の周波数と合致したと。なるほどね。
『通信相手を間違えているんじゃないか? 興味がないから通信を切るぞ』
『待て待て待て待て! 頼む! 頼むから話を聞いてくれ! そっちの農場の話はタウリシアンのキャラバンから聞いたんだ! 最近上から降りてきた奴が農場を作り始めたって!』
『そうか。じゃあな』
通信を切る。
そういえば最初にライラ達が来た時に西の湖畔にある村だか集落に行くみたいな話を聞いた覚えがある。恐らく通信相手はその集落なんだろう。確か西に数日とか言ってたか? 荷物を背負った普通の人間が平地で一日に徒歩で移動できる距離は凡そ三〇キロメートル程と言われている。数日ということは、まぁ三日から五日くらいの距離なのだろうから、凡そ九〇キロメートルから一五〇キロメートルほどといったところか? 俺なら一日で走り抜けることも可能だが、そんな無茶はやりたくないし、やる義理もないな。
などと考えていると、すぐさま新たな着信があった。発信元は先程のレイクサイドとかいう集落だ。
「どうしたんです? グレンさん」
エリーカが突然黙りこくった俺の顔を覗き込んでくる。顔の無い俺ののっぺりとした顔を覗き込んだところで何かわかるとは思えないんだが、エリーカだと何か読み取りそうなんだよな……一応話しておくか。うるさいので着信アラートをオフにしておく。
「レイクサイドとかいう知らんところから通信が入ってきて、ふざけたことを言ってきたから通信を切って、それでもかかってきているから無視しているんだ」
「ふざけたこと?」
ミューゼンが首を傾げて触手の先端をくるんと巻く。それはあれか? 所謂『?』マークを触手で表現しているのか? 芸が細かいな……。
「敵対コミュニティから襲撃を受けているから今すぐ救援を寄越せだと」
「そ、それは流石に……」
「ふざけてる」
友愛を謳うコルディア教会のシスター達をしてこの評価である。この星に来てから価値観の相違に晒されることが多かった俺だが、今回の件に関して二人の同意を得られたことは実に喜ばしいな。
「まだご挨拶もしたこともなければ、交流も無い後発の入植地に初手でその申し出はちょっと……」
「俺もそう思う。そう思うが……一応ライラの知り合いみたいだから、話をしてみるか」
ということで、緊急案件発生と言ってライラを呼び寄せてみた。
「緊急案件――って割には落ち着いてませぇん?」
駆けつけたライラが優雅にお茶を飲んでいる俺達に視線を向けて眉根を寄せる。
「すまん、だが本当に緊急案件ではあるんだ。一応。多分。少なくとも向こうとしては」
「話が見えないんですけどぉ……」
困惑するライラに席を勧め、腰を落ち着けたところでレイクサイドとやらからの通信があったことと。その内容を伝える。
「うーん……レイクサイドに知り合いはいますけどぉ、流石にそれだけで『助けてあげて』とは言う気にはなれませんねぇ」
ライラが困ったように眉根を寄せながら胸の前で腕を組み、自分の頬に手を当てる。腕の上に載った胸部の存在感が凄いな。ミューゼン、同じ体勢で張り合わんで良い。エリーカは自分の胸を見下ろして無表情にならなくて良いから。ライラとミューゼンがデカいだけでエリーカは普通だから。
「とりあえずぅ、私が話してみましょうかぁ? グレンさんのことですから、助けに行こうと思えば行けるんですよねぇ?」
「方法は無くもない」
小型シャトル――ザブトンを使えば簡単だが、他の勢力に捕捉される可能性が高いからあまり使いたくない。また、走っていくことも可能ではあるが、疲れるからよほどの事情がない限り絶対にやりたくない。
そこで第三の選択肢が出てくる。地上を楽に高速移動するための足が無いなら作ってしまえば良い。反重力ユニットを搭載した全地形対応のヴィークルとなると流石にコストが高すぎるが、車輪で走るタイプのヴィークルなら然程コストもかからない。今まで使う機会が無かったから作っていなかったが、高機動ヴィークル用の小型エネルギーキャパシターの用意はある。拠点防衛用のコイルガンに使ってしまっていなければセンティピード型やソルジャー型のエネルギーキャパシターでも作れたんだが……まぁ良い。
「通信機に行きましょうかぁ」
「わかった」
どう囀ってくれるのか一応聞いてみるとしようか。
☆★☆
『繋がった!? おい! 通信の途中でいきなり切る奴が――』
「うるさいですねぇ。くだらない戯言しか出てこないその口閉じてくれますぅ? その声はデニスさんのところのボンクラ息子ですよねぇ?」
おお、初手でなかなかに辛辣なパンチが飛び出してきたな。エリーカが目を丸くしてるぞ。
『あっ……!? な……っ!? その声、聞き覚えが……!』
「はぁい、キャラバンのリーダーとして何度かそちらに行ったことがあるタウリシアンのライラですよぉ。デニスさんはどうしたんですかぁ?」
『お、親父は弾を食らって寝込んでて……そ、そんなことよりも助けてくれよ! 一旦は追い払ったけど、ヤバいんだ! イトゥルップ共同体の連中にここのところ何度も攻撃されてるんだよ!』
イトゥルップ共同体……ああ、前にライラとスピカ達を追ってきて速攻で全滅した連中か。結構な痛手を与えたんじゃないかと思っていたんだが、元気に活動してるんだな。
「どうしてグレン農場がレイクサイドを助けなきゃならないんですかねぇ? 助ける義理なんて一つも無いですよぉ?」
『そ、それは……ひ、人の命がかかってるんだぞ!?』
「やだぁ、もう。利害関係のない赤の他人の命なんて銃弾一発分の価値もありませんよぉ」
そう言ってライラがクスクスと笑う。うん、怖い。俺でもなかなか見たこと無いような冷笑だ。ミューゼンが怖がってエリーカに抱きついてるぞ。触手も絡めて。
「仮に助けたとして、何か対価としてそちらに出せるものはあるんですかぁ?」
「そ、それは……た、タラーなら払う! 3000くらい――」
「3000? 話にならないですねぇ。滅亡寸前の入植地を救って欲しいって言うなら、桁が一つ足りませんよぉ? それに、くらいって言いましたぁ? 数字を断言できない時点で財務状況を把握できてないことが丸わかりなんですけどぉ? 話にならないんでぇ、死んでないなら今すぐデニスさんを叩き起こしてきてくれますぅ?」
容赦ねぇな。作業用ボットに『足』の作成指示だけ出しておこう。エリーカやミューゼンの採取にも使えるかもしれん。最近は防壁から結構離れたところに採集に行くこともあるようだし。
『お、親父は寝込んでて……』
「それがなんだって言うんですかぁ? 仮に貴方との口約束でこちらが戦力を出したとしてもぉ、貴方が相手じゃその口約束が履行される保証が欠片もありませんよねぇ? なら話しても無駄なんでぇ、これで失礼しますねぇ」
『わ、わかった! 親父をなんとか起こしてくる! 起こしてくるから待ってくれ!』
向こうのボンクラ息子とやらがそう言って通信機の前から離れたのか、向こうからの音声が暫し途絶える。
「もぉ、困っちゃいますよねぇ? そもそも財務情報も把握してもいなければ、決裁権もない人間が交渉しようだなんて、話になりませんよぉ」
「おう、そうだな」
「そ、そうですね」
振り返って困ったような笑みを向けてくるライラに俺とエリーカが返事をする。ミューゼン? ミューゼンはエリーカを盾にして震えてるよ。全然隠れきれてないがな。
「実際のところ、こういう救援依頼の相場はどんなもんなんだ?」
「相場なんてありませんよぉ。まぁ有り金全部と貴重品を全て差し出すくらいは当然じゃないですかねぇ? 元々深い付き合いがあって、相手がいなくなるとこっちも困る、みたいな関係なら話は別ですけどぉ……別にレイクサイドとはそういう関係じゃありませんしぃ」
「なるほど」
確かにそう言われればそうなんだろうな。そういう意味ではうちの生命線になっているのはサムとジェシーのキャラバンだとか、タウリシアンのキャラバンだとか、その辺になるのか。となると、交易路の確保がうちの生命線ってことになるのかね? いずれは交易路を脅かす勢力やら自律駆逐兵器やらに対処しなきゃならんという事態も起こるかもしれんな。
しかし、やはり防衛だけでなく、外の脅威を殲滅するような用意もしなきゃならんか。その辺りのことは『辺境世界における生き残り方とその準備』にも書いてあったな。やはりあのガイドブックは役に立つ。
「とはいえ、相手がイトゥルップ共同体となると放置するのも面倒ではあるな。うちにもちょっかいはかけてくるだろうし、橋頭堡にされるのも困る」
「それはそうですけどぉ、連中の入植地はうちの戦士団がいくつか潰すことになると思いますから、そういう心配は暫くは大丈夫だと思いますよぉ? タウリシアンのキャラバンを襲って無事でいられるわけがありませんからねぇ」
ライラはタウリシアンの戦士団とやらの実力を隨分と信頼しているらしいな。武装した連中の入植地をいくつか潰す、か。少なくともこの前襲ってきた自律駆逐兵器よりは脅威度の高い連中なんだろうな。
「となると、今回の行動はそれに備えて新たな拠点を確保しようって腹か?」
「うーん、どうでしょうねぇ? 私達を襲うくらいの間抜けどもの考えることはちょっとわかりませんねぇ」
いずれにせよ、こっちが動くだけの条件を向こうが出せないようなら、積極的に助ける理由も無いか。それ以前にデニスとやらが交渉の場に立てるかどうかが問題だな。まずは事の成り行きを見守るとしようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます