一ノ十八 朱天組、新生!
「おほほほほ」
一党のアジトで、あやめが腹を抱えて笑っている。
「笑わせないでおくれ、星」
「…………」
「きゃつらの内情を探るため、お前を潜入させようと送り込んだというのにな。まさか向こうから、内情をさぐるために潜り込むようにつたえよと、言ってよこすとは。ほほほ、笑い過ぎて腹がよじれそうじゃ」
星は何がおかしくて、あやめがこうも笑うのかわからない。
「いや、考えの方向が私と同じ、ということかの。ますます気に入った、あの朱天という男、いっそう欲しくなったぞよ」
やっと気分が落ち着いたのか、あやめは、ほっと吐息をついて、側においてあった酒をひと口ふくんだ。
「よいわよいわ。星、お前はそのまま朱天組の一員になれ。朱天の経歴、人となり、得手不得手、すべてを観察して私にしらせよ」
「はい」
「朝廷を壊滅させるは、我ら土蜘蛛一族の悲願。そのためには一族をより強固にせねばならぬ。ゆえに朱天のような男が必要なのじゃ。朱天を我が伴侶として迎えれば、土蜘蛛一族は盤石」
切れ長の底光りをする目で、あやめは、虚空をじっと見つめるのだった。
――なんという歌声だ。
側で琵琶を奏でながら、朱天は星の歌声に驚嘆していた。
朱天の琵琶、虎丸の笛、熊八の太鼓に負けない声量を持ち、しかも歌声が楽器の音と混然と溶け合い、時に浜辺に寄せるさざ波のごとくゆるやかに、時に岩壁に打ちつける大波のごとく
朱天組を取り囲み、聴いている観客たちも、驚愕し、唖然とし、瞠目している。
やがて、観客たちは心がゆさぶられ、高鳴り、拍手と歓声がこだまする。
客が盛り上がるとともに、茨木の踊りも切れが増し、尖鋭になる。
星の歌声に導かれるように、茨木の踊りは、今までとは違う、なにか別の境地にいたったような様相であった。
歌、踊り、音楽が、みごとなバランスで競合し、共鳴し、同調し、朱天組のパフォーマンスは発展し、越えられなかった壁を突き破った。
曲が終わった。
天に向かって腕を伸ばし体をよじりポーズを決める茨木も、朱天も虎丸も熊八も、そして星も、硬骨と一味の
大地を震わし、空気を引き裂き、観客の歓声が竜巻のように巻き起こった。
雨のように降りしきる、投げ銭。
喝采、喝采、喝采!
これこそ、朱天達の追い求めていた到達点!
朱天組、新生!
「よーしっ、俺達最高だっ!」
四条河原のいつもの飯屋に集まって、朱天が気炎を吐いた。
「おおっ!」
朱天組一同も叫んだ。
「まさか、星が加わっただけで、これほど演奏が盛り上がるとはな」茨木は満悦の
「おらあ、演奏中、背中のゾクゾクがとまんなかったぞ」熊八が思い出しつつ恍惚とする。
「俺も、あんな経験ははじめてだ」興奮冷めやらぬせいか、めずらしく虎丸が喋った。
「星の加入で、俺達の演奏演技は生まれ変わった。以前、俺と茨木ふたりのころ、天下を取れるんじゃないか、なんて話をした。あの頃は、単なる夢物語にすぎなかったが、今は違う。俺達の音楽は天下を取れる」
「あの時、ダンナは銭を稼いで家を建てる、って言ってたな。家は建った。天下を取って次はどうする」茨木が訊く。
「このつまらねえ世の中を、ひっくり返すのさ!」
朱天は遠い目をした。
「俺達の音楽で、威張り散らしている連中に吠え面かかせてやろう」
「ははは、かしこき方方を、音楽で引きずりおろすか?」
「まさか。公家にあらずんば人にあらず、って顔してるがな、奴らだって人間だ。俺達の曲を聞いて踊りを見て、心が揺さぶられねえはずはねえ」
「世の中をひっくり返すか……、おもしれえ」茨木がうなずく。
朱天が手を差し伸ばす。
皆も差し伸ばす。
朱天の手に、四人の手が合わさる。
「やるぞ、みんな!」
「「「「おおっ!」」」」
朱天組の声が、四条河原にこだました。
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