#064 「面白おかしく生きるのが一番」
馴染みの女船長と連絡を取った俺は、嫁さん達と船に乗るべく地下の格納庫へと向かった。
「はぇー……初めて来たな、ここ」
「普段使うようなものでもないからな」
一応緊急時に動力源として使えないこともないのだが、駆逐艦級のジェネレーターコアを使った大型ジェネレーターを稼働させてからは、動力源としてこいつを使う必要も無くなった。なので、今回のように軌道上のトレーダーと取引に行くということでもない限り、俺ですらこの地下格納庫に足を踏み入れることがないくらいなのだ。スピカがこの地下格納庫に入ったことがないのもそういう事情である。
「旦那、こいつを使えば交易ももっと楽になるんじゃないのか?」
「便利だろうが、滅茶苦茶に目立つな。惑星から脱出も可能な小型シャトルをうちみたいな弱小集落が持っていると知れ渡ったら、どうなると思う?」
「ああ、面倒なことになりそうなのは確かだな。弱小集落ってところには大いに疑義があるけど」
おいおい、人口五〇人にも満たない集落が弱小集落じゃないわけないだろう。なんだかんだで頭数は力だぞ。まぁ、実弾銃で武装した間抜けが一〇〇どころか二〇〇来ても撃退する自信はあるが。
「さぁ、乗った乗った。コックピットには俺とエリーカ、ライラの三人だ。後は貨物室か、休憩スペースで適当に過ごしていてくれ。大丈夫だとは思うが、大気圏離脱時は一応どこかに掴まっておけよ」
「グレン、私もお外が見たい」
「コックピットは狭いんだよ……すまんがミューゼンはフィアやスピカが揺れで転んだりしないように様子を見ていてくれ。触手でフォローができるミューゼンが頼りなんだ。帰りに遊覧飛行する時にはコックピットで外を見させてやるから」
「わかった。約束」
ミューゼンが俺の手を触手でキュッと握ってから大人しく休憩スペース――と言っても据付の粗末な椅子とテーブルが有るだけの小部屋だが――に向かってくれた。フィアとスピカもミューゼンの後に続いていく。
「なんというか、必要最低限って感じの内装なんですねぇ」
「船を使って交易をしたり、傭兵稼業でもやるんならもう少し内装に金をかけても良いのかもしれんがな。あくまで降下用、交易用として割り切ってこのシャトルを用意したんだ。居住性に関しては度外視してる」
コックピットのメインパイロットシートに身を収めつつ、肩を竦める。エリーカとライラがそれぞれオペレーターシートとサブパイロットシートに腰を落ち着けたのを見届け、二人にシートベルトの着用の仕方なんぞを教えながらシャトルのセルフチェック機能を走らせ、リフトを使って地下格納庫からシャトルを地表へと出す。念の為、リフト周辺から退去するように警告音も鳴らしておく。
「わぁ……なんだかどきどきしてきました」
「そんなに感動するようなものでもないと思うがな……よし、出すぞ」
「えぇっ? 空の果てに上がるのにぃ……なんというかこう、もう少し感動とか余韻とかぁ……」
「そんなものはない」
俺にしてみればリバーストライクに乗るのもシャトルに乗るのも似たようなものだからな。ライラをはじめとしてリボースⅢで生まれ育って宇宙に上がったことのない人にとっては一大事なのかもしれんが、俺にとっては日常茶飯事である。まぁ、惑星に出入りするのは俺もそんなに経験はなかったりするがな。両手の指で足りるくらいの数だ。それでも三回も出入りすれば感動も薄れてしまうものだ。まして、俺が惑星に出入りするのなんて傭兵の仕事絡みでのことばかりだったしな。
リフトで地表まで上がると、近くに留守番の連中が殆ど全員揃っていた。どうやら見送りに来たらしい。そんなに大したことじゃなく、ほんの数時間で帰って来るんだがな。
「それじゃあ、行ってくる。留守を頼むぞ」
外部スピーカーでそう告げ、コンソールを操作してランデブーポイントへと向かうようにオートパイロットを作動させる。自分で操縦しないのかって? 俺は最低限しか船の操縦なんてできないんでな。機械に任せられるなら全部任せる主義なんだ。
オートパイロット機能によってシャトルが重力を感じさせない動きでふわりと浮き上がり、ランンディングギアを収納して十分な高度を取る。
「「おぉー……」」
コックピットのメインスクリーンに投影されている映像にエリーカとライラが揃って同じような声を上げているのが少し面白いな。
十分な高度を取ったシャトルがメインスラスターを使って加速を開始した。機体はすぐに音速を突破するが、展開されているシールドが空気抵抗を排除し、慣性制御装置が俺達の力にかかるべきGの大半を相殺しているために見えている光景だけが急に動き始めるという奇妙な状態になる。
「おい、エリーカ。びっくりするのはわかるがその物騒な外肢をしまってくれ。危ないから。それは一体何を威嚇しているんだ、何を」
「す、すみません。びっくりしてしまうと自然とこうなってしまって……」
「び、びっくりしたぁ……」
ライラは急に外肢を展開したエリーカにびっくりしたようで、胸元を押さえながら汗を垂らしていた。エリーカのあの外肢なぁ。実は非常に危険なもので、その気になれば生身の人間や異種族をバラバラに引き裂けるほどの切れ味らしいんだよな。近接戦闘が得意なミューゼンでさえエリーカとガチでの殺し合いはしたくないって言うくらいだから、相当だぞ。
「うわぁ……これ、本当に大丈夫なんですか?」
「何の問題もない。帰りの方が派手なくらいだぞ」
大気圏離脱時に発生する断熱圧縮による熱はシャトルの速度が徐々に上がり、尚且つ高度が上がるにつれて大気もどんどん薄くなっていくので、大気圏突入時に比べればまだ少ない方なのだ。今もシールドの外側で派手に赤い炎が上がっているが、所詮シールドの外側での話なのでシャトル本体には何の影響もない。もっとも、シールドが無くても一応断熱圧縮熱にも耐えられるわけだが。一応。設計上は。一応な。試そうとは思わないが。
次第に大気圏を離脱し、断熱圧縮熱の発生も無くなると、広大なリボースⅢの姿がコックピットのメインスクリーンに映し出された。リボースⅢは宇宙から見ると少し赤茶けている。海の面積が少なくて、若干乾燥気味の惑星だからな。
「わぁ……」
「ほへぇ……」
エリーカとライラの視線はメインスクリーンに釘付けである。俺にとっては珍しくもなんともない光景だが、二人にとってはそうではないようだ。恐らく、休憩スペースにいるであろうミューゼンやスピカ、フィアにとってもそうなのだろう。帰りに存分に見せてやるとしよう。
☆★☆
暫く軌道上を航行したシャトルは設定されたランデブーポイントへと辿り着いた。
「うわぁ、でっかいですねぇ」
「輸送艦としてはギリギリ大型艦に属するらしいぞ」
メインスクリーンに映っている俺の馴染みの女船長が使っている武装商船――ピュリティー号を見たライラが感嘆の声を上げる。しかし、あの女船長の船が純真無垢とはねぇ……? 邪智暴虐の間違いじゃないのか? と前に言ったら宇宙空間に放り出されかけたので、奴の前では二度と同じことを口にしないと決めている。一応皆にも言っておくべきか? いや、大丈夫か。
『二番にドッキングしな』
「了解」
相手の船から送られてきたドッキングコードを入力し、オートパイロットで着艦を行う。
「なんだか夢の中にいるみたいです」
「しっかりしてくれよ? これから交渉をすることになるんだからな」
「頑張りますぅ」
衛星軌道までの宇宙の旅で気疲れでもしたのか、どこかぼんやりとしてしまっているエリーカの背中を支えて励ましつつ、大人しく休憩スペースで待機していたミューゼン達を連れて船を降りる。
「わぁ、可愛い」
「美人ばっかり……」
「でっか……」
「あの体格差は犯罪でしょ……」
ピュリティー号のクルー達――全員女性だ――がエリーカ達を見てヒソヒソと話をしているのだが、俺の聴覚センサーにかかればすべて筒抜けである。俺とスピカやフィアの体格差に関しては余計なお世話だ。今のところなんとかなっているから放っておけ。
手近なクルーにシャトルに積んである荷物を下ろすように頼んでから女船長が待っているであろう商談室へと向かう。流石に顔なじみの俺でもブリッジに招待されるようなことはない。万が一俺が暴れでもしたらこの船は終わりだしな。
「やぁ、久しぶりだなイモータル! いやマジかお前。本当に嫁さんなのかそれ。マジか」
商談室に入るなり挨拶……挨拶か? とにかく声をかけてきた女船長のテンションに辟易しながら手の平を彼女に向けて落ち着かせる。
「落ち着け。約束通り話せること話してやるから、騒ぐな。まずは商談だ」
「えー? そりゃないでしょう。そっちの話を聞き終わるまで気になって商談になんか集中できないって」
女船長が唇を尖らせてブーイングしてくる。子供か。
「お前、一応商売のプロだろうが……」
「面白おかしく生きるのが一番。商売はそのためにしかたなくしてることだから」
「はぁ……飲み物くらいは用意してくれるんだろうな?」
「仕方ない、サービスしてやるよ。おーい、適当に飲み物持ってきて! つまみもね!」
女船長の指示で彼女のクルー達が元気よく返事をして飲み物やつまみの用意を始める。その光景に俺は嘆息――そんな機能は無いが、似たような真似はできる――しつつ、エリーカ達を振り返って肩を竦めた。こうなったらこいつは話をしてからでないと梃子でも動かない。諦めよう。
「だそうだ。適当に寛いでくれ」
俺はこのデカいソファのど真ん中を占領しよう。酒以外のものが出てくると良いんだがな。この身体じゃ酔えないから、単純に美味い飲み物の方が良いんだよ。
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