#037 「おいおい、これ以上うちから搾り取ろうってのか?」

「本当にこいつがやったのかどうかわからないじゃないか!」


 ボンクラが目の前で喚くのを見た俺は腕を組んだまま空を見上げた。ああ、おそらきれい。

 まだ何か喚いているのを無視して、俺とボンクラとの間に割って入れる位置で苦り切った表情を浮かべているデニスに視線を向ける。


「聞く気にもならんが、こいつが喚いていることがこの入植地の総意ってことで良いのか?」

「そんなわけがないだろう……あまり虐めんでくれ」

「ならこいつの囀りを早めに止めたほうが良いぞ。温厚な俺にも我慢の限界ってものがあるからな」

「お、脅すのか!? やっぱりこんな奴――ぐべぇっ!?」


 デニスの拳がボンクラの鼻っ面にめり込み、ボンクラが血を吹いて吹っ飛ぶ。ほう、歳の割に良いパンチだな。

 吹っ飛んだボンクラが鼻血を手で押さえながら信じられないものを見るような目をデニスに向ける。


「なぁ、ディランよ。俺ぁ今まで散々お前を甘やかしてきたがな。もうやめだ」

「お、おやじ……?」

「放っておいてもいつかはまともになると思ってたんだがなぁ……はぁ。ボブ、すまんがそいつを七番にぶち込んできてくれ」

「ああ」


 ボブと呼ばれた男――俺を救護所に案内した壮年の男だ――が呆然としているボンクラことディランを引きずって集落の奥の方へと消えていく。七番ってのが何なのかはわからんが、恐らく営倉だとか牢屋だとか、そういった類のものだろう。


「すまんな、グレン。出来の悪い息子が迷惑を掛けた」

「別に構わんさ。このナリだから怖がられたり、気味悪がられたりして罵倒されるのには慣れてるんでね。あまり煩いと手が出るが」

「勘弁してくれ……ライラに聞いたが、あんた素手でプレデターズを殺せるんだろ?」

「ああ。まぁその辺りはもう良い。うちの連中が心配しているだろうからな。とっとと報酬を受け取って帰りたいんだが」

「そうだな、着いてきてくれ。皆、この場は解散だ。各自作業に戻ってくれ」


 デニスが先を歩き始めながら周りに声をかけ、俺とボンクラとの言い争い――というか、ボンクラの一方的な言いがかり劇場を遠巻きに見ていた入植地の住民達を解散させていく。非戦闘員は現場を見いていないからか、結構ボンクラの話を信じている感じだったな。戦闘員達は徐々に少なくなる銃声を聞いたり、一瞬だけ眩しく光って頭や胴体を爆散させる賊どもを見ていたからか、ボンクラに冷めた視線や俺に恐怖の視線を向けていたが。俺がいつキレてボンクラをぶっ殺すのか戦々恐々としていたんだろうな、アレは。


「あんたの『足』も見させてもらったが、あれは良いな。タラーを積めばうちにも売ってくれたりしないか?」

「アレにエネルギーを充填できるのはうちの農場だけだし、メンテナンスのことも考えるとあまりオススメできんな。うちとここの間なら無補給で十往復はできると思うが」

「エネルギーの充填とメンテナンス料金を都度払う形ならどうだ?」

「うちは農場であってバイク屋じゃないんだよなぁ……アレに使うコア部品にも限りがあるし、正直あまり気が進まん」

「そりゃ残念だ。気が向いたら応じてくれ」


 デニスはリバーストライクを本気で欲しがっているようだったが、しつこく食い下がる気は無いようだ。物資をそれなりに積んだ上でうちの農場からレイクサイドまで二時間かからずに走破できるだけの性能があるからな。足としてはかなり使い勝手が良いだろう。

 俺が乗ったんじゃ大した量の荷はやり取りできないが、エリーカのような体重の軽い人員が扱うなら一〇〇キログラム以上の物資を高速で輸送できる。五台くらいで運用すれば運べる物資の数もそれなりになるし、何より足が速いから襲撃などに遭う確率もグンと下がるだろうな。

 まぁ、リバーストライクを五台運用するくらいなら、同じエネルギーキャパシターを二つ使って二台の輸送車両を作ったほうが使い勝手は良いかもしれんがな。スピードは落ちるが、より多くの物資をやり取りできるようになる筈だ。

 もっとも、わざわざそんな提案をするつもりは更々無いが。しかし、将来的にうちの農場からキャラバンを出すのもアリと言えばアリか? もしくはうちで車両や装備を提供してキャラバンを運営させて、機材使用料やメンテナンス費用、そして貿易の上がりを頂くというビジネスモデルはどうだろうか? 今すぐには無理だが、検討の余地はあるな。帰ったらライラに相談してみるか。


「ここがうちの物資備蓄庫だ」

「部外者の俺にそんな重要な場所の事を教えて良いのか?」

「あんたに狙われたらどのみちうちの集落は終わりだろう。隠す意味があるとは思えんな」


 デニスがそう言って肩を竦める。確かにそうだな。俺なら単身でこの集落に忍び込んで住民を全滅させるくらい朝飯前だ。ここには偵察ドローンや対人警戒センサーの類が全く無いようだしな。


「どっちにしろ備蓄物資の中から好きなものを持っていってもらう約束だろう? 結局ここに案内する必要があるんだから、細かいことは気にするな」

「そっちが良いなら俺は構わんがね」


 デニスが三重のロックを外し、俺を備蓄物資倉庫の中へと招き入れる。


「ほぉ、大した量だな」


 レイクサイドの物資備蓄庫は半地下になっており、かなりの広さがあった。その広い空間の中に金属製の大きな棚がズラリと奥まで並べられていて、棚には色々な物資が備蓄されているようだ。


「使い道のわからんガラクタも多いがな。俺はお前さんに支払うタラーを数えるから、好きに見て回ってくれ」

「そうさせてもらおう」


 デニスの言う通りよくわからないガラクタも多いようだが、探せばそれなりに掘り出し物がありそうな感じがするな。

 奥に行くほど古いものが多いようだ。手前側には消耗品や保存食なんかが多いな。この辺にはあまり興味はない。見るなら中程より奥側だな。


「ふむ……」


 中程には装備品の類が多いようだ。古い銃火器の類や、アーマーの類。金属製の甲冑や近接武器なんかも置いてある。こんな年代物を使うことなんてあるのか……? 俺ならさっさと金属資源として再利用するがな。もっと奥には恐らく使い道がわからないのであろうガラクタの類が並んでいる。俺の目から見てもよくわからんガラクタが多いが、ちらほらとハイテク製品の残骸っぽいものもあるな。


「少し古いが未使用のエネルギーパック……これは使えるな。小型のエネルギーキャパシター……ダメだな、壊れてる。こいつは自律駆逐兵器の残骸。コンポーネントは全壊。うーむ」


 エネルギーパックを詰めたケースは貰っていこう。壊れたエネルギーキャパシターもリサイクルすれば使い途はあるな。自律駆逐兵器の残骸はゴミだ。他には……。


「お? こいつは……」


 頑丈そうなシールドケースを見つけた。開けた形跡はないから、中身は無事のようだ。電子タグの情報を読み取ってみたところ、中に入っているのは……小型の陽電子頭脳? これは物凄い拾い物だが、使い途は……ううむ、すぐには思いつかんな。

 陽電子頭脳というのは、所謂機械知性だとか言われる高度なAIが、一つの独立した個として活動するためのコア部品だ。要は、人類ヒューマンレースと同等の人格を持った機械の素ってことだな。無機物で作られた脳味噌と言っても良い。

 これは掘り出し物に違いないが、使い途がなぁ……ああ、待てよ? あいつとの取引には使えるか? 使えるな。こいつは普通に買えば軽く5万エネルくらいはする高級品だ。まぁ拾い物だから買い叩かれるだろうが、それでも半値か2万エネルくらいで売れるだろう。2万エネルあれば色々と調達できる。十分にアリだな。こいつも確保だ。

 他にも使えそうなものはいくつかあったが、陽電子頭脳が封入されたシールドケースだけでも十分な価値があるものなので、これとエネルギーパックが詰め込まれたケースの二つを頂くことにした。シールドケースの中身が無事なのも確認済みだ。これは儲けたな。


「気に入るものはあったか?」


 エネルギーパックのケースとシールドケースを小脇に抱えて入口の辺りに戻ると、タラーが入っているらしき布袋を机の上に用意したデニスが声をかけてきた。


「ああ、掘り出し物があったぞ」

「ほぉ? 一応見せてもらえるか?」

「どうぞ。こっちは報酬を確かめさせてもらう」


 俺が小脇に抱えてきたものをデニスに預け、俺は十八個用意されている布袋のうち、一つの中身を検めさせてもらう。若干磨り減っていたり、黒ずんでしまっているものも多いが、きっかり1000タラー入っているようだな。不審な偽銀の類が混入しているということも無さそうだ。磁性と比重の確認もしっかりとしたから問題あるまい。

 あん? 磁性のチェックなんてどうやったのかって? 俺の手足には磁性体の床や壁、天井に立ったり張り付いたりするための機能があるんだよ。それを利用しただけだ。

 詳細にチェックした一袋の重さを基準にざっと他の袋の重さをチェックし、袋に手を突っ込んで軽く磁性のチェックなどを行なっておく。お互いのためにもこういうチェックは重要だからな。


「確かに、契約通り18000タラーだな。事前の契約通り、追加の報酬としてこの18000タラーの他に俺が選んだものを報酬として頂いていく。ああ、持ち込んだ医薬品は手土産だから、余った分もレイクサイドで使ってくれて構わん」

「有り難く利用させてもらおう。それじゃあ、これで今回の件は終了だな」

「ああ、終了だ。とはいえ、毎度今回みたいに救援要請を出されても困るんでな。その辺りは弁えてくれ」


 俺がそう言って釘を刺すと、デニスは苦笑いを浮かべてみせた。


「そうそう遅れを取るつもりはない。今まで以上に防備を固めるさ」

「そうか。ちなみに、うちでは鹵獲品をレストアした高品質の武器や、高品質の弾薬なんかを商品として扱ってる。必要なら買いに来ると良い。なんなら持ち込んだ武器を下取りしてやっても良いぞ」

「おいおい、これ以上うちから搾り取ろうってのか? 勘弁してくれよ。もううちの蓄えはからっけつだぜ」


 更なる出費を想像したのか、デニスがあからさまに顔を顰める。だが、うちで扱う武器や弾薬に興味はあるのか、詳しい話を聞いてきた。近々レイクサイドからキャラバンを迎え入れることになりそうだな、これは。

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