第二章 たすけるやつら

二ノ一 困った人

「いやはや、盛況、活況、文句なしだな」


 朱天しゅてん、満悦である。

 三条大橋――大橋とは名ばかりの細い橋のぎしぎしいう橋板を鳴らしてメンバー達と渡りながら、ふところの銭のつまった重い袋を叩く。

 


「このところ、連日客が大入りだもんな」茨木いばらきの顔も笑いくずれている。


「あんまり調子に乗ってると、足元をすくわれるのがオチよ」ほしが抑揚なく言う。


「おいおい、みんな気分がいいんだから、水をさすなよ」茨木はあきれている。


「いや、星の言うことも一理あるぞ」朱天が言った。「あんだけうるさかった放免も、最近はさっぱり姿を見せないしな。なんだか不気味だ。って、まて、おい」


 朱天が指さす先、橋の中ほどの欄干にもたれるように、ひとりの――おそらく公家の若者と見える男が、肩を落とし鴨川を眺めている。

 まだ二十歳前であろう。

 意志の強そうな太い眉に、頑固そうな目つきをしているが、その若く濃い造りの面立ちには、うっすらと陰りをまとわせている。


「おいおい、なんかこの前みたような風景だな」茨木が言った。


「おら、他人事とは思えねえだ」


 言いながら熊八くまはちは、男に駆け寄った。

 駆け寄って、


「いけねえだ!」


 後ろから、男をはがいじめにした。


「なんだ、なにをする!」


 男が金切り声をあげる。


 他のみなも駆けつけて、


「落ち着け、今の鴨川はそんなに水嵩は多くないぞ、ここから飛びおりたって溺れて死ねないぞ、骨を折って苦しむだけだ」


 朱天がいつか言った説得の文句をまた繰り返した。


「馬鹿か、お前ら。誰も飛びおりるなんて言ってないだろう」


「飛びおりる人間は皆、そう言うのだ。な、あきらめろ」


「いや、違うから、本当に違うから。ただ川の流れを見ていただけだから」


 熊八が、ぱっと腕を放した。

 急に放されたものだから、それまで逃れようともがいていた男は、勢いでよろけた。

 よろけた拍子に、欄干から本当に川に落っこちそうになった。


 茨木がその帯をつかんでひっぱって、


「なんだ、つまらん」しらけた顔で言った。「誰だ、身投げだなんて言ったのは」


「誰も言ってねえだよ」熊八が頭をひねる。


「みんな同時に勘違いしちまったんだろうな」朱天が解答した。


「なんだそうか」


 茨木の納得とともに、


「「「「「はははははは」」」」」


 一同、大笑いである。


「ふざけんな、お前ら。はははじゃねえよっ」男はふくれっ面だ。


「いや、悪かったな、じゃ」朱天はあやまりつつ立ち去る。


「いや、ちょっと待てよ」


「なに?あやまったよね、俺達」


「なんか、面倒くさそうだぞ、朱天のダンナ」茨木が言った。


「ああ、相手にせずに立ち去ろう」


 みな、一斉に立ち去る。


「待て、待て、待て」


 まだ呼びとめる男に、朱天が、


「もう、いいかげんにしてくれ。これから、市場でなんかうまいもんを買って帰るんだから」


「しらねえよ、それより、人の話を聞けよ。ここは、何で川を眺めていたんだ、とか、何か悩みごととかあるのか、とか、優しくいたわりつつ訊くのが普通じゃね?」


「おい、どうするよ、ダンナ」


「本当に面倒くさい男のようだな、茨木」


「ここは無視するのが正解」


「冷たいだな、星。おら、話くらいは聞いてやるべきだと思うぞ」


 虎丸とらまるが首をふって、熊八の案を否定する。


「おい、お前ら、俺の悪口言ってるだろ、今。聞こえなくたってわかるぞ」


「ああ、わかったよ!」朱天がなかばヤケになって答えた。「聞いてやるよ、何でも話せよ」


「あ、いや、いきなり話せと言われると困るんだけどね。やっぱほら、悩みを話すには、それなりの雰囲気が必要じゃない?」


「「「「「面倒くさっ」」」」」


 朱天組、一斉に突っ込んだ。

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