一ノ三 激闘、五条河原!

 ドドドドドドドドッ!

 大地が揺れる。

 地響きが轟く。


 朱天と茨木の後ろから、十数人、いや、いつの間にか人数が増えて二十人以上の放免が追いかけてくる。


 まるで、土石流!

 背に迫る、圧倒的圧力!


 ふたりは走る、ひたすら走る。


「おおおおい、あんちゃん」茨木が朱天に向けて聞いた。


「なんだ、赤いの」恐怖でひきつらせた顔で朱天が答える。


「べつに、あんたまで逃げなくていいんじゃないの?」


「いや、さっき放免に石なげちゃったじゃないの、勢いで」


「え、それ、あいつら誰がやったか知らないから」


「ええっ!?なにそれ、逃げ損じゃねえのっ」


「逃げ損だね、もう俺の仲間だと思われちゃってるからね」


 ふたりは逃げた。

 三条大橋を走って鴨川を渡り、三条大路を西へ、西へ。

 東京極大路、富小路、万里、高倉、東洞院、と駆け抜け、烏丸で南に折れて、四条通まで走り抜けた。

 あとはもう、東西南北碁盤の目に並ぶ通りの辻辻を、右に折れ、左に折れ、どこをどう走ったのかもわからない。


 そっと後ろを振り返れば、


「おい、ずいぶん人数が減っているようだな、赤いの」


「おおう、ひい、ふう、みい……、五人か。あれくらいなら、なんとかできるんじゃないの。俺達ふたりなら」


「いや、俺、まったく喧嘩ダメだから」


「マジかよ」


「石投げるのだけは得意なんだけどな」


「んじゃ、俺が戦うから、あんちゃん、後ろから石で援護してくれや」


「ほいきた」


 ぜえぜえ、はあはあ、息を切らせながらの会話が終わったところで、じつに都合よく、鴨川にでた。

 北の方角に見えるのは五条大橋。

 つまるところ、三条大橋から、ぐるっとまわって、また鴨川に到着したわけだ。


 朱天と茨木は、土手をくだって、くるっと振り返って、河原を踏みしめる。


 右手に五条大橋、後ろに鴨川。


 まさに、背水の陣。


 もう、やっちゃうしかない。


 土手を走りくだってくる放免たちは、その勢いのままふたりに突撃してくる。

 手にはおのおの太刀をひっさげている。


 その先頭の男に向けて、朱天が石を投げた。


 石が鼻っ柱に命中した男は、鼻血を噴水のようにまき散らしながら、仰向けに転がった。

 後ろにいたふたりが、脚をひっかけたり、よけようとしてつんのめって、転んだ。

 向かって来るふたりの放免に、さらに石を投げる。

 しかし、そのふたりの反射神経はなかなかだ。

 走りながら、ひょいと石をよけた。

 が、ちょっと体勢がくずれた。


 瞬間。


 茨木が突撃する。


 片方の男に跳び蹴りをくらわせ、ふっとばす。

 もうひとりが、太刀を振り上げたところへ、すっと、身を寄せると、強烈な頭突きをお見舞いした。


 ぎゃっと、悲鳴をあげながら、男が倒れた。


 ところへ、さきに倒れた三人のうちふたりが、襲い来る。


 ひとりが、あっと太刀を落とした。

 朱天の投げた石が手の甲に当たったのだ。


 もうひとりが振り下ろした太刀の、その腕をつかんだ茨木は、腕をつかんだまま身をひるがえし、背負い投げに投げた。

 虚空をもんどりうって見事に舞って、もうひとりの放免と頭どうしを激突させ、ふたりもろとも大地に沈んだ。


 朱天と茨木は、

 ぱちんっ!

 互いの手を叩き合わせた。


「どんなもんじゃいっ!」


 茨木が胸をそらして、河原にうずくまってうめき声をあげる放免達を睥睨する。


「いやはや、痛快痛快」


 言いながら、朱天も腕をくんで睥睨する。


「おっとそういえば、まだ名乗り合っていなかったな、赤いの」


「赤いのはやめてくれ、俺の名は、茨木だ」


「ずいぶんトゲトゲしい名前だなあ」


「ほっとけ」


「俺は、朱天だ」


「なんでえ、あんちゃんも大仰な名前じゃねえか」


「ちがいねえ」


「「あははははははは」」


 ふたりの勝利と歓喜の笑い声が、五条河原にこだました。


 とそこへ、


「貴様らーーーッ!」


 怒声を発しながら、残りの放免十数人が追いつき迫ってきた。


「うひゃ、こいつはヤベえ」朱天が顔を引きつらせる。


「こんな時は、逃げるにしかず。って、孔子様も言っている、いや、孫子だったかな、まあいいや、逃げるぞ、茨木っ!」


「おうよ、朱天っ!」


 ふたりは、南へと、河原を駆けて行った。

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