一ノ十三 星の歌声
今までため込んだ、路上
しかも、
よって、今まで以上に精を出して、働かねばならぬ。
いつもの三条大橋東の広場で、一味は演奏する。
朱天が琵琶を爪弾き、虎丸が笛を吹き、熊八が太鼓を叩き、茨木が踊る。
夏の盛りに一日じゅう、汗を流し、足が棒のようになるまで演奏を続けた。
日も傾きかけて、客もまばらになり、四人はその日のパフォーマンスを終えた。
「まいったな」朱天が投げ銭をいれた壺をのぞいて言った。
「どうした、朱天のダンナ」茨木が答える。
「う~ん、ちょっと困った。思っていたよりも銭が少ない」
「俺らふたりで演奏していたころと、四人になっても実入りは変わらんもんな」
「いや、あきらかに銭の量が減ってきているんだ」
「どういうこっちゃ」
「客が飽きてきたのかもしれん」
「まさか」
「いや、最近、客のノリが悪いと思わんか?」
「おら、確かにそう思うだ」熊八が答えた。
虎丸がこくりとうなずく。
「このままじゃ」茨木が腕を組んだ。
「ジリ貧、よな」朱天がうなだれた。
そうして一味は、住み処へ向けて歩きだす。
「なにか抜本的な改革が必要な時に来ているようだぞ」朱天は悩み続けている。
「抜本的、言うても、ダンナ。頭を使うのは、ダンナの仕事でっせ」茨木は他人事のようだ。
「いや、お前らも何か妙案をひねりだせ。心を無にして、何かひらめかせろ」
「ハイ」熊八が手をあげた。
「はい、熊八」
「歌を唄うってのは、どうだ」
「お、いいな、良い案だ。他に」
「ハイ」茨木が手をあげた。
「はい、茨木」
「女だ。朱天一味には、女っけがまったくねえ」
「たしかにな。いいとこに目をつけたぞ。他に」
「「「う~ん」」」
「もうないのか」
「ようするにだ」
茨木が浅いブレインストーミングをまとめにかかった。
「歌を唄える女を、一味に迎え入ればいいだけの話じゃん」
「迎え入れればいい、っつってもな、茨木よ。そうつごうよく……、ああーーーっ!」
朱天の絶叫に、皆が振り向いた、その視線の先に。
大きなケヤキの木の下で、ちょっとした人だかりができていて、その中心に、小柄な女がひとり。
しかも、歌を唄っている。
一味も、人だかりにまじって、その歌を聞いた。
周りの人の話からすると、
という名前の女、いや女というにはまだ歳若い少女は、並みの女性よりもずっと小柄で、にもかかわらず、どこからそんな声が出てくるのか不思議なほどの声量を持っていて、しかも、その声は透明感があって、心に染み渡るようだ。
一味、聴き入った。
皆、聴き惚れた。
そうして歌を唄い終わると、いくばくかの投げ銭がちらほら舞って、少女の足元に落ちた。
少女が、銭を小さな手でひろい集めているところへ、朱天が近寄った。
「星、というそうだな。いい歌だった」
「そう、ありがとう」
少女の声はほとんど感情というものが感じられない、いわば、棒読みの喋り方であった。
「いい歌だった、感動した」
そう言った朱天を、少女は不思議なものを見るような目でじっと見つめてきた。
切れ長で、澄んだ瞳の色をした目だった。
「が、もっとお前の歌を、その歌声を、何倍にも魅力的にさせる方法がある」
「…………」
「俺達といっしょに来い」
「|口説く《ナンパ》なら他でやって、おじさん」
「おじさん?」
少女はくるりと
その背に、
「いや、おじさんじゃないから、口説いてもいないからね。いや、ある意味口説いてるのか。いや、勧誘だよ、俺達の仲間になってくれ、俺達の演奏で唄ってくれっ!」
ぴたり。
少女が足をとめた。
少女が振り返る。
やった、説得が通じたようだ、と朱天はにっこりと微笑んだ。
「わたし、誰とも組む気はないから」
そう言い残して、少女は去って行った。
まだ時期にはずっと早い木枯らしが、一味の心を通り抜けたようだった。
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