一ノ十七 わたしを助けて

「それで、のこのこと帰って来たわけだ」


「のこのことはなんだ」


 小馬鹿にしたような茨木の言い様に、むっとして朱天は言い返した。


「だってそうだろう。こないだだってそうだ。美女がさそっているのに、指も触れずに帰ってくるなんて、のこのこでなくてなんだ」


「よいか、茨木よ。相手は得体のしれない集団だ。なんせ、この家の自室で寝ていた俺を、まったく起こしもせずに、あの家まで運ぶような奴らだ。なにか摩訶不思議な妖術を使えるのだろう」


「眠り薬でも盛ってからなら、できるんじゃねえ?」


「だとしたら、いつ薬を盛られた?」


「ま、この家はいつも開けっ放しだしな。俺達が外に出ている隙に、酒にでも薬をしこむことぐらい、容易だろうよ」


「そうか」と朱天は気づいた。「俺ひとりに薬を飲ませることばかりを考えていたが、ここにいる全員を眠らせてしまっても、相手にとっては問題ないわけだ。いや、そのほうが、俺をさらうのに都合が良かった、というわけだ。なるほど。今日はやけに頭が回るな、茨木」


「いや、いつも回ってるよ、俺は」


「しかし、腹にすえかねる気分だ。だってそうだろう。人を眠らせてさらって、なにを言い出すかと思えば、盗賊の首領になれという。本当に俺を迎え入れるつもりなら、礼を尽くして説くのがあたりまえだ。こんな手の込んだ真似などせずにな」


「自分たちの技術、手腕を誇りたかったんだろうな」


「俺達は人ひとりをかどわかすなど朝飯前だ、さからわない方が身のためだぞ、というわけだな。しょせん、人の財物を盗んで生きている者の発想だな。ヤツらに礼儀を求めるほうが愚かなのかもしれぬて」


 ふと見ると、居間に面した庭に、小さな影がさした。

 朱天も、茨木も、虎丸も、熊八も、ぎょっとした。


 星であった。


「な、なんだ、おどかすなよ、星ではないか」朱天がどぎまぎしながら言った。「いつからそこにいた」


「それで、のこのこと帰って来たわけだ」抑揚なく星が答えた。


「最初っからだな、おい」


 言いながら、朱天はぞっとした。朱天や熊八ならともかく、勘のするどい茨木や虎丸もいるのに、まるで存在を気づかせなかった。


「どうした、あやめの使いで来たのか?」


「いえ」


 そう言ってしばらく、星は黙ってこっちをじっとみつめていた。


 朱天達も、どう返していいやらわからず、とまどい、星をじっとみつめかえした。


「わたしを助けて」


「助ける?なにから?」


「あやめさまから」


「どうも」と朱天は頭をひねる。「お前のところは主人ともども、つかみどころがなくて困る。順を追って説明してくれ」


「私は、あやめ様の父上である先代頭領に拾われ、育てられた。だが、その扱いはひどいものだった。まるで犬馬のごとくこきつかわれて、今までどうにかこうにか生きてきた。それは、あやめ様の代になってもまるで変わらない」


「その唯一の息抜きが、歌ってわけだ」茨木が口をはさんだ。


「そう」


「それで」と朱天が続けた。「これ以上しいたげられるのが嫌になって逃げだしたか」


「そう」


「話しはわかるし、助けてやりたいのはやまやまだが、お前も知っているとおり、俺はどうも、あのあやめという女頭領に気に入られてしまっている。今後も今日のように、眠らされてかどわかされないともかぎらない。そんな相手から、お前を守り切れるか、不安だな」


「おいおい、朱天のダンナらしくもねえ。義を見てせざるは勇なきなりだ。なんとかしてやろうぜ」茨木が説く。

「おらもそう思うだ」熊八が同意する。

「うむ」虎丸がうなずく。


「う~ん」朱天が頭を掻く。「俺達みんな、大なり小なり星のような目にあって生きてきた。似たような境遇の星をなんとかしてやりたいが。何か手があるはずだ、何か……」


 ぽん。


 朱天が握った片手で、開いた片手を叩いた。


「お前、俺達と歌を唄え」


「え?」


「つまりだ、お前はいったん帰って、あやめにこう言う。しばらく朱天一味の動向をさぐり、弱みをつかもうと思う。ゆえに、しばらく一味と行動を共にしたい。ひとまずこれで、ここに来られる口実は作れる。その後は、あやめ一党にかえさない口実を作ろう」


「ゆるされなかったらどうするよ、ダンナ」


「そん時は、また別の手を考えればいいだけの話よ、茨木。ともかく、やってみよう、なあ、星よ」


 星は、小さくうなずいた。

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