一ノ四 ライバルは渡辺綱

「ウォッ!ウォッ!ウォッ!ウォッ!ウォッ!ウォーーーッ!」


 朱天の奏でる琵琶の音にあわせて、茨木が躍る。

 観客が、それにあわせて喚声をあげる、手を叩く。


 朱天のほとんど自己流の情熱的な音楽と、茨木の前衛的な踊りとが、ぴったりとシンクロする。

 朱天も茨木も、自分の音楽や踊りと調和する表現者などこの世にいないと思っていた。

 それが、今、現れた。


 この感情の昂揚。


 ひとりでパフォーマンスしていた時とはまるで違う、異様な感覚に、ふたりはつつまれていた。


 ちなみにここは三条大橋たもとの広場。

 つい昨日、ふたりが放免に難癖をつけらたばかりの場所であった。


 でもかまやしない。

 また来るなら、来い。

 今の俺達は無敵だぜ。

 少なくとも音楽と踊りでは。


 すると、突然観客が静まり返った。


 朱天も茨木もぴんときた。

 またきた、放免だな。


 が、人垣を太刀で伐り割るように割ってあらわれたのは、見た所二十なかばの目元涼やかであるが、刃物のような冴えた光をもつ瞳を持った男。

 頭には細纓さいえいの冠、紺色の闕腋けってきほう(動きやすいように脇を縫い付けない着物)に身を包み、目にもまぶしい朱鞘の太刀を佩き颯爽と立っている。

 背後には同じような衣装に身を包んだ男たちを数人従えている。


「やめろ」


 静かに、目つきと同じ刃物のような冷たさで、男は言った。


 しかし、朱天は演奏をやめない。

 茨木も踊りをやめない。


 男は無表情のまま、ゆっくりと、太刀を引き抜いた。

 春の陽射しがきらりと刀身に反射した。


 そしてその切っ先を、つっと茨木に突きつけて、


「やめろ」


 もう一度言った。


「ああん?俺に言ってんのか、兄ちゃん」


 茨木が動きをとめ、突きつけられた切っ先をものともせずに言った。


「口のきき方に気をつけろ。我が名は渡辺綱わたなべのつな源頼光みなもとのよりみつ公、四天王が筆頭である」


「ははははは。なんでえ、偉そうにのたまわっているが、我が輩は虎の威を借る狐です、ってことじゃあねえか」


 綱の眉がピクリと、わずかにひきつったが、誰もそれには気づかない。


「貴様であろう、昨日、五条河原で放免達相手に大立ち回りを演じたという、奇妙ないでたちの男というのは」


「だったら、なんだってんだ」


「おとなしく、縛につけ」


「つかん」


「おい」

 と綱は後ろの子分たちに向けて、

「誰か、この下郎に太刀を貸してやれ。素手の男を斬ったとなれば、武士の名折れだからな」


「よろしいので」子分のひとりが答えた。


「かまわん」


「はっ」と答えて、ひとりの男が前に出、鞘ぐるみ茨木に突き出した。


 茨木は刀のつかだけつかんで抜いた。


「腕の一本ぐらいは覚悟しろよ、赤髪」


「お前さんは、命のひとつくらい覚悟しろよ、頼光の狐」


 ふたりは、じっと見合った。


 ふたりは、刀を構えない。


 ふたりは、だらりと腕をたらし、互いの目を見つめている。


 見つめ合う目と目の間の空気が凍りついたようにかたまった。


 そしてふたりは同時に動いた。


 太刀と太刀が、彼らの中間で火花を散らした。


 パキン。


 冷たい音とともに、二本の太刀が折れた。


 なかばから折れた二本の太刀の先の方が、虚空でくるくると回転しつつ、同時に大地に突き刺さった。


 子分たちが、いっせいに綱をかばおうと、身を乗り出すのを、手をあげて綱が制した。


「よい。この勝負は引き分けだ」


 そう無表情に、冷静極まりない調子で言うと、綱はくるりとひるがえって、歩き出す。


 その後を追う子分たちのひとりに、ほいと茨木が刀をなげる。

 子分があわててそれを受けとって、去っていった。


 一団が去っていくのを腕を組んで見送った茨木は、


「なんだい、ありゃあ」あきれたようにつぶやく茨木に、


「今を時めく藤原道長の側近、源頼光の一の家臣さ」朱天が答えた。


「左大臣の子分の子分、じゃねえか、それであそこまで偉そうにできるもんかねえ」


「さあ」


「あ~あ、なんかしらけちまったなあ」


「今日はけっこう稼げたし、なんかうまいもんでも食いに行くか、茨木」


「だな、朱天のダンナ」


「つっても、昨日の四条河原の飯屋な」


「いや、あそこはうまくねえから」


 ぼやきながらも、朱天と茨木は四条河原に向かって歩きだした。

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